第91話
「レイヴン」キオスが籠の中からそっと訊ねる。「ぼくたちはどうなるの?」
「ああ、もちろん一緒に、帰るんだよ」レイヴンは答えた。
「そうかあ……」キオスはすぐに了解したが、その声は少し寂しい色を帯びていた。
「キャンディさん、こんにちは」突然籠の中からオリュクスが元気に声を挙げた。「ぼくはオリュクスです」
「あら」キャンディはその呼びかけの主を少し探したが、レイヴンが持ち上げた籠に気付き挨拶を返した。「こんにちは、オリュクス」
「こんにちは。ぼくはコスです」
「こんにちは。ぼくはキオスといいます」
「まあ、こんにちは。コス、キオス。キャンディと申します」
「キャンディさん」
オリュクスが叫び、レイヴンは無意識に籠を自分の殻の方へ引き寄せた。
「すごいですね。信じられないぐらい速いです」
「まあ、ありがとう」キャンディは長い首をもう一度前に倒して賛辞への礼を述べた。
「あの、ぼくと競争してもらえ」
「だめだよ、オリュクス」オリュクスの依願をボブキャットの尻尾のごとくばっさり断ち切って、レイヴンは準備済みだった言葉を発した。「もう一度言うけれど、我々はもうすぐ帰るんだ」
「でも、じゃあ」オリュクスは食い下がる。「最後に一度だけ、競争を」
「オリュクス」レイヴンは声のトーンを平たく保ちながら告げた。「だめだ」
「ええー」オリュクスはいつものように無邪気に衝撃を受け、
「そうだぞ、オリュクス」コスもいつものように窘め、
「残念だけど、もう終わりだよ、オリュクス」キオスもいつものように少し同情しつつ宥める。
「ねえ、レイヴン」オリュクスだけがいつになく深刻な表情で確認する。「ぼくたち、ここに残ることはできないの?」
「それは」レイヴンにとってその問いは、半ば予測の範疇にあるものだった。「……申し訳ないけれど、できないことだね」そしてこれもまた、すでに準備済みの回答だ。
「ええー」オリュクスは今にも泣き出しそうになり、
「そうかあ、でもそうだよね」コスの了解の返事にもやはり悲哀の色が滲み、
「でも」優しいキオスが皆に光を見せようと努める。「いつかまた、遊びに来ることはできるかな?」
「──ううん、今はなんとも言えないけれど」そしてレイヴンには、この三頭の反応に対する更なる戒めを実行するほどの冷徹さがどうしても惹起できずにいた。「……いつか将来、そういうことができるようになると、いいね」呟くように言う。
「うん!」
「きっと、なるよ!」
「そう、ぼくたちまた、地球に来よう!」
「またいつか!」
まだ幼さの残る動物たちは、純粋にそんな未来を信じて疑わなかった。
「オリュクスさん、ごめんなさい」そこへキャンディが気の毒そうに声をかける。「競争を望んでいるのでしょうけれど」
ああ、優しい動物さんだな、とレイヴンは思った。
「それをしなくても」キャンディは続けた。「結果はわかっているわ」
あれ? レイヴンは思った。
「私の方が」
まずい! レイヴンは思わずキャンディの口のところに触手を伸ばし始めた。
「速いわ」
間に合わなかった。
一同が押し黙った。
なんて、ことを──
レイヴンの本体内全域に、大量のストレス物質が発生し駆け巡った。
「わかんないよ、そんなの」無論のこととして、オリュクスが声を限りに主張した。「やってみないと」
「いや、あの走りを見ただろ」コスが、何故この巨大なウマ類似動物は余計なことを口走ったのだろうという想いを心に留めつつ窘める。「キャンディさんの方が速いよ」
「うん、だってあの走りは」キオスも、この巨大なウマ類似動物さんは、きっと本当は優しくて賢い動物さんなのだろうけど、ただ言葉のやり取りにおいてタイミングとかシチュエーションとかそういった微妙な要素にずれが生じてしまったんだなという理解を必死に掻き立てつつ宥める。「地球上のどの生物にも出せないスピードだと、ぼくも思うよ」
「でも」それでもオリュクスは諦めない。彼にとってこの巨大なウマ類似動物は単純にライバルでしかなかった。「ぼくだって、全力疾走すれば」
「うん、レイヴン」
レイヴンがオリュクスの名を呼ぶ前に、モサヒーがレイヴンの名を呼んだ。
「うん、来たようです」




