第八話 嫉妬と策略
王宮での謁見を終えたあとも、心のざわめきはなかなか収まらなかった。
妹とライネルの顔。
あの場でルークに打ち負かされ、屈辱を噛みしめていた彼らの表情が、脳裏に焼きついて離れない。
(あのまま、終わるはずがない……)
直感がそう告げていた。
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予感は、すぐに現実となる。
王宮から塔に戻って数日後。
街で「魔塔主の妻は不釣り合いだ」という噂が流れ始めたのだ。
“冷酷なる魔塔主に媚びるために選ばれた女”
“妹に王太子を奪われた哀れな姉”
そんな心ない言葉が、人々の口に上る。
私は直接耳にしたわけではなかった。
けれど、塔に仕える使用人たちが不安げな表情をしているのを見れば、察するのは容易だった。
(メリアナとライネルが、流しているに違いない……)
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「気にするな」
ルークは静かに言った。
書物を広げたまま、こちらを見もしないで。だがその声には確かな強さがあった。
「噂など、所詮は噂だ。真実は俺と君の間にある」
「……でも」
胸が詰まる。
たとえ彼が強く否定してくれても、心は弱さを抱えてしまう。
「私は、また……足を引っ張ってしまうのではないかと」
正直に吐き出すと、ルークが本を閉じて顔を上げた。
青い瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「リリアナ。君は俺の傍にいる。それだけで十分だ」
立ち上がった彼が、歩み寄って私の肩を抱き寄せる。
その温かさに、じわりと涙が滲んだ。
「……俺は君を必要としている。誰が何を言おうと、揺るがない」
耳元に低い声が落ちて、心の奥まで響いた。
その瞬間、胸の痛みが甘く溶けていく。
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しかし、外の状況はさらに悪化していった。
ある日、塔の前で騒ぎが起きた。
見知らぬ貴族夫人たちが集まり、「魔塔主の妻に相応しいか品定めしてやろう」と言い立てたのだ。
彼女たちの背後には――明らかに、妹メリアナの影がある。
「リリアナ様、決して出てはなりません!」
使用人が必死に止めたが、胸の奥に怒りが込み上げてきた。
(いつまで、私は陰口に怯えていればいいの?)
震える足を必死に前へと動かそうとしたとき――。
「下がれ」
低い声が空気を裂いた。
ルークが現れ、ただ一睨みで夫人たちを黙らせる。
「塔は俺の領域だ。ここで騒ぎ立てることは許さない」
冷酷な声音に、夫人たちは顔を青ざめさせて逃げ出した。
静けさが戻ったあと、ルークは私の手を取り、唇をそっと重ねた。
「君に恥をかかせるような真似は、二度とさせない」
その誓いが、私を強く包み込む。
――どれほどの嫉妬と策略が渦巻こうとも、私たちの絆は揺らがない。
そう確信できた瞬間だった。