純愛志向の神官様は勘違いされがちです
神官見習いの少女に恋をした。
信心深く神に祈りを捧げるその姿に。
この国がより良くなるように語る姿に。
笑うと少し、表情が幼くて愛らしいところに。
──この神殿を、一緒に支えていけたら。とそう思って。
「……貴女をお慕いしております。貴女が此処に居てくれるのなら、私の生涯をかけて貴女を幸せにすると誓いましょう」
そう告げて、その手を取って。
「私と一緒に、神殿を支えていきませんか」
――
「……で、振られたのかよ」
「………………お察しの通りです」
「それでそのあとは?」
「何故か悲鳴を上げて逃げられました。今無断早退からの転属希望です」
だっはっは。
大口を開けて友人が笑う。はしたないですよ。と告げる自分もそれなりに酒を入れたし、話題が話題なので上品を保てているとも思わないが。それでも椅子を揺らして笑うその姿よりはマシだと思う。
否、傷心のまま神官服で下町の居酒屋に入った時点で素行はそれほど変わって見えない気もして来た。問いかけてみようかと思ったが、互いに酒が回っている身だ。聞くのが怖くなってきたのでやめることにした。
「お前、振られたのこれで何回目?」
「……人間、失恋の回数として三回は多くはないのでは、と思うのですが」
「そんなに恋多いほうでもないだろお前。一途だし。なのに振られるんだよなあ。優良物件のくせに不良物件なんだよ」
矛盾していないだろうか、その物言いは。
告げられた言葉にむっ、とすれば目の前でビールジョッキを片手に友人は笑う。
「貴族出身の血統も育ちも証明されてる三男坊で、家は継げなくとも十分な影響力を持つ。大神殿の次期神官長候補で、顔だってイケてる。物腰だって丁寧なのに。声かけられたことはあるんだろ。そういう女の子たちはどうなん?」
「……好いた女性に好かれなければ何の意味もないでしょう」
「…………そういうところも悪くねえはずなんだけどな。やっぱ顔かなあ」
「あなた、私の顔を褒めませんでしたか? 秒で手のひらを返すじゃないですか」
「顔はイイんだよ。イイけど彼氏向きじゃない」
「この人本当に友人なんでしょうか……」
グラスが空になってしまった。渋々手を上げてハイボールのお代わりを頼んでいる間に、目の前の友人は「あとなんかあったかなあ」と考え込んでいる。
長い付き合いの友人の語る自分の情報は、別に悪いところはないようにも感じる。事実、神官服を着ていなければ街中で声を掛けられたことも無くはない。「綺麗ですね、お兄さん」と声を掛けられる事もあるし、自分の見目が其処まで劣っているわけでもないのだろう。性格に難があるのだろうか。少々真面目すぎる、などは目の前の友人に言われたこともあるが。真面目はそんなにいけないのだろうか。
神官ではない者にとっては、相手が神官であるというのはもしかしたらマイナスなのかもしれないが。だが、今の失恋話の相手は同じ神官であった。その点はあまり考えなくても良い気がする。
「……私の何が問題なんでしょう」
「……忌憚なき意見、欲しい?」
「あなた、一応あれで遠慮してたんですか」
きょとん、と首を傾げる友人に呆れたように口にする。
嘘だろう。あれで遠慮されてたのか。結構ずばずば言われていた気がするのだが、このなんでも言う友人がこれでも遠慮していたということはこれ以上ズタボロに言われる可能性があるらしい。
一応酒のおかわりが来るのを待って。さらにそれを数口飲んだうえで続きを促す。
「覚悟しました。聞かせてください」
「じゃあ、早速。……お前、遊び人っぽく見えるんだよ」
「え」
ハイボールがいけないんだろうか。思わず手にしたグラスを見下ろす。それともしわくちゃになってしまった神官服の方だろうか。
「なんですか、神官はお酒も嗜んではいけないと?」
「そんなこと言ってないけどよ」
「神官はオシャレなバーが自室でちまちま飲んでいなさいと?」
「言ってない言ってない。まあイメージ的なもので言えば否定できねえけど……」
神に使える立場ではあるが別に趣味嗜好の類を禁じたことなどない。古き時代には娯楽も贅沢品であると考えていたらしい文献もあるが、酒の味が分からねば、そもそも我らの信仰する神により良きものは捧げられない。信徒が満たされていなければ神に祈る気力もなくなってしまう。そういった理由の積み重ねから、気がつけばそのような風潮も無くなった。
神官服が下町の居酒屋で酒を煽っていたってなんら問題がないのだ。数は少ないが。数は少ないが。
「私の日頃の楽しみなど、お酒ぐらいしかないというのに。純愛に目覚めてはいけないのですか」
「今まで純愛ではなさそうな言葉」
「私とて失恋したから次……考えてしまうのは嫌ですよ。いつもこの人! と思いながら恋をしているというのに」
「見た目より重いんだよなあ……」
「あなたずっと私の見た目を貶しますね」
「事実」
「事実は人を傷つけるんですよー」
めんどくせえ。目の前の友人の表情が歪むのがわかる。一応自分も、面倒臭い絡み方をしている自覚はあった。お酒が回って来ているのか、いつもより口が軽いし。声だってデカくなって来ているような気はする。
「私の見た目のなにがダメなんですか」
「え? あー、まず」
まずって言った! 複数あるんだ!
