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3日目

加藤永太郎は、暗く沈んだ現実の中で、せめてもの救いを求めるように、過去の記憶に意識を沈めていた。


高校時代――


バドミントン部の練習に汗を流し、仲間たちと声を上げて笑った日々が、ふいに胸によみがえる。

くだらない冗談に腹を抱えて笑い、汗に濡れたユニフォームのまま、夕焼け色に染まった体育館の片隅で過ごした放課後。

誰かがふざけてシャトルを天井に打ち上げ、それを見て全員が転げるように笑っていた。


週末には皆でボウリングに出かけ、ガーターばかりのスコアに大笑いして、

そのままカラオケに流れ込み、声がかれるまでマイクを手放さなかった。

あの空間には、若さと自由、そして疑うことすらしなかった未来への希望があった。


だが今、その全ては過去という名の幻。

永太郎は自殺防止医院の白く、薄暗い病棟の中で仕切りに囲まれ、衣類すら許されずに床に縛りつけられている。

その異様に無機質な空間の中で、彼はあのカラフルな記憶の断片を頼りに、わずかな心の均衡を保っていた。


その時だった──


ピコーン!ピコーン!ピコーン!ピコーン!


無機質な警告音が病棟に響き渡り、遠くから職員たちの足音がこちらに近づいてくる。

永太郎は反射的に身をすくめた。自分がまた何か咎められるのではないか、そう思うだけで、鼓動が早くなる。


しかし、足音は彼の前を通り過ぎた。やがて、左隣の仕切りから声が漏れる。


「石田さん、舌をかみ切ろうとしないでください」


冷たく、乾いた声だった。


舌をかみ切る──永太郎の頭に、そんな考えが浮かんだのは初めてだった。

しかし、この地獄のような「治療」から逃れるには、それも選択肢の一つなのだと、息をのむ。

どうして自分は、ここまで追い詰められてもなお何も思いつけなかったのか。

その機転のなさに、再び劣等感が押し寄せてくる。


「そんなことをしても無駄です。あなたはもう死んでいるんですから。これ以上、死ぬことはできませんよ」


しかし、職員の冷ややかな声が、芽生えかけた選択肢を容赦なく打ち砕いた。

結果的に言えば、永太郎がそれを思いつかなかったのは”正解”だった。


「そ、そんな・・・」


仕切り越しに響く男の声は、混乱と絶望に濁っていた。


「それでも行うなら、舌は引き抜きます」


「えっ・・・!?」


その瞬間──


ブチン!


