第五話 塔の中で育まれる絆
妹との再会から数日が経った。
胸に残るざらつきはまだ消えないが、ルークの言葉と存在が支えとなり、私はなんとか日常を保っていた。
魔塔での生活は相変わらず穏やかだった。
朝はルークが必ず顔を見せてくれるし、昼は図書室や薬草園で時間を過ごす。
夜は、彼と共に食卓を囲むのが当たり前になっていた。
「今日はどうだった?」
夕食の席で、ルークが尋ねる。
彼は決して饒舌ではない。だが、毎晩必ず私に日々のことを尋ねてくれるのだ。
「えっと……今日は薬草園で、新しい花を見つけました。赤い小さな花で、乾燥させると喉にいいそうです」
「ふむ……後で見せてくれ。調合の材料にも使えるかもしれない」
真剣に耳を傾けてくれる姿が嬉しくて、心が温まる。
妹や両親にとって、私の話はいつも「どうでもいいこと」だった。
けれどルークは違う。どんな小さなことでも、私の言葉を尊重してくれる。
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そんな日々の中で、私は少しずつ彼に甘えることを覚えていった。
「ルーク様……本を高いところに置きすぎです」
図書室で棚を見上げながら抗議すると、彼は静かに手を伸ばし、指先ひとつで本を浮かせて私の前に差し出す。
「これでいいか?」
「そ、そういう意味では……」
小さなことでも魔術で解決してしまう彼に、思わず笑ってしまう。
その笑みを見たルークが、わずかに口元を緩めた。
「……君がそうやって笑うのは、いいな」
心臓が跳ねる。
冷徹と恐れられた魔塔主が、私の笑顔ひとつでこんなことを言ってくれるなんて――。
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ある夜。
夕食を終えたあと、ルークが珍しく私を塔の屋上に誘った。
星々が瞬く夜空。
街の灯りも届かず、まるで天上の海に包まれているようだった。
「……わあ」
思わず声を漏らすと、隣でルークが空を仰ぐ。
「この場所は、誰にも邪魔されない。昔から考え事をするときはここに来ていた」
静かな声が、夜風に溶ける。
彼が自分のことを語ってくれるのは珍しかった。
「俺は魔術に人生を捧げてきた。権力も地位も望んだわけではない。ただ必要だったから得ただけだ」
青い瞳が星明かりを映す。
孤高と呼ばれる彼の背中に、ほんの少しの寂しさを感じて胸が痛んだ。
「……ルーク様」
私はそっと彼の袖をつまんだ。
「私は……ここに来て、本当に良かったと思っています」
彼の視線がこちらに向く。
「奪われてばかりだった私に、居場所を与えてくださったのは、ルーク様です」
「……リリアナ」
名前を呼ばれるだけで、胸の奥が甘く熱くなる。
次の瞬間、彼の手が私の髪に触れ、頬を包み込んだ。
「俺のほうこそ……君に来てもらえて、救われているのかもしれない」
静かな声。
その言葉が、胸に深く沁みこんでいった。
そして、夜空の下でそっと口づけを交わした。
星々の光に照らされながら――。
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塔の中で過ごす時間は、確実に私たちの絆を深めていった。
過去の影はまだ追いかけてくる。
けれど、それ以上に強く確かな想いが、少しずつ育まれているのを感じていた。