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 阿蘭邸への訪問を済ませると、旭光たちは外に出て来、しばらく探し回った後、憑円と、彼女を邸宅より連れ出した仲間の男と合流した。


「話は終わったぞ」、と旭光が、川べりの斜面に座る憑円の背後より話しかける。


 憑円は、落ち込んだ暗い表情で振り向く。目元には涙の跡が見えていたが、彼女は決して弱みを見せないよう、気丈に構えた。仲間の男は座っていたところ、立ち上がり、旭光の方に向いた。


「そういえば、まだ君の名を聞いていなかったな」


「馮憑円という名です」、と仲間の男が答える。「ここで少し話していました」


「そうか。この男に口説かれでもしていないといいのだが」


「旭光様……!」


 仲間の男は旭光にからかわれて眉をひそめ、旭光はカラカラ笑い、冗談だと言って場を鎮める。


「それより憑円」、と彼は笑うのをやめて呼びかける。「君は、この後行く先はあるのか?」


「行き先……」


 風が吹き、憑円の結われた髪の垂れさがった束が、微かに揺れる。


 彼女は答えに窮した。その空白の時間は、彼女の行き先がないことを暗示していた。


「ない、か……ある程度推測されてはいたが」


 旭光の方を振り向いている憑円は、目を伏せて悲しそうにする。


「安心しなさい」、と旭光は励ますように言う。「見捨てはしないさ。これからはわたしたちに随行すればいい。幸い、君は馬の乗り方を心得ているようだ。しばらくの間、わたしの従者ということにして過ごすといいだろう」


「よろしいんですか?」


 憑円は伏せていた目を上げて尋ねる。


「仁徳を持って人と接する。わたしにとって歩むべき道はそういうものだ」


 そう言って、旭光は憑円の方に手を差し伸べる。憑円は刹那躊躇したが、他に選択肢はないとすぐに悟り、その手を取って立ち上がった。


 旭光と仲間たちは口元を緩め、憑円はその気概に応えようとして表情をにこやかにしようとするのだが、緊張が妨げてうまく出来なかった。







 訪問者が去った後の屋敷で、阿蘭は長椅子に座って、板間に正座する別の訪問者と話していた。商談だった。相手は政府の使いの男だった。


「相変わらず」、と男。「ここの職人たちは阿蘭様に従順のようですね」


「まぁな」、と阿蘭は得意そうに笑む。「たんまり稼がせてやってるから」


「その割には、暮らしぶりがいいようには見えないんですが」


「荒稼ぎしたヤツは、この村を出て都に行く。そしてここの噂を聞いた別のヤツが、どこからかやってくる。だから、ここにいるのは常に、貧乏な連中だけなんだ。金の欲しさにやってきて、稼ぐだけ稼いだら出ていく。おれはそういうヤツらを縛りはしない。ただ働いた分、報いてやるだけ。後は好きにすりゃいいさ」


「それは、称揚すべきご海容と存じます」


 阿蘭は満足そうに大笑いし、やがて治まると、「ところで」、と話題を変えるように言った。「今日は何の用で来た?」


「ハッ」、と男は、かしこまった風に言う。「此度もまた、いつものように武器の商談に参りました」


「物はもう、用意されているのか?」


「近日港に到着する予定です」


「なら、近い内に運ばせに人足をやらないとな」


「それで阿蘭様、今回はどのくらいお買い求めくださるご予定で?」


 男がどこか気遣わしそうに聞く。


 すると阿蘭は、「あぁ?」、と怒気と上機嫌が混ざった調子で唸る。「牛車の荷台に積めるだけの分は買ってやるよ。何と言っても、おれはお得意様だからな」


「毎度のご愛顧、ありがとうございます」


 男は板間に額を付けて礼を述べる。


「フン」、と阿蘭は不敵に鼻を鳴らす。「買い漁った武器の販路は、すでにあるんだよ。いい金蔓さ。お前の方にも、やがて吉報が訪れるだろう」


「それは喜ばしいことです」、と男が顔を上げて言う。「中央では、官僚たちは権力争いに明け暮れしています。閑職に陥れられた武人たちは、毎夜反逆の夢を見ていることでしょう。今はまだ、転覆を成し得る戦力は整っていません。新しい天下のために、阿蘭様のご協力を賜りたい所存です」


「案ずるな。協力は固く約束してやる」


 そう断言して貰い、男は本心の感謝を伝えるつもりで、再び額を板間に付け、目を瞑る。


 だが、阿蘭が「ただし」、と加えた。「その約束は、この商売が確実に金になるっていう保証がある限りにおいて、だけどな」


 目を瞑っていた男は、額を板間に着けた状態で、目を見開き、この阿蘭という男は食えない男だと思い、いささか呆れ、また恐れた。


 ふと、「そうだ」、という阿蘭の声が聞こえ、男は顔を上げると、彼は長椅子より離れ、どこかに行った。


 しばらくすると、阿蘭は鮮やかに輝く、この村で作られた絹織物の衣服を持って来、「嫁への土産にでも持って帰ってやれ」、と勧め、男に差し出した。


 男は受け取り、その滑らかな感触にうっとりすると、深い感謝を示し、その土産と共に、いとまごいを告げ、屋敷を去った。




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