何かが断ち切られる、生々しく暴力的な音が響いた。


「あぅ・・・あ・・・」


その声は言葉にもならず、かすれた呻きに変わったかと思えば、やがて完全な沈黙に落ちた。

男は、舌を──奪われたのだ。

抗うことすら許されず、叫ぶ術も失った彼に残されたのは、ただ苦痛と沈黙だけ。

男には、まさしく地獄にふさわしい罰が下された。


職員の一人が無言でトレイを手にして去っていく。その後ろ姿を、永太郎は呆然と見つめる。


「視線を凝らさないでください」


不意に、氷のように冷たい声が永太郎の耳元に突き刺さった。


「す、すみません・・・」


職員たちは、他の患者に対応している最中でも、永太郎の心を削ることを決して忘れない。


舌を引き抜いた職員たちがその場から去っていくと、入れ替わるようにして、別の職員たちの足音が近づいてくる。


「説教」の時間だった。

通常なら、自殺がいかに愚かで、いかに罪深いかを、

ねちねちと責め立てるような道徳講話が始まるのだが、今回は様子が違った。


若い職員が一枚の紙を無造作に永太郎の前に突き出す。紙はやや黄ばんでおり、手垢のような薄汚れが縁を染めていた。

その文字列を見た瞬間、永太郎の心臓がひときわ強く打った。


それは、自分自身がこの自殺防止医院に収容される前──死の直前に綴った遺書だった。


《精神的な底は不登校だった中学生時代で、現在はそれを脱しておりますが、》

《今後の人生について考えた結果、自死という選択を取らせていただきます。》

《これまで出会った人に対して「ありがとう」という言葉を残します。》

《加藤永太郎》


「これを、私たちの前で朗読してください」


中年職員が、無機質な声で命じた。その声に同情も怒りも、何もこもっていなかった。

これは「治療」と称した、羞恥という名の拷問の一部だった。


永太郎は、その遺書を書いた時のことを思い出していた。


《これまで出会った人に対して「ありがとう」という言葉を残します。》


ペンを握りながら、最後の3行目を書き綴ったとき、彼の脳裏には高校時代の仲間たちの顔が浮かんでいた。


あの時、一緒に笑い合った友人たちは、今どうしているのだろう。

もう、自分のことなんか忘れてしまっただろうか。

自分にとって彼らは、人生で唯一無二の存在だった。

けれど、彼らにとっての自分は、ただの「同じ部活の一員」にすぎなかったのかもしれない。


どうすれば、自分は誰かにとって「かけがえのない存在」になれたのだろう?

どうすれば、孤独に凍えずに済んだのだろう?


