第六話 王宮からの召喚
星の下で口づけを交わしたあの夜から、数日が経った。
ルークとの距離はますます近づき、心の奥にあった不安さえ、少しずつ溶けていくように感じていた。
――けれど、平穏は長くは続かなかった。
「奥様、王宮からの使者が」
朝食を終えた直後、塔の使用人が緊張した声で告げに来た。
胸がどくん、と大きく跳ねる。
「王宮から……?」
「はい。正式な召喚状をお持ちです」
召喚状。
それはつまり、拒否することができない命令だ。
応接室に通された王宮の使者は、深々と一礼してから封を差し出した。
そこには、王家の紋章が刻まれている。
「魔塔主ルーク殿、そしてその妻リリアナ殿。
両名は王命により、七日後、王宮に参上されたし」
淡々と読み上げられた文面に、背筋が冷たくなる。
王宮が私を呼ぶ――それはつまり、妹とライネルの背後にある「王妃派」の動きと無関係ではないだろう。
私の顔から血の気が引くのを見て、ルークは封書を奪い取るように手に取り、視線を走らせた。
そして短く鼻で笑う。
「くだらない。政治に利用するつもりだろう」
「る、ルーク様……」
不安で声が震える。
王宮に呼ばれるなど、私のような伯爵令嬢にとっては畏れ多いどころか――危険ですらあった。
妹や両親にとって、私はただの駒。再び侮辱され、辱めを受けるのは目に見えている。
だが、ルークはそんな私の不安を打ち消すように言った。
「安心しろ。俺がいる。何者であろうと、君を傷つけることは許さない」
その断言に、胸の奥が熱くなる。
――この人は、どんな場所でも必ず私を守ってくれる。
そう思うだけで、かすかな震えが落ち着いていくのを感じた。
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召喚の日までの一週間、塔の空気は少し張り詰めていた。
使用人たちも緊張を隠せず、私自身も落ち着かずに過ごした。
そんな私を、ルークは普段以上に気遣ってくれた。
「食が細くなっているな。……無理にでも口に入れろ」
「でも……」
「俺が心配なんだ」
低い声で囁かれるだけで、抗えなくなる。
彼が私を案じていると分かるからこそ、ほんの少しの不安が甘さに変わっていった。
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そして、当日。
王宮の大扉の前に立ったとき、心臓が破れそうなほど高鳴っていた。
幼い頃から遠くに眺めていた、白亜の宮殿。
私が足を踏み入れることなどないと思っていたその場所へ、ルークと並んで歩みを進める。
中へ入ると、華やかな光景が広がっていた。
王族と高位貴族たちが集まり、中央には王妃の姿。
その傍らには――妹メリアナと、ライネルの姿も。
「……!」
胸が強く締め付けられる。
逃げ出したい気持ちを必死で抑えたとき。
「顔を上げろ、リリアナ」
隣でルークが、そっと私の手を握った。
大きく温かな手の感触が、勇気をくれる。
――たとえ過去の影が迫ってこようとも。
私はもう、一人ではない。