第37章 龍二脳梗塞で倒れる
それは突然前触れもなく訪れた。さよならコンサートの一週間後の事で龍二と美波と父と母、四人でゴルフのラウンドが終わってシャワーを浴びてラウンジでくつろいでいる時、龍二は椅子に座っていて突然右側に椅子ごと倒れた。美波、父、母はその場であたふたしていると支配人が来て様子を見るとすぐに救急車を呼んだ。「脳梗塞だ!」叫んだ。よくある事で年間10人程出るらしい。龍二は立ち上がろうとしているがなかなか立ち上がれなくて身体が左側にぐるぐるまわっているだけだった。支配人いわく、脳梗塞の症状の一つらしい。5分後救急車が到着、5分でつくばメディカルセンター病院へ搬送され緊急手術へ入った。丁度脳外科医の先生がいてくれた。手術はカテーテルで脳の血管に詰まった血栓を取り除くだけだった。先生はカテーテルを家族に見せると大事には至らない事を告げた。後、万が一寝たきりになる恐れがある事を告げた。良くて左半身に麻痺が残るとも告げられた。美波は絶望感に苛まれしばらく呆然と口を開けたままその場に立っていた。龍二が目を覚ましたのは3時間後の事だった。龍二は何処にいるのかもわからずにいた。ベッドに寝ていて天井が白い美波が泣いている。父と母も泣いている。そしたら医者が来た。「遠藤さん。助かりました。これで一安心です。あなたは脳の前頭葉部分に心臓に詰まった血栓が飛んで脳梗塞を引き起こしました。最悪の場合は寝たきりになる所でしたが目が覚めたなら大丈夫です。安心してください。手術までの時間経過が早かったせいで助かりました。不幸中の幸いです。すぐに歩けるとは思いますが、自分でも努力してリハビリしましょう。理学療法士にも連絡しておきます。早速明日からリハビリしましょう。今日これからはトイレに行くときは看護師が車椅子で付き添います。そのボタンを押してください。ナースコールです。入院は始めてですか?慣れないと思いますが頑張りましょう。血糖値がたかかったので食事は糖尿病食になり、今までとは味気のない食事になりますが我慢してください。後、自動販売機のジュース類は飲んではいけません。お水かお茶にしてください。お菓子も駄目です。ご家族の方も注意してください。手と足に違和感ありますか?動かしてください。寝たままで結構です。左右の手をにぎったりひらいたりしてみてください。足は上にあがりますか?」先生は龍二の目を見てニコリ微笑んだ。龍二はやってみたが左手が自由に動かない。足はあがったが左足が重かった。「先生、左手は親指にしぜんにチカラが入って不自由です。左足が少し重いです。」龍二は先生の目を見つめ不安な表情を見せた。「そこまで動いていれば多少の不自由があっても明日からのリハビリで直していきましょう。私、担当医の桑野と申します。遅れてしまいすいませんでした。担当看護師はこちらにいる井上がやります。よろしくお願い致します。ごゆっくりしてください。」桑野先生は龍二の目を見て微笑んでベッドサイドを離れて言った看護師も同様にいなくなった。残るのは美波と父と母だった。「龍二さん。助かってよかったわ!このまま目が開かなかったらと思うと私、ゾッとしちゃった。寝たきりになるかもと聞いた時、私、どうしようか?と思いました。あなたの居ない世界考えられなくて。良かったわ。なんか、後で食事指導の先生のお話があるみたいです。この後。」美波はホッとした顔を見せて、父と母の顔を見た。純一郎と早苗もホッとした表情を見せてため息をついていた。1時間経って家族で談笑していると看護師の井上が車椅子を押して部屋に入って来た。龍二はまだICUに居た。「遠藤さん。食事指導の先生の話を聞きにいきますよ。はい。車椅子に乗ってください。」井上は龍二をサポートしながら車椅子に乗せて、龍二の乗る車椅子を押してエレベーターに乗り一階の食事指導室についた。家族全員で食事指導室に入った。女性の先生が居て、「遠藤さんですね。担当の衣川と申します。退屈な話になりますが大事ですので良く聞いてください。奥様とご両親も一緒でお話を聞いてください。遠藤さんは日頃、脂っこいもの好きでしたよね。コレステロールが溜まったせいで血管内に血栓が出来たせいで今回の病気になりましてよ。タバコはやらないという事でこれは良し。運動は嫌い?奥様はプロゴルファーだったでしょう?でもゴルフも最近じゃカートに乗って移動するからあまり歩かないものね。甘い物は好きですか?炭酸飲料とかコーヒーとかこちらに模型がありますが缶コーヒーだとこれだけの砂糖が入っております。清涼飲料水だとこれだけの砂糖が入っています。これを摂取しています。我々人間は知らず知らずに怖いです。」衣川先生が龍二の目をじっと見つめた。「今日からこれ全般摂取禁止わかった。奥様、お子供様に対して責任もたなきゃね。男なら我慢しなさい。約束してね。食事を変えないといけません。