自分には、人との接し方がわからなかった。いつも、間違えて、後悔することばかりだった。

だからこそ──

だからこそ、人と自然に関われる人間に、なりたかった。


「・・・精神的な底は・・・」


永太郎は、唇をかすかに震わせながら、ぽつりと言葉をこぼした。

声は乾いていて、喉の奥に何かが詰まっているようだった。


その瞬間、彼の胸に宿っていた決意は、より静かに、しかし確かに燃え上がった。

この屈辱の「治療」を、必ず乗り越えて別の人間に生まれ変わってみせる。

どんな人間に生まれ変わったとしても、自分よりは、人との関わり方がうまくできるようになるはずだ。


自分を縛りつけていたこの劣等感から、抜け出してみせる──

永太郎は心の奥底で、長年抱き続けてきた願いを強く握りしめていた。



「加藤永太郎さんの遺書、随分と”簡潔”ですね・・・」


転生待機室・第40号室で浦野先生はモニターを見つめながら、ホッカルに対してぽつりと呟いた。


昨日と同じく、彼女はリハビリテーション室でのリハビリを終えた後、

ホッカルの在室リハビリに同席し、終了後もそのまま彼の部屋に留まっていた。

彼らを担当していたお嬢様は、仕事で外出の予定が入っており、

今日はここ日本第87自殺防止医院には戻らないとのことだった。


結果として、部屋の中にはベッドに寝たきりのホッカルと、壁際の椅子に腰かけた浦野先生──二人きり。


ホッカルは無言のまま、ベッド脇のスタンドに固定された小型モニターを眺めていた。

画面には永太郎が遺書を読み上げる姿と、そのカルテ情報が表示されている。


「・・・長々と恨み節を書き連ねるほどの余裕も、もう残っていなかったのだろう」


低く、落ち着いた声が病室に響く。


「それに、永太郎の性格的に、そういうのは全部、飲み込んでしまうタイプだ。

腹を立てるよりも、黙って耐えてしまうきらいがある。

だからこそ、高慢で支配欲の強い人間に、うまく利用されてしまうんだ」


ホッカルはモニターから視線を外さずに続ける。


「もし奴が、『訳の分からねえこと抜かすクソ上司は地獄に落ちろ!』だなんてくらいの

抵抗の言葉をぶつけられる人間だったら──

もっと違う人生もあっただろう・・・」


「永太郎さんの職場環境は、まあ、”お察し”ですね・・・

彼自身はまだ若手ということもあり、目立って怒鳴られることはなかったようですけど、

それでも言葉の端々には、冷たいものが含まれていたようです」


浦野先生もまた、壁にかかる大型モニターを見つめながら静かに言った。

カルテには永太郎が上司から受けた言葉の記録も記されている。


「特にこの『”コンプライアンス”は”法律じゃない”から』という言葉が酷いですね」


「今時、そういう意味不明なことを平然と抜かす奴がまだ残っているのかと、呆れてしまうな・・・」


ホッカルの声には、かすかな軽蔑がにじんでいた。


「まあ・・・短く済んだぶんだけ、奴にとっても屈辱は少なかったかもしれん。

これは遺書に限ることではないが、勢い任せで書いた文章というは、

あとになって読み返して、自分自身が恥ずかしくなることもあるからな。

そんな患者を、俺は山ほど見てきた。

俺は死ぬときに何も書かなかったが、その選択を自分で褒めてやりたいところだぜ」


浦野先生はその言葉に少し笑って、頷いた。


「私のときも・・・一行だけでした。というより、書けなかったんですけど」


彼女の声には、過去を噛みしめるような静けさがあった。


「確か、あんたはもう、その頃にはほとんど”見えていなかった”んだよな・・・」


「はい」


視線を落としながら、浦野先生はゆっくりと記憶の底を辿る。


週刊少年ジャンプでの連載──それは、夢だった。

その夢に手をかけるため、彼女は同誌連載作家のもとでアシスタントを務め、

夜を徹して原稿を描き続ける日々を過ごした。

締切の波に溺れそうになりながらも、無茶ぶりがすぎる指示にも食らいついて、

それでも――描くことは、ただ、嬉しかった。


疲労に滲む視界の先にある原稿用紙、ペンの音、消しゴムのカスすら愛おしく感じた。

それは、自分が生きている実感そのものだった。


けれど──あの日、全ては音を立てて崩れた。


勤務先からの帰り、夜道を歩いていた彼女に、突然車が突っ込んできた。

ひき逃げだった。衝撃のあと、深い闇が訪れた。


目が覚めた時には、すでに左目の視神経は損傷し、失明。

右目も大幅に視力を失っていた。


治療を重ね、手術にも希望をかけた。

だが、現実はあまりに冷たかった。

光は少しずつ、確実に、彼女の世界から消えていった。


やがて筆を置き、夢を手放した彼女は――

最後に、震える手で、紙にひとことだけを記した。


《えがかけないのはつらいです。》


その文字は、滲んで、かすれていた。


浦野先生は、ふと微笑むように口元を動かした。


「・・・今でも、夢を見るんです。

まぶしくて白い原稿用紙と、描きかけの人物の輪郭・・・そして突然、目の前が、真っ暗になる夢」


ホッカルはしばし沈黙していた。

ベッドに横たわったまま、彼はただ、静かにその声を聞いていた。

部屋の中はしんと静まり返り、

モニターの向こうで永太郎に説教する職員の声だけが、機械的に、しかし確かに響き続けていた。


「浦野先生・・・あなたは絵を愛し、絵に生きようとした人間だ」


重々しく開いたホッカルの声は、どこか哀惜を含みながら、空気を震わせた。


「人生すべてを捧げたものを、理不尽に奪われて──

それでも、なお生きろだなんて。そんなのは酷だ。残酷すぎる。

俺は、あんたが自ら命を絶ったという選択を、決して否定しない。むしろ・・・正しかったと思っている」


