①
金属製の灯火器で、樺の皮を火口に、小さい火がユラユラ燃えていた。
一軒の藁葺屋根の煉瓦造りのあばら家。中はすっかり静かで、一隅を除き、真っ暗である。
木の皮を抄いて生成された紙の書物が、板の上に山と積まれており、地べたにじかに青年が、胡坐をかいて座って、一冊の書物を、その小さい灯火を頼りに読んでいる。元は白かったが劣化して黄ばんでいる粗末な短褐を着、同じ具合の下穿きを履いている。髻を解いた黒い髪はうなじまで下りている。眉が薄く、目の下の陰翳がやや濃い。鼻は並の大きさで、小さめの口は不安そうに閉じられている。
灯火器は青年と同じく地べたにあり、書物はそのそばに、中が見えるように近しく置かれ、彼は座りながら、いささか前のめりになって地べたにペタッと広げられた書物を見下ろしていて、窮屈そうである。
彼は黙々と書物を読み進め、紙面の端々まで目を通すと、再読し、納得が行けば、一葉めくり、次の内容へと進んだ。一冊の書物は何葉もあり、更に書物は一冊だけではなかったので、全部読み進めるのは厳しい試練だった。
青年は起きて勉強に励んでいたが、そこでは寝息が聞こえていた。二人分の寝息で、彼等はゆっくりと呼吸しており、熟睡しているようだった。
ふと、衣擦れの音がしたかと思うと、「葵千?」、という女性の声がした。青年は、ただの衣擦れの音なのにドキッとした。彼はあまり肝が据わっていない感じだ。
「まだ、勉強してるの?」
蔡家の一人息子、葵千は書物より顔を上げ、灯火器を手に持って、声の方に目を向けた。
「母上」
蔡芸輪だった。三十歳で、農民である。夫といっしょにむしろの上で寝ていたのだ。
灯火でその面差しがほのかに露わになる。三十歳にしては、彼女は小皺が多く、いやに老け込んでいる。長い髪には白髪が混じり、顔面の一部にはしみがある。
「試験に合格するには、一刻の怠惰も許されないのです」
「頑張るのはいいけど、無理はしないようにね。あまり寝るのが遅いと、次の日がツラいわよ」
芸輪は、葵千の目元の陰翳を痛々しがるように見て言う。
「分かっています。今夜は、けど、まだやれます。後少しだけ……」
その返答に、芸輪は半ば嬉しそうに、半ば悲しそうに、口元を緩め、納得したように頷き、寝床の方に戻っていった。
彼女は程なく再び寝息を立て、熟睡した。下級農民の立場は不遇であり、奴隷同然のもので、苦悩が絶えない。
彼女の夫であり、葵千の父である蔡荒円も、彼女と同じ立場なのであるが、芸輪と共に、みずからの境遇を憂えて嘆き、息子である葵千に、一縷の望みを託したのだった。
それは、王宮で行われる国家試験の『科挙』に合格し、中央政府の官僚となることだった。
そのために、葵千は日夜、猛勉強に励んでいるのである。




