表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/14

プロローグ 奪われ続けた人生

 私の名はリリアナ=クロフォード。

 クロフォード伯爵家の長女として生まれ、幼い頃から「家のために」生きるよう教育されてきた。


 父はいつも私に言った。

「お前は長女なのだから、家のために完璧であれ」


 だから私は努力した。

 礼儀作法も、舞踏も、刺繍も、楽器も。

 望まれるがままに習得し、誉められるより先に「まだ足りない」と叱責される日々。


 けれど、その努力をねぎらってくれる人はほとんどいなかった。


 私がどれほど淑女らしく振る舞っても、妹のメリアナが泣けば、皆がそちらへ駆け寄った。

 私が舞踏会で上手に踊っても、「可憐なお姫様みたい」と言われるのはメリアナの方だった。

 両親も使用人も親族も――皆が妹を甘やかした。


 私は、いつも「お姉様だから」で片づけられた。

 譲らなければならなかった。

 奪われるばかりの人生。


 けれど、それでも耐えられたのは、心の支えがあったからだ。


 幼い頃から共に過ごしてきた婚約者――ライネル=ハワード。

 王都でも有数の名門、公爵家の嫡男。

 幼少期に縁組が決まり、私たちは互いに未来を約束された。


 彼の隣に立つためならば。

 いつか本当に愛される日が来るのならば。


 そう信じて、私は淑女であり続けた。

 妹に羨望されても、両親に冷遇されても、ただひたすらに「伯爵家の娘として恥じぬ妻」になろうと努力を重ねた。


 けれど――その努力は、十年の想いは、あまりにも唐突に打ち砕かれた。


 ある日の午後。

 王宮の広間に呼び出された私は、婚約者ライネルと、そして妹のメリアナの姿を目にした。


「リリアナ。君との婚約は解消させてもらう」


 冷ややかな声で言い放つライネルの隣で、メリアナが勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「……理由を、伺ってもよろしいでしょうか」


 かろうじて声を保ちながら尋ねる。

 足は震えていたが、惨めな姿だけは晒すまいと必死だった。


「君は冷たすぎる。僕が求めているのは、もっと可憐で素直な女性なんだ。そう――メリアナのように」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に鋭い刃が突き立てられるのを感じた。


 十年。

 ただひたすら、彼のために淑女として生きてきた十年。

 それが「冷たい」の一言で片づけられるのか。


「姉様には感謝していますのよ?」

 メリアナが私の前に進み出て、わざとらしい笑みを浮かべる。

「姉様が努力している間に、私がライネル様の心をいただいてしまったんですもの。愛は努力では得られない、そういうことですわ」


 周囲の視線が一斉に私へと注がれる。

 あざ笑う者、憐れむ者、面白がる者。


 喉の奥が熱くなり、言葉が出そうになる。

 ――でも、泣いてはいけない。

 この場で取り乱せば、彼らの思う壺。


 私は深く息を吸い込み、微笑んだ。


「……では、婚約は解消ということでよろしいのですね」


「ああ。君には別の道を歩んでもらう」

 ライネルはあっさりと答える。

 その表情に、一片の未練すらなかった。


 ――別の道。


 それならば。

 私は、この奪われ続けた人生をここで終わらせる。

 奪う者たちの思惑通りに傷ついて立ち尽くすのではなく、自ら新しい道を選ぶ。


 私は顔を上げ、視線を移した。


 そこにいたのは、漆黒の礼服に身を包み、静かに成り行きを見守っていた一人の男。


 ――魔塔を統べる孤高の魔術師。

 「冷徹魔術師」と恐れられ、王都の誰もが畏怖する存在。

 魔塔主、ルーク=ヴァレンシュタイン。


 彼の冷たい青の瞳が、私を見返していた。


 気がつけば、口が動いていた。


「……ルーク様。どうか私を、妻にしてくださいませ」


 広間の空気が凍りついた。

 ライネルもメリアナも、周囲の貴族たちも、誰一人として言葉を発せない。


 だが、当の本人は――薄く笑みを浮かべ、静かに口を開いた。


「面白い。君は僕を恐れないのか?」


「恐れております。けれど……あなたに嫁げるのなら、本望です」


 それは、私の精一杯の賭けだった。

 このまま泣き崩れるだけの人生を送るくらいなら、孤高の魔術師の隣に立つ未来を選ぶ。


 沈黙の後、ルークは小さく笑った。


「いいだろう。今日から君は、俺の妻だ」


 その声には冷たさなど欠片もなく、むしろ甘美な響きを帯びていた。


 ――私はその時まだ知らなかった。

 この冷徹と呼ばれた魔塔主が、誰よりも優しく甘い夫となることを。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