第85話
一行は引き続き西へと向かっていた。
モサヒーの様子は、コードセムーのみならずボブキャットやキャンディの目にも、明らかに不安定な様子に見えた。
「うん、レイヴン」
先ほどだし抜けにそう言い浮揚推進を止め空中に留まった理由は、判然としない。いや、少なくともレイヴンと何か極秘裏に通信していたらしいことは判るが、そのやり取りの中で一体何があったのか。
しかし結局、長時間留まるわけでもなくモサヒーは再び推進し始めた。レイヴンを呼んだあの一言からこっち、何も言わず。
そして再開された推進のスピードは、それまでよりも遥かに高速になっていた。
ボブキャットもキャンディも、遅れずについて行くには多大なエネルギーを消費する必要があった。
だが立ち止まり草や小動物を捕食することもできない。それをするとたちまちモサヒーを見失ってしまうという怖れが無言の内に在った。
しばらくの間、誰も何も言わず、ひたすら走り、推進していた。
「──なあ」
ついにボブキャットが駆けながら口を開いた。
「何か、あったのか? レイヴンと」
モサヒーはすぐに答えなかった。
「ふん」代わりにセムーが嘲りの声を挙げる。「文句があるんなら、もうついて来るのをやめたら? あんたも、はげ馬さんもさ」
「文句なんてないわ」キャンディも駆けながら口を開く。「ただ心配なだけ」
「心配ですって? 大きなお世話よ」セムーは推進しながら不機嫌になった。「あんたに、私の夫の心配をされる筋合いなんてないわ」
「あなたが」キャンディはそう言い「妻?」甚だ疑問を抱いている風な声音で続け「なんだとしたら、ずい分無頓着だわ」
「はあ?」セムーは向かう先を西からキャンディ方面に変え飛びかかろうとした。「何が言いたいのよ、でかばか」
「うん、皆さん」突如モサヒーが呼びかけ、急激に速度を落とした。
一行は久しぶりに止まった。
全員、モサヒーを見、その言葉を待つ。
「うん、ご心配をおかけしてすみません」モサヒーは言った。いつものように冷静で穏やかだが、いつもと違い低く小さな声だ。
「レイヴンさんが、どうかしたのですか?」キャンディが訊く。
「うん、はい。レイヴンは、うん、突然ですが本国へ、うん、戻ることになったそうです」
「えっ」ボブキャットが目を丸くし、
「まあ」キャンディが首を振り、
「戻るですって?」セムーが叫ぶ。「それはまずいわ、早くとっ捕まえないと」
「うん、ぼくは」モサヒーが続ける。「レイヴンが帰る前に、ほんの短時間だけでも、うん、会って話をしたいと思います」
「会う?」ボブキャットが尻尾を立て、
「そうなんですか」キャンディが尻尾を振り、
「そうね、急ぎましょう、あなた」セムーが西方向へ推進し始める。
「うん、レイヴンは今、オーストラレーシアからアジアに向かって海を渡っている所です」モサヒーはさらに続ける。「ぼくも大至急、うん、アジアへ向かいたく思います」
「海へ、出るのか」ボブキャットが尻込みし、
「海へ出るのですね」キャンディが前足を持ち上げ、
「素敵、私たち二人だけで旅をするのね」セムーが頭頂の双葉を高速で回転させる。
「二人?」キャンデイが問う。「いいえ、私も行くわ」
「はあ?」セムーが呆れて馬鹿にした声を挙げる。「あんたって、ばかでしょ。でかいし。はげてるし」
「お黙りなさいよ、ちび雑菌」キャンディはいなないた。
「いや、海だぜ」ボブキャットが間に入る。「俺たちにゃ、無理だろ」
「海というのは」キャンディが確かめる。「少しだけ話に訊いたことがあります。水をふんだんに湛えている領域のことですね。私の体よりも、それは深いのですか?」
「ぎゃはははは」セムーが狂ったように爆笑した。「いいわ、じゃあついて来なさいよ。あんた海に入って、自分の背丈より深いかどうか自分で確かめるといいわ」
「もちろんそうするつもりです」キャンディは即答した。
「いや、キャンディ、命が惜しけりゃそれはするな」ボブキャットが焦る。「海はな、とんでもなく深くて広くて、おっかねえ生き物がわんさかいるんだぞ」
「うん、キャンディさん、それからボブキャットさん」モサヒーが口を挟む。「お二方には、うん、まことに申し訳ないのですが、ここでお別れをしたいと、うん、ぼくは思います」
「まあ、そんな」キャンディが声を落とす。