奥様、お母様、食事に関してのパンフレットさしあげます。旦那様の食事管理お願い致します。後、隠れて外食しないようお金は持たせないでください。」衣川は美波と早苗の目をじっと見つめた。「先生、たまにはラーメン食わしてくれよ。」龍二は半ベソをかいて先生に懇願したが「駄目!また、倒れて今度こそあちらに行きますよ。それで良いのなら食べなさい。私は責任とりません。」衣川は龍二の目をギラリ睨んで少し微笑んだ。「先生、旦那、私と結婚してから私の栄養士が作った献立で食事をしていました。どうして、こうなったんでしょう?」美波は不思議な壁を越えられずにその場にいた。「たぶん、お昼や奥様の居ない時にラーメン、トンカツ、コーラなどをコソコソ食べたり飲んだりしていたのでしょう?それと結婚するまでに蓄積されたものと言ってもいいでしょう?たぶん、そちらの方かと思いますよ。」衣川は美波の目を見てニコリ微笑んだ。母、早苗は心当たりがあるので何も言えず下を向いていたが「美波さん。ごめんなさい。美波さんが不在の時、どうしてもトンカツが食べたいと言うから時々つくっていました。すいません。」早苗は顔を赤くして美波を見て頭を下げた。「お母さんも甘いですから。もう、しないでください。」美波は早苗の目を見て微笑んだ。「これですべての謎は解決ですね。あれ!あなた、遠藤龍二さんって言うんだ!セブンカラーズの遠藤龍二で良いんですか?今、カルテ見て気が付きました。私、あなたたちの作るバラードが好きで良くノバホールへ行きました。CDも買いました。すいません。気がつかなくて!私、ファンでした。私も茗渓高校出身であなたの2つ下になります。当時は人気ありました。ありました。」衣川は笑顔で昔の友達に会ったかのようにはしゃいで龍二の両手をとった。「あなた?手に麻痺はなかったの?」衣川は落ち着いて、龍二の目を見て聞いた。「ちょっと左手が駄目でこれで完全に楽器は諦められるから良いかと。つい先週、ノバホールで解散コンサート開いたんですよ。還暦のジジイババアのバンドのね!寂しくなりましたよ。でも作詞作曲は出来ますから続けますけど後はリハビリの様子をみてギターとサックスは無理かな?ピアノは弾けますから。勢力的にやって行こうと思います。」龍二は衣川の目を見つめた。「頑張って頂戴ね。そこがリハビリルームだから時々この前歩くと思うからあなたの事、見ているわ。退院する時一曲生で聴かせてください。これで終わり!」衣川と龍二はアイコンタクトで別れた。「有り難う御座いました。」龍二は衣川の目を見て頭を下げた。「お大事に頑張ってください。」衣川は龍二の目を見てニコリ微笑んだ。「遠藤さん。ICUには帰りません。個室が用意されております。そちらにご案内いたします。」井上はそう言って車椅子を押してエレベーターホールに来た。エレベーターに乗り込むと4階のボタンを押した。4階に着くと井上はエレベーターの開くボタンを押して龍二と車椅子を先にだした。401号室の中に入るとベッドと洗面所、冷蔵庫、トイレがついていた。美波が「身の回りの物持ってくる。」皆の顔をみて、部屋を出ようとすると「龍二の無事な姿、見れたからわしらも帰るから一緒に行こう。」純一郎が美波の顔を見た。「井上さん。すぐに戻ります。よろしくお願い致します。」美波が言うと三人で部屋を出て行った。「あなた、すぐにもどりますわ!」美波は龍二の顔を見てニコリ微笑んだ。玄関でタクシーに乗り込み家に帰った。1時間くらいで美波が戻ってきた。「あなた、歯ブラシ、タオル、パンツ、スニーカー、ジャージ、サンダル持ってきたわよ。お金はないわ!欲しいものあったら私に言って、買ってくるから!」美波は龍二の顔を見て微笑んだ。「有り難う。お水買うお金くらい、置いてけよ。200円か300円でいいからさあ?」龍二は美波の顔を見てちょっと憂うつな表情をした。「わかった。500円置いておく。」美波は財布に500円を入れて引き出しに閉まった。「有り難う。でも買いに行けないか?」龍二が言うと「失礼します。理学療法士の五味です。明日、9時からやります。まだ、歩けないですか?それと、私は作業療法士の広瀬です。明日、10時から手のリハビリをします。よろしくお願い致します。」五味と広瀬が挨拶に来た。「ベッドサイドまで迎えに来ます。」二人は龍二の顔を見て笑顔で挨拶すると部屋を出て行った。二人の後ろ姿に「よろしくお願い致します。」美波と龍二が声をかけた。「遠藤さん。夕飯になります。今、持ってまいります。」井上が声をかけてくれた。持って来てけれた食事を見て龍二は愕然とし、笑うしかなかった。おかゆにハンバーグ、味噌汁、野菜サラダにカットフルーツ少々。美波も流石に吹き出して笑った。「これが病院の考える食事なのね。私も流石に無理だわ!かわいそうな龍二さん。食事には期待しないように?」