第94話
モサヒーは、コードセムー内に送り込んだ自分の極小コピーからその様子を受け取っていた。
セムーが高らかに宣言した内容、レイヴンが本国に帰還したことと、自分つまりモサヒーがその代替としてギルドに入りマルティの世話をすることに対し、はっきりとした反応を見せたのは、前回──偽装だが結婚報告の時──と同じくコードルルーだった。
ルルーは見たところレイヴンの本国帰還に対して特に何も言わなかったが、自分がギルドへ赴くという話になった途端異を唱え始めた。
その後ギルド本部から、セムーが記録していたと思われるレイヴン出立前後の映像データが全ギルド員に開示された。そこにはレイヴンと、必要の有無に愁眉を誘うがセムーの発話記録のみ聞こえる仕様が施されていた。
なので自分がその時セムーに対し何を言ったかまでは伝わっていないはずだが、それでもルルーは「やめろ、そいつを連れて来るな」と叫んだのだ。
この者は、能天気で楽観主義者でおめでたいギルドの連中とは、明らかに一線を画していると言っていいだろう。モサヒーはそう判断した。
そんな時、突然そのルルーが「ミルキィ? ミルキィ!」と、また叫んだ。
今度は、ひどく焦燥した雰囲気を持って。
ミルキィ?
仲間のギルド員の名か?
モサヒーは考察した、だが次の瞬間思い当たった。
奴はマルティコラスに随行していると考えられる。
つまりそれは──
だがすでにコードルルーはセムーおよぴギルド本部との通信帯を強制的に断ち切ってしまったようだった。もう少しで奴の生体粒子構成を掴めるところだったが、情報源がぱっつり途絶えたのだ。
モサヒーはごく微かに嘆息した後、一行を振り向き伝えた。
「皆さん、それでは行きましょうか」
そしてセムーをぐるぐる巻きにしていた触手を、ようやく解く。
「行くって、どこへ?」問い返したのはボブキャットだった。問い返しながらもキャンディの背の上で、再びしっかりと体を丸め超高速移動への態勢を準備している。
「うん、アジアです」モサヒーは目的地を告げた。「レイヴンが目指していた土地、そこでマルティコラスを捜したいと思います」
「あら、すぐに見つかるわ」セムーが口を挟む。「今そいつは、またインド方面に向かいはじめているわ」
「うん、そうなんですか」モサヒーは肯く。「それでは、インド方面に行きましょう」
その途中で、恐らくシャチにも出遭えるだろう。モサヒーはそう思った。だがそのためには、こちらも少し考えなければならないことがある。
「キャンディさん」モサヒーはウマ類似動物に向けて言った。「ここまでの道のりは、本当にありがとうございました。ここからは少しゆっくりと、他の動物たちが近寄って来やすい程度にスピードを落として移動したいと思います」
「わかりました」キャンディは素直に従った。もう、急いで誰かに会わねばならないという事はないのだと理解したようだった。
◇◆◇
一方コードルルーは、通信終了の前に思わずその名を叫んでしまったことを激しく悔やんでいた。
ああ、もちろんあの声は全ギルド員のみならず本部にまでも届いたことだろう。
そしてもしかすると、大阿呆セムーの内部に潜むモサヒーのコピーにまでも。
何をやっているんだ。
直ちにミルキィを捜し始めたい想いは無論ある、だが同時にわかってもいた。本部に照会すれば直ちに該当動物の現在位置が判明することは。
本部に、照会──確かにその情報はすぐに教えてもらえるだろう。ただし、
「ああ、ここだよ。かわいいミルキィちゃんの居所は」
そんな余計な一言を本部の大阿呆職員が付け足さないという保証は皆無だ。
冗談じゃない。
しかし闇雲に飛び回ることはできない。
そして、そう、今こうして考えあぐねている間にも、ミルキィはどんどん遠ざかっていくのだ。
この俺から。
何の躊躇いもなく。
何しろミルキィは、自分にそんな名がつけられたことすら認識していないのでは──
ルルーは双葉を強く振った。
反応したじゃないか。
ミルキィは、俺がミルキィと呼んだ時、はっきりと俺を見て、そして──
返事をしたんだ。
どうかしてる。
中枢帯の端くれに、そう呟き肩を竦める粒子が存在する。お前も大阿呆の仲間じゃないか。
だがルルーは本部へのアクセスを再開した。無論他のギルド員からは遮断した状態で。
「翼つきの大型ネコ科が今どこにいるか、教えてくれ」
声は、落ち着いている。彼はそう判断した。