「顔はカッコいいんだけど……神官だと胡散臭い」
「どういう!?」
「目つきが……悪いのを隠そうとしてて……ニコニコしてるのが……あれだ! 流行りの小説にいた俗に言う糸目に近いらしくって、胡散臭えんだ」
「目つき!?」
目つきが悪い自覚はある。同僚の横領が発覚した時など、言葉を選ぼうとしていただけなのに見つめているだけで圧があって怖かったと言いながら暴露してくれたことがあった。
周囲の評価などにも関わってくる。その出来事を経て、笑顔を浮かべていることを意識し続けていたのに、まさかそれが原因と言われるとは思わなかった。ダメじゃん。じゃあ顔が。
「ニコニコして胡散臭い奴が、本音で話す時は睨み付けてくるの、こえーだろ」
「あなた私のことそう思ってたんですか? 何でもっと早く言ってくれないんですか?」
「悪口だろだってこれ」
悪口に値するから言わなかったらしい。なるほど。
納得はできた。友人からの悪口、確かに良くない。そう言われたらそうかもしれない。
「で、私服だとモテるのは胡散臭い表情と私服がマッチしてて遊び人っぽく見えるから。だから遊び人求めて来た奴に声をかけられる」
「私の私服見立ててくれたのあなたでしたよね!?」
「バッチバチに似合うんだし仕方ないだろ。なんか、流行りのギラギラした服」
「私が選ぶタイプの服ではないな……と言った時に「流行りだし良いだろ。かっこいい」って言ってくれたのあなたでしたよね!?」
「事実だし……」
似合う服を見立ててくれていたらしい。友人としては優しい。合っている。
でもなんか、イメージと合わないなら言って欲しい。だから声かけてくる女性のタイプが苦手なタイプだけだったのだ。今発覚した。
「あとはなんか、単純に」
「単純に……?」
「重い」
「おもい」
がつん、とジョッキで殴られた気分だ。友人は空になったジョッキを卓の端に豪快に置くと頬杖をついて此方を見た。
「最初なんて好きです。とかそれぐらいで良いだろ。付き合う前から生涯かけてくるなんて怖すぎる」
「ですが貴族社会では割と普通で」
「神官なんてエリート様以外はほぼ平民出身だろ! 特に見習い! 玉の輿求めて、とかじゃない限り重すぎる」
「ぐうの音も出なくなってきましたね……」
ついでに見習いは下町出身である。身よりもない。食い扶持を求めてきたのがきっかけで、自分のような貧困層の助けにいつかなりたいと思っていた立派な見習いだった。転属希望を出しているけど。
「以上。友人からの真っ当かもしれない評価でした」
「一応そこはかもしれないなんですね」
「言葉なんて主観だからな。他のやつが見たら違うかもしれねえし」
好き勝手言った友人は空気を入れ替えるように一度手を叩いて、そのまま何杯目かわからないビールを注文していた。
これぐらい豪快に生きていたら寧ろなにか変わるんだろうか。どうだろうか。
「……まあほら! お前がイイやつなのは事実だし、そのうちイイ人現れるよ。クヨクヨしないで飲もうぜ!」
「…………あなたの言う良い人に振られたんですよ私は」
「やべ、また地雷踏んだ」
まあ、少なくとも。
失恋話をこうして消化してくれる友人がいることは嬉しいのかもしれないな。などと思いつつ。
「それはそれとて、私も純粋に愛されたいですよー」
「しかもかなり酔ってるわこいつ」
――
「おーい、神官様がジョッキ持って潰れるな。そういうとこ。そういう遊び人みたいなことするとこにナンパ女が引っかかるんだよ。おーい!」
見事に潰れてしまった友人にため息を吐く。酒に弱いわけではないが、単純に飲み過ぎである。
やれやれ、と手に持っていたジョッキを離してやり、顔にかかっていた髪をはらってやる。退店までもう少し時間はある為、様子を見てから起こしてやることにする。
「……ほんっと、顔が良いよなあ」
顔だけは良いのだ。いや別に性格も悪くはないのだけれども。
どちらかと言うと、運がないと言うか。誤解されやすいだけなのだろうな。などと友人からしたら思わなくもない。正直、行動に出る前に相談をしてくれたらもう少し、何とか。なるような気もするけど。
いやでも、何とかしてやる気があんまりないからダメだな。と自己完結をして、自分は新しく酒を頼む。
「お前の良さを知っててそれなりに一途で、信心深く……はあんまりないけど、偏見とかもない女が此処にいるけど。アタシじゃダメなんかねえ」
なんて、面と向かって言う勇気はまだない。