美波は笑顔で龍二の顔を見て笑いが止まらなかった。「美波ちゃん。悪いけどミネラルウォーター2〜3本買って来てくれないかな?水で腹膨らますしかなかっぺ!いやどーも!」龍二は少し腹立たしく茨城弁丸出しで美波に頼んだ。「わかった。行ってくっから!待ってて。」美波も龍二の顔を見て笑いながら言って部屋を出て行った。龍二は食事に手をつけたが味気がなかった。甘くもなく塩っぱくもない。不味い!ハンバーグとカットフルーツだけしか食べなかった。おかゆ少々。野菜はもとから食べない。美波が帰って来て「ただいま、ご飯食べないの残っているわ!美味しくなかったか?」美波は冷蔵庫にミネラルウォーターを5本入れながら聞いた。「うん。不味い。後どれくらい食べるのかな?いつまで入院って言っていた?」龍二が美波に聞いた。「うん。聞いてないわ。たぶんリハビリ次第だと思う。たぶんこれから言語聴覚療法が加わると思うから早くても半年はかかるかもね。観念しなさい。私なんか半年一人で寝るの寂しいわ?」美波は龍二の目を見てニヤリした。「悪いな?遊んであげられなくて。」龍二も美波の目を見てニヤニヤした。夜になるとオシッコがしたくなり、ナースコールを押した。井上さんが来てくれた。「井上さんトイレなんですけどよろしいですか?」龍二は井上に頼んだ。「いいわよ。歩いて行けそうもないか?車椅子乗りなさい。私が連れて行ってあげるから。」井上は龍二をベッドに座らせると車椅子に簡単に乗せた。部屋の中のトイレに入ると龍二は立ち上がり井上の前に立ったと同時にパンツをスッと下ろした。「なんでいきなりパンツを脱がすんですか!恥ずかしいってないよなあ!チンコ見られた。」龍二は、井上の行動に焦りを見せてチンコを両手で隠した。「もう、遅いわ、しっかり見たわよ。可愛いチンコだね。見慣れてるから驚かないわ!でも有名人のチンコ見れてラッキーだね!」井上は悪びれる様子もなく笑った。龍二は初のトイレにビックリした。そんなこんなで病院での夜を過ごした。夜の病院は意外と騒々しかった。なかなか眠れず苦労した。羊を数えた。そうして、明くる日、午後にメンバー全員が見舞いに来た。坂内社長や重盛さん、伊藤さんまで来てくれた。「龍二、命には別状なかったか?不幸中の幸いだね。昨日、美波さんから倒れたと聞いた時は驚いたよ。まったく!あなた、居なくなったら私、困っちゃう。」玲奈はベッドサイドで目をウルウルさせた。「龍二君、後遺症はあるのかね。」坂内社長が龍二の目を見つめた。「軽い麻痺で済みました。今、リハビリ中です。麻痺は残れる可能性は大だそうです。特に左手の親指が駄目です。ギターとサックスは駄目かもしれません。残念ながらピアノはいけると思います。リハビリルームにピアノは有りませんが鍵盤のシートがあります。今朝それでやってみたら指は動きました。これからです。なんとか歩けますしただ、真っすぐ歩く事が困難です。床の線を真っすぐ歩けないのです。左左へ行っちゃって。先生のいう事には左側が見えていないらしいです。左側の柱とかにぶつかります。だから車の運転は出来ないらしいです。先生は首を縦にふりません。横にふればかりです。諦めます。免許返納です。」龍二は落ち込んでいたが「龍二なら奇跡を起こせる。今回も奇跡はおきたでしょう。無事生きていられたんだから!20年前なら死んでたよ。儲けもの人生だよ。これから。」重盛マネージャーが元気ずける言葉をくれた。儲けもの!「でもさあ!好きな物食えないだぜ!つまらんよ。美波に金は貰えないし、ラーメンも食えない。生きがいは作詞作曲と音楽鑑賞、ユーチューブだけだな。」龍二は苦笑いを浮かべた。「原因は何だったの?」美優が聞いて来た。「脂っこいものの取りすぎ、コレステロールがたまって心臓に血栓が出来てその血栓が頭の血管に詰まったのが原因だそうだ。」龍二は美優の顔を見て微笑んだ。「あんた、トンカツ、唐揚げ、コロッケ、とんこつラーメン好きだったものね。」玲奈がクスり笑い龍二の顔を見た。「まあ、元気そうでよかったよ。龍二。俺達そろそろ帰るわ。」翔平が龍二の顔を見て微笑んだ。「龍二、お大事にゆっくり休めよ。また来る。」全員そう言って部屋を出て行くとドアをノックされた。「こんにちは、遠藤さん。言語視覚療法士の坂崎千尋ともうします。明日の午前11時から言語聴覚のリハビリを行います。よろしくお願い致します。ベッドサイドまでお迎いにまいります。」坂崎は龍二の顔を見て微笑んだ。「こちらこそよろしくお願い致します。」龍二は坂崎千尋の可愛い目を見て優しく微笑んだ。そして、翌日から理学療法、作業療法、言語聴覚療法の3本立てでリハビリは半年続いた。ギター、サックスも問題なく弾けた。歩く事も問題なし、言語聴覚も異常はなかった。そして、龍二は歩いて退院した。衣川さんとの約束は果たされなかった。歌を聴かせてあげられなかった。




