第四話 過去の影と妹の妬み
魔塔での日々は穏やかだった。
ルークは変わらず忙しく働いていたが、必ず私のもとへ顔を出してくれる。
私は塔の使用人や魔術師たちと交流しながら、少しずつ居場所を見つけ始めていた。
――けれど、幸せな時間を過ごしていても、過去が消えるわけではない。
ある日、王都から塔に届けられた招待状を見て、胸がざわめいた。
そこには私の実家、クロフォード伯爵家の紋章。
「……実家から、ですか」
思わず声が震えた。
使用人が気遣わしげに視線を向けてくる。
封を開けると、妹メリアナの筆跡が目に飛び込んできた。
『姉様へ。婚約解消の一件以来、ご無沙汰しております。
このたび、わたくしとライネル様の婚約披露を兼ねた茶会を開くこととなりました。
どうか姉様もお越しくださいませ。
魔塔主様とご一緒に来てくだされば、この上ない喜びですわ。』
――心臓を鷲掴みにされたような感覚。
わざわざ私を招待するのは、嘲笑うために決まっている。
手が震え、招待状を落としそうになったとき。
「どうした?」
背後から低い声が響いた。
振り返れば、いつの間にかルークが立っていた。
「……妹から、茶会に招待されました。婚約披露を兼ねた場に、です」
絞り出すように告げると、ルークは無表情のまま文面に目を通した。
その瞳に、冷たい光が走る。
「なるほど。要するに、君を傷つけたいのだろう」
私の心を見透かすように淡々と告げ、文を机に置く。
「行くのですか?」
震える声で尋ねる。
ルークは迷わず答えた。
「行こう。君が恐れるものを、このまま放置するつもりはない」
その即答に、胸が熱くなると同時に、不安が込み上げた。
――また、妹にすべてを奪われてしまうのではないか。
⸻
茶会の日。
伯爵家の庭園に足を踏み入れた瞬間、懐かしいはずの景色が胸を締めつけた。
幼いころ、妹と走り回った庭。
けれど私はいつも「お姉様だから」と譲らされ、褒められるのは妹ばかりだった。
その庭の中央で、メリアナは人々に囲まれて笑っていた。
隣にはライネル。
彼は私の婚約者だった人――。
息が詰まりそうになる。
「リリアナお姉様!」
メリアナがこちらを見つけ、笑顔で駆け寄ってくる。
可憐な白のドレスを纏い、誰もが「天使」と讃える姿。
その笑みに隠された嘲りを、私は見逃さなかった。
「お越しくださったのですね。まあ、魔塔主様まで……! お姉様ったら、随分と大胆な方」
周囲から小さな笑いが漏れる。
――やはり、私を見世物にするつもりだ。
メリアナは続ける。
「ライネル様も、きっとお喜びですわ。ねえ?」
呼びかけられたライネルがこちらを向く。
一瞬だけ動揺が見えたが、すぐに取り繕った笑みを浮かべた。
「……久しぶりだな、リリアナ嬢」
その声音に、十年の思い出が胸を刺す。
だが、隣に立つルークの存在が支えとなり、私は崩れずにいられた。
「ええ、久しぶりです。お幸せそうで、なによりですわ」
震える声を必死に抑え、微笑みを返す。
すると、メリアナの目がわずかに歪んだ。
「まあ……ずいぶん強がりをおっしゃるのですね、お姉様」
甘い声の裏に、鋭い棘。
「いつものことだ」と言わんばかりの嘲笑。
その瞬間――。
「強がりではない」
ルークが低い声で割って入った。
青の瞳がメリアナを真っすぐ射抜く。
「リリアナは俺の妻だ。彼女を嘲ることは、俺を嘲ることと同じだと心得よ」
空気が凍りついた。
ざわめきが広がり、メリアナの顔が青ざめる。
「……っ」
妹は口を閉ざし、ライネルも言葉を失っていた。
その場を完全に掌握したルークの隣で、私は初めて「守られている」と実感した。
これまで奪われ続けた人生の中で、こんなふうに誰かが私を庇ってくれることなど一度もなかったのだから。
けれど――。
妹の瞳に燃え上がる憎悪の色を、私は見逃さなかった。
その妬みの炎が、これからの波乱を呼ぶことを、まだ知らずに。