第七話 妹と元婚約者の罠
王宮の謁見の間に足を踏み入れた瞬間、空気が張りつめた。
王妃を中心に高位貴族たちが居並び、無数の視線が私とルークに注がれる。
その中には、冷たい光を宿した妹メリアナの瞳と、どこか勝ち誇った笑みを浮かべる元婚約者ライネルの姿もあった。
――彼らが何を仕掛けてくるか、容易に想像できた。
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「クロフォード伯爵家の次女、リリアナ。
本来ならば、貴女こそ王太子妃の座に選ばれるはずだったのに……」
王妃の声が響く。
その言葉に、周囲のざわめきが一層大きくなる。
「それが、姉よりも優れた妹がいると分かり、我が家はメリアナを選んだ。だが――」
王妃が言葉を区切ると、メリアナが一歩前に出た。
美しく着飾り、王妃の隣に並ぶ姿は、まるで勝者のように見える。
「姉さま。どうしても未練がましく、魔塔主の妻という座にすがったのですか?」
「っ……!」
心臓が鷲づかみにされたように痛む。
「リリアナ」
小さく名前を呼ばれ、振り返ると、隣のルークが静かに私を見ていた。
その瞳には揺らぎもなく、ただ私を守ろうとする決意が宿っている。
「気にするな。戯言だ」
低く、冷徹な声。
彼がそう告げただけで、胸のざわつきが少しだけ和らいだ。
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だが、今度はライネルが口を開いた。
「ルーク殿。貴殿ほどの御方なら、妻に相応しい女性を選ぶ目も確かであって然るべきです。
ですが、リリアナ嬢は……貴殿の立場を危うくする存在では?」
その言葉に、貴族たちの間でざわめきが広がる。
――そう、これこそが彼らの狙いだ。
私を「無能で、家族にすら見限られた女」として晒し、ルークの威光に泥を塗る。
喉が詰まりそうになる。
必死で声を出そうとするが、恐怖が体を縛りつけていた。
そのとき。
「くだらん」
ルークの冷たい声が謁見の間に響いた。
「俺が選んだのはリリアナだ。お前たちがどう思おうと関係ない」
青の瞳がぎらりと光り、空気が一瞬で凍りつく。
「そ、そんな……」
メリアナが目を見開く。
「彼女が俺の妻であることに異論を唱える者は、この場にいるのか?」
挑発するようなその声音に、誰ひとり声を上げられなかった。
王妃ですら、唇を固く結び沈黙する。
静寂の中、ルークは私の手をとり、衆目の前でしっかりと握りしめた。
「リリアナは俺の誇りだ。何者も彼女を貶めることは許さない」
――瞬間、胸の奥が熱くなり、目頭がじんとした。
これほどまでに堂々と、私を肯定してくれる人がいたなんて。
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しかし、妹とライネルがこのまま引き下がるはずはない。
悔しげに唇を噛みしめたメリアナの瞳は、まだ陰険な光を宿していた。
(……これは、まだ始まりにすぎない)
ルークの隣で手を握られながらも、私は直感していた。
妹と元婚約者が仕掛ける罠は、これからさらに苛烈になっていくだろう――と。