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 旭光の仲間が所持している金銭の数量は、憑円が今まで見たことがないほど多く、彼が富裕であることは容易に見て取れた。落ち着いた所作と、謎の文書を有していることと合わせて、王朝の官僚と称するだけあり、彼は洗練されているように見えた。


 さて、使用人が口にした阿蘭という名に、憑円は覚えのある気がした。


 だが、彼女は眠たかった。憑円と旭光たちは、村の端の広場に行くと、そこで馬と共に休むことにした。馬を並べ、人間たちはその辺で雑魚寝した。


 こういうことに慣れない憑円は、屋根がなく吹きさらしであることや、一同の中で自分だけが女である心細さなどがあって、中々落ち着かなかったが、彼等は野獣ではなく、躾けられた人間であり、信用していいようだった。




 広場はそばに小川が流れていて、何となく涼しかった。山を源流に下ってくる流れのようだった。喉が渇けばそこから掬って飲めばよかった。


 夜は静かに深まり、そして明けた。




 ……。




 花々が描かれた屏風を後ろに、長椅子が設置された板の間に、憑円と旭光と仲間たちは正座していた。四隅にはあの使用人を含む側仕えが警備役として立っており、室内の人の密度は高かった。


 彼等は誰かの来るのを待っているようだった。


 しばらくすると、男が一人やってきて、憑円は、『阿蘭』という覚えのある名が頭に残っている状態で彼を一目見ると、すぐに当人だと悟り、即座に緊張感が高まってピリピリした。


 男は、訪問者たちをザッと総覧すると、憑円を認め、驚きのために目を見張った。


「あなたは」、と憑円はいささか声を震わせて言った。「父上に武器を供した商人ですね」


 その様を、旭光たちは半ば心配し、半ば興味を持った風に静観している。


「お前は、あの夜の小娘だな。その顔、覚えている」


 袍を着る彼は、右手に持つ笏でパッと左の手のひらを軽く打つと、長椅子のところにどっしりと座った。


「作戦は失敗に終わりました。わたしの父上は、恐らく殺されました」


「そのようだな」


 阿蘭の口調はあっさりしていた。


 憑円は悔しさに涙を堪え切れず、本心では彼に殴りかかりたかったが、その気概は大きく燃え上がる前にシュンとしぼみ、彼女は顔を伏せてしくしく涙をこぼした。隣にいる旭光は、慰めるように憑円の肩に手をポンと置いてやった。


「わたくしどもは」、と旭光は憑円を見つめたまま言う。「この辺りを旅して地相を見て回っており、お話をしにこちらに伺ったのですが、あなたは何かご存知のようですね」


「知ってはいる。だが、明け透けに話してやることは出来ない。秘密を守らねばならない立場というものがある」


 阿蘭がそう言った後、旭光は彼の方を見つめ、二人は心なしか、精神的に牽制するように睨み合った。


 旭光は「おい」、と手近にいる仲間に呼びかけ、素振りで憑円の方を示し、彼に憑円を外に連れ出すように示した。仲間は憑円のところまで行き、ずっと泣いている彼女を引っ張るようにして立ち上がらせると、いっしょに退室した。


 二人がいなくなると、旭光は阿蘭と向き合い、「阿蘭様」、と話を再開した。「あなたは商人でいらっしゃるようですが」


「そうだ。おれは商人で、この土地の領主でもある。また、武器を取り扱い、養蚕業を営んでいる」


「この辺りはまだ新時代の波が及んでおらず、未だ乱世の観が濃くあります。土地勘をお持ちの阿蘭様のお目には、どのように将来図が映っているのでしょうか」


「安寧か、はたまた争乱か……」


 考えるように、阿蘭は背もたれ一杯にもたれ、天井を仰ぎ、笏で手のひらをまた叩いた。


「時代の趨勢ははっきりとは見えない。新しい王が中国統一を、武人軽視という姿勢で遂げようとしているが、外敵は常に存在し、ヤツらがいつ王朝を暴力によって乗っ取っても、おかしくはない」


 ――旭光は考えていた。武器の商取引は政府が管理しており、誰でも出来る商売ではない。ということは、阿蘭は、政府と密な接点があることになる。しかし政府の思惑とは別に、旧時代の節度使が農民の反乱を圧服してしまった。勢力の均衡がおかしいように、旭光には思われた。この阿蘭は、誰の味方なのだろうか。


 阿蘭は背もたれより背を離し、冷気を帯びた視線で考えに耽る旭光をじっと見つめた。


「疑いの目を向けられても、お前が欲するような答えを、おれは出してやることが出来ない。悪いな」


 旭光は意を察せられ、恥じ入るように眉間に皺を寄せて頭を下げる。


「言っておくが、おれはあの娘の父親の死について、責任を持つ筋合いはない。あの父親が死んだのは、単に作戦を失敗した本人の落ち度のせいであって、誰かの悪意のせいではない」


「異論はございません。貴重なお話を、ありがとうございます」


「今日、お前たちは村を出ていくのだな」


「そのつもりでございます」


 椅子に座る阿蘭のより高い視座からは、板間に正座する旭光をじっくり観察出来た。彼の身なりは決して上等ではないが、居住まいや言葉遣いや、細かい持ち物が、庶民とは違うことを物語っていた。







 屋敷を出て憑円は、旭光の仲間の男と共に、昨夜休んだ広場まで戻ると、川べりに行き、下草の生える斜面に腰を下ろし、川面を見つめた。男はやれやれという感じで彼女よりいささか離れて同様に腰を下ろした。


 彼女は回想していた。阿蘭はあの日、彼女に行商の手伝いでもしないかと、父を介して誘ってきた。彼女においては、ちょっと考えるところがあったが、今ではありえない話だった。阿蘭には大勢の手下がいて、まるで人手不足には見えなかった。彼はただ、人足が欲しいだけだった。いればいるほど使役し、搾取することが出来る。




 憑円においては、何阿蘭という人物は、父を間接的に死に追いやった仇であり、また、がめつい拝金主義者だった。




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