浦野先生は言葉を失ったまま、彼を見つめる。

その眼差しの奥に、微かに揺れる感情の波が浮かんでいた。


「・・・ホッカルさん・・・」


「そうだ、”自殺”は間違った行為なんかじゃない。時にそれは、極めて理性的で、潔い選択なんだ。

その事実は俺が保証する。日本第87自殺防止医院・名誉顧問、佐々木耕三としてな」


ホッカルの語り口が、徐々に熱を帯びてゆく。


「永太郎に関しても、賢明だったと俺は思う。

奴は自分が社会に適応できない”無能”であると、はっきりと自覚していた。

だからこそ、若手としてまだ扱いが甘いうちに――

”普通の社会人”としての顔のままで、この世界に別れを告げた」


言葉は淡々としているが、その裏には激しい情念が渦巻いている。


「もしあのまま働き続けていれば、いずれ罵倒され、嘲られ、職場で人間扱いされない日々が待っていたはずだ。

それゆえに、”見切る”という行為は、人類にとって必要な知恵だと言えよう。

トレジャーハンターが宝の埋まっていない地面を、いつまでも掘り続けるのは無意味だろう。それと同じだ」


ホッカルの瞳は天井を見据えたまま、なおも語り続ける。


「俺自身、かつては”不老不死”になりたかった。だが、現実はそれを許さなかった。

ならば、老いて醜く朽ち果てる前に、自ら終わりを選ぶことが、自然な帰結というものだろう」


その言葉には、確信が滲んでいた。


「自殺とは、本来、すべての人間に与えられるべき”選択肢”だ。

この世界における”生”とは、まるで地雷原でタップダンスを踊らされているも同然だからな。

浦野先生・・・あんたは、ただ、その地雷を踏んでしまった。それだけのことだ。

そんな、あまりにも不安定で危険な世界に晒されながら、どうやって心の平穏を保てというのか。

だからこそ、『いざとなれば終われる』という選択肢は、人間が正気を保つための、最後の砦になる」


彼の言葉はまるで演説のように、空間を満たしていく。


「その考えを”軟弱”と蔑む者がいるのならば、

そいつは、たまたま地雷を踏まずに済んだだけの想像力に乏しい幸運な人間か、

あるいは、地雷を踏んで心を壊してしまった不運な人間にすぎない」


ホッカルの声は、転生待機室を超えて、廊下へ、病棟の隅々へと届いていく。


「自殺防止医院」という名の組織で、「名誉顧問」という役職を与えらえれている男が、

今、堂々と”自殺の正当性”を語っている。


──そのことを、静かに、しかし確実に苛立ちと共に受け止めている人物がいた。


自殺防止医院の院長・エサキは、医局のパソコンに向かって職務を続けながら、耳に届くホッカルの声に歯ぎしりしていた。


──また始まった・・・あの衒学男の”自殺賛歌”。


本来であれば、即座にその口を塞いでやりたかった。

しかし、ホッカルこと医学博士・佐々木耕三はこの冥界において”絶大な影響力”を持つ存在だ。

彼の言葉を咎めることなど、たとえ院長という立場にあってもできなかった。

手元のキーボードを強く叩きながら、ただ唇を噛みしめることしかできない。


転生待機室では、ホッカルが最後の言葉を口にした。


「だからこそ、”正しい”はずであるあんたに対して行われた数々の非道・・・

それがこの世界を支配する特権階級の都合によるものであったことを、心から詫びる。

俺もその階層に属する者として、許されざる行為だったと認める。

本当に──申し訳なかった」


寝たきりのホッカルは頭を下げることもできない。

だがその声は、真摯に、誠実に、心の奥底から絞り出されていた。


「・・・そんなふうに言わないでください」


浦野先生は、すぐに首を横に振った。

その目に宿るのは、悲しみでも怒りでもなく、穏やかな感謝の色だった。


「私は・・・ホッカルさんと出会えて、感謝しているんです。

あなたに救われたと思っているから」


彼女の言葉は、まるで揺るぎない灯のように、ホッカルの胸に静かに灯る。


そしてその部屋には、沈黙が訪れた。

けれどそれは、何も言えない無力の沈黙ではなかった。

互いに尊重し、赦し合う者だけが分かち合える、穏やかな静寂だった。


――ピンポン。


静寂を破るように、来客を知らせるチャイムの音が病室に響いた。

その音とともに、一人の男が片手に椅子をぶら下げて、ホッカルの部屋へと足を踏み入れてくる。


「いやあ、今日もホッカルはいいこと言ってるな。まさに”教養の賜物”ってやつだ」


ホッカルに対する称賛の言葉と共に現れたのは、津楽頼宗。

昨日、浦野先生に「漫画家としての話を詳しく聞かせてほしい」と頼み込んでいた江戸時代の武士だ。

初対面時の警備員服とは打って変わって、今日は自分たちと同じ病衣を着ている。


「おう、津楽。来たか」


ホッカルがやや口をほころばせて名を呼ぶと、浦野先生も軽く緊張を滲ませながら声をかけた。


「こんにちは、津楽さん・・・」


「こんにちは!今日はよろしく頼みます!」


津楽は笑顔でぴしりと頭を下げ、そのまま自分で持ち込んだ椅子を床に置いて腰を下ろした。

その動作には、まるで子供が新しい絵本を読み聞かせてもらう前のような、期待に満ちた躍動があった。


「まず、何から話せばいいでしょうか・・・」


浦野先生は自分の椅子を津楽の方へ向け直し、少し戸惑いながらも姿勢を正す。


「やっぱり最初は、浦野さんがどんな漫画を描いてたか、そこを知りたいっすね」


津楽の目は真っすぐで、興味と尊敬が混ざっていた。


「・・・どんな漫画、ですか。う~ん・・・」


言葉に詰まりかけた浦野先生に、ホッカルがすかさず助け舟を出す。


「今までの作品リストについて話してくれればいいんじゃないか?

浦野先生は合計3本の読み切りを商業誌で発表している。それぞれ簡潔に、背景やあらすじを話してくれるといい」


「・・・なるほど。分かりました」


浦野先生は小さく息を吸い込み、心を整える。

語るべき過去は、もう戻らない日々だ。それでも、語ることで何かが癒される気がした。


「じゃあ、まずはデビュー作の『人類は突然進化しました』からですね。

これは大学在籍中に描いた作品で、手塚賞に応募したところ”準入選”をいただきました。

画力を評価していただいて、当時はすごくうれしかったです」


「うおーっ!いきなりすごいっすね!

手塚賞準入選って、あの尾田栄一郎と同じじゃないですか!」


津楽は子供のように声を弾ませ、思わず前のめりになる。


「尾田先生と同じなんて、そんな・・・畏れ多いです。

正直あの賞は、自分でも”できすぎ”だったと思っています。

なんというか・・・実力以上に評価されてしまったようで。

それからはしばらく、プレッシャーで・・・怖くなって描けなくなってしまいました」


言葉の最後に、浦野先生は目を伏せた。

その姿に、ホッカルが穏やかな口調で声を重ねる。


「創作というのは、過去の自分との闘いだからな。

クリエイターとは、常に”最新作”が”最高傑作”でなければならないという使命感に、押し潰されそうになる。

俺にも、そうやって苦しみ続けていた時期があった」


創作に励んでいた過去を持つホッカルは、その経験から浦野先生に対して理解を示す。


「そんな一丁前のこと言ってるけど、ホッカルの作品って、完成してるやつあったか?

最高傑作とか言う前に、まず途中で投げ出すのをやめろよ」


津楽が笑い混じりに突っ込みを入れる。

どうやら彼もホッカルの作品を見たことがあるようだ。


「・・・それは今、関係ない話だろうが・・・」


バツが悪そうに視線を逸らしながら、ホッカルは話題を戻す。


「それで、浦野先生。その『人類は突然進化しました』ってのは、どんな内容の漫画だったんだ?」


視線を再び浦野先生へ向けながら、彼の声にはほんの少し、興味と敬意がにじんでいた。


「そうだった、聞かせてください」


津楽も身を乗り出すように言った。


「手塚賞準入選ってことは載ったのは週刊少年ジャンプ本誌ですよね?

たまに月刊のジャンプスクエアの方に載ってることもあるから分かんないんですけど。

もし本誌だったら、俺・・・その漫画、読んだことあるかもしれないっす」


浦野先生は、記憶の糸を手繰るように、柔らかく言葉を返した。


「はい、本誌です。

進化とは退化であるというテーマで描いた作品で、

不老不死として生きていた人類が、ある日突然”進化”して、死ぬようになってしまう――そんな話です。

最初の時点で人類は、どんな怪我をしても痛みを感じず、すぐに再生する身体だったので、

主人公なんかは、寝坊した朝に階段を降りるのが面倒で、

ベランダから飛び降りてショートカットする・・・そんな描写が前半は続きます」


津楽の目が大きく見開かれる。


「あ~っ!それ読んだことあるわ!

確か人類に”死”の概念が生まれたせいで、社会中が大パニック。

でも、超天才の主人公が怪我や病気を治す”人類最初の医師”になって、

混乱に立ち向かっていくという結末ですよね!」


「そう、それです!」


浦野先生の表情がぱっと明るくなる。


「いや~結構面白かったっすよ。

映画にありそうな一発ネタだから連載向きではないかなって思ったけど。

でも、女性作者だったのは意外っす。地味にお色気シーンもありましたよね、あれ」


「あ、ありがとうございます。

あのシーンはそのあとに続くラッキースケベを発動された女の子が、

不老不死だった頃のノリで男の子をぶん殴っちゃって、うっかり人殺しになりかけるところを、

医者になった主人公が救うっていう展開が重要なのであって・・・

お色気は・・・まあ、さらっと流すつもりだったんですけど・・・

その・・・なんか筆が乗っちゃって・・・気づいたら、けっこうガッツリ描いてて・・・すみません・・・」


「女の子のキャラデザ、可愛くて良かったっすよ」


照れくさそうに言う浦野先生に、津楽は素直に笑った。

生死や時代の違いという概念を超越して自分の作品が人に届いていたという喜びは、胸の奥に熱を灯した。


「津楽は浦野先生の作品を読んだことがあるのか・・・羨ましい」


ホッカルがぽつりとつぶやく。


「逆にホッカルは読んだことがないのか」


「多分ない・・・浦野先生、その作品がジャンプに載ったのはいつだ?」


「私が21歳の時なので、ちょうど10年前。2030年です」


ホッカルは、ぐっと顔を曇らせる。


「・・・なら絶対に読んでいないな。

俺は2022年初頭に自殺して、そこから15年ほど、現世の情報を一切得ることができない環境下にあった」


その言葉と同時に、ホッカルの表情が強張った。

その15年間に、彼が体験した地獄が、彼を今の寝たきり状態にまで追い込んだのだろう。

浦野先生は、その闇を垣間見た気がして、言葉を失った。


「・・・おっと、悪い。変な空気になってしまったな」


空気を変えるように、ホッカルが自ら笑いを作る。


「俺は今の話を聞いて、その作品の主人公が最終的に医学の道を進んでいくという展開を気に入ったぜ。

佐々木耕三は医学博士であるが、医師免許も取得し、実際に勤務医として臨床に携わってきた。

奴が取り組んでいた研究のために、現場の経験が不可欠だったからな。

ゆえに、”医師”という肩書きが出てくるだけで、作品に深い親近感と好感を覚える」


佐々木耕三について語るホッカルの口ぶりは、まるで他人の話をしているようだった

――自分自身のことなのにも関わらず。


「好感ですか!うれしいです!」


浦野先生は思わず立ち上がってホッカルのもとへと歩み寄り、彼の手をぎゅっと握った。


「医者のホッカルさんと出会う前に、漫画で医者を描いていたなんて・・・

私がホッカルさんと出会うのは、運命だったのかもしれません」


その目はまっすぐに、ホッカルの瞳を見つめていた。


「う、浦野先生・・・ちょっと近くないか?」


ホッカルが戸惑いを隠せずにつぶやく。


「あっ、す、すみません!」


浦野先生は慌てて身を引く。


「いや、別に・・・謝られるほどのことではないんだが・・・」


視線をそらすホッカル。

そのやり取りを、津楽は黙って見ていた。


──おいおい、この娘・・・唐突に”運命”なんて口にしやがったぞ・・・

──もしかしてこれって・・・ホッカルに”ゾッコン”ってことかよ・・・!


津楽には、彼女がホッカルに寄せる思いがはっきりと伝わってきた。


「さて――気を取り直して、次は2作目について話してくれないか?」


ホッカルが穏やかに水を向けた。


「わかりました。2作目は『恐喝探偵』です」


浦野先生は背筋を伸ばして話し始めた。


「手塚賞をとった後、私についた担当編集さんの紹介で、あるジャンプ作家の先生のアシスタントに入ったんです。

何年もそこに甘えてダラダラしてしまって・・・

でも、先生に『そろそろ自分の漫画を描け』とお尻を叩かれて、ようやく描いたのがこれでした」


「ほう・・・タイトルからして推理ものか?」


「はい。休日のお昼に、テレビで2時間ドラマを見ていたときに思いついたんです。

マガジンの金田一一や、サンデーの工藤新一に並ぶ、ジャンプの高校生探偵を生み出したいと意気込んで描きました」


「連載できたとしても打ち切り率の高いジャンプの”鬼門”に挑みに行ったのか・・・

だが、アガサ・クリスティやコナン・ドイルといったイギリス文学を好んで読んでいた俺としては、

ジャンプ誌上にミステリがあるのは喜ばしい。

気になるのは、タイトルにある”恐喝”という言葉だ。これは、どういう意味なんだ?」


ホッカルの関心はますます高まった。


「主人公は、人の弱みを握って恐喝する探偵なんです。

2時間ドラマとかで、犯人を脅して逆に殺される”被害者”ってよく出てきますよね?

