第86話
「あははは、残念だったわね」コードセムーが相変わらず双葉をくるくる回転させながら楽しそうに笑う。「ま、せいぜいハイイログマなんかに喰われたりしないよう、逃げ惑いながら生きていくことね。さ、行きましょう、ダーリン」モサヒーに声をかけ西へと進み始める。
「いいえ、海まではご一緒するわ」キャンディは怯える素振りもなく宣言し、言葉通りに西へ向かい駆け出す。
「お、おいおい」ボブキャットはすっかり困惑し、走り出すこともできないまま声だけ呼びかける。「待てよ、ちょっと」
「ボブキャットさんは、よかったら私の背にお乗りなさい」キャンディが少しだけ振り向いてそう言い、スピードを落とした。
「え──」ボブキャットが迷ったのはそれでも地球時間で二秒ほどで、彼は素早く駆け出し、言われるままキャンディの背中にするするっと昇った。
「ちょっとあんたたち、何ついて来てんのよ」セムーが怒鳴る。
「うん、では海辺までということで、うん、もうすぐですが行きましょう」モサヒーが特に止め立てもせず推進を続行する。
そして西へしばらく行くと、ついに一行は海へ出た。
小高い崖の上に、キャンディは立った。
「ああ、ここまでか……」背の上でボブキャットが呟く。
「うん、それでは、キャンディさん、ボブキャットさん」モサヒーが一旦停止し、改めて二頭に別れの挨拶をする。「ここまで同行していただいて、うん、ありがとうございます。うん、お二人ともどうかお元気で」
「ああ」ボブキャットがキャンディの背の上から返事をする。「残念だが、翼の生えたネコ科に会ったら、よろしく言っといてくれよな。お前に会いたがってた地球のネコ科がいたって、伝えてくれ」
「うん、はい、わかりました」
キャンディは何も言わず、ただ崖の上から海原を見ている。
「──うん、それでは」モサヒーは少しの間、そんな地球外動物を見やった後、ついに推進を再開した。「さような」
キャンディが跳んだ。
一行は絶句した。
キャンディは背にボブキャットを乗せたまま、空に弧を描き大海原の上に落下していった。
その途中から、
ギャアアアアアア
ボブキャットの悲痛な叫びが空を切って響き渡った。
ザバーン
そしてその悲鳴を聞きつけてか否か、沖合でイルカらしき動物が海面を切り空中に飛び上がった。
◇◆◇
「帰るのー? 本当にー?」ハシナガイルカは再び水面から顔を出して確認した。「いつー?」
「いつになるかは、はっきりわからないんですが、たぶんそう遠くない内に、迎えがやって来るはずです」レイヴンは説明した。「なので、ぼくたちはここで、その迎えを待とうと思います」
「ここでー?」ハシナガイルカはそう言って水面近くをくるりと一周泳ぎ回った。「じゃあ、俺はー?」
「はい」レイヴンはしんみりと頷いた。「ここからは、どうぞハシナガイルカさんの行きたいままに、自由に泳いで行ってください。本当に、ここまで一緒に来てくれて、ありがとうございました。どうかお元気で」
「いやー、でもー」ハシナガイルカは水面から顔を出し、その場に留まって何か考える様子を見せた。「心配だからー、付き合うよー、迎えが来るまでー」そう言って顔をのぞかせたままくるりと水中で体を回転させる。
「えっ、でもそんな」レイヴンはその申し出に驚いた。「申し訳ない」
「全然ー」ハシナガイルカは明るく答えた後「あ、でもシャチが来たらー、さよならさせてもらうけどねー」と付け足した。