この漫画の主人公は、まさにそういう被害者たちと同じようなことをするんです。

でも彼は、格闘術に長けてるから、襲いかかってくる犯人を返り討ちにして、無理やり服従させちゃう。

だから作中では”下僕”が何人もいて、彼らを使って権力を握っている――そういう設定でした」


「あっ、それも本誌に載ってましたよね!?読んだことあります!」


津楽は『恐喝探偵』も読んだことがあったようで、彼の声がまたひときわ高くなる。


「『人類は突然進化しました』のときとは雰囲気が全然違ってたから、同じ作者だとは思わなかったですけど・・・

あれって、舞台は資産家一家の殺人事件で、犯人は次男のカミさん、でしたよね?

旦那が財産争いに巻き込まれて、長男夫妻に事故死に見せかけて殺されて、

しかもそのあと、子どもまで狙われてたから――

彼女は復讐と自衛のために義兄を殺して、その罪を義兄のカミさんになすりつけようとした・・・って話」


「その通りです。そこまで覚えていてくださっているとは・・・」


浦野先生は驚きと喜びの入り混じった声を漏らす。


「忘れられるわけないっすよ。あんな強烈でダークな主人公、ジャンプじゃ夜神月以来じゃないですか?

事情を知った主人公が『被害者は死んで当然の人間です』とか言い出して、

犯人の計画に乗っかって、真犯人に繋がる証拠を隠蔽するなんて前代未聞でしたよ。

冤罪を吹っかけるために、あえてトンチキな推理を披露する場面がギャグみたいで笑っちゃいました。

下僕の一人である女子マラソンのメダリスト連れてきて、

『人類がこの距離を30分で往復することは”理論上可能”です』って強引にアリバイ崩すとか、

やってることが主人公とは思えないほど外道すぎますよあれ!」


津楽は興奮が抑えきれず、思わず身振り手振りまで交えて話し続ける。


「しかも、警察も明らかにおかしいと気づいてるのに、主人公に弱み握られてて何も言えない。

あの絶望感、たまらなかったです。俺的にはジャンプの読み切りの中でトップレベルに入りますよ」


浦野先生は顔を赤らめながら、それでも嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます。この作品は、自分でもすごく好きな主人公を生み出せたと思っていて・・・

彼を世に出したくて、連載を本気で狙ってたんです。

実際、読者アンケートの結果も悪くなくて。

読み切りの内容をベースに、ラストで仄めかしていた彼の悲しい過去の詳細とか、真の目的なんかも盛り込んで――

1話から3話のネームを切って、連載会議に提出しました」


「・・・けど、連載してないってことは、落ちたんすね」


「ええ・・・結局、通りませんでした」


津楽が静かに言うと、浦野先生は小さくうなずいた。


「まあ、そうだろうな・・・

俺もそのあらすじを聞く限りでは面白いとは思ったが、内容が少年誌の枠から逸脱しすぎている。

主人公のキャラクター性も、行動も、倫理のラインを大きく越えている。

これでは連載作品にはできない、と判断されたのだろう。ジャンプ編集部はそういうのには厳しい」


ホッカルが冷静に分析を加える。


「まさに・・・ホッカルさんと同じことを、担当さんからも言われましたよ」


浦野先生は、苦笑いとともに言葉をつなぐ。


「『週刊少年ジャンプへの連載であることを意識しろ』って。

でも・・・正直なところ、私はそれが問題になるとは思ってなかったんです。

だって、『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』も、描写は決して穏やかじゃないでしょう?」


「・・・確かにな」


ホッカルがうなずいたあと、静かに口を開く。


「たが、『鬼滅』も『呪術』も、連載に至るまでには大きく”矯正”されている。

『鬼滅』のプロトタイプである『鬼殺の流』では主人公が炭治郎ではなく、手足を欠損した盲目の男だった。

『呪術』のプロトタイプである『呪術匝戦』のほうは、最初から死滅回游が始まるデスゲーム作品だった。

どちらもそのままでは連載会議を通らず、

編集とのブラッシュアップを経て、ようやく現在の形に仕上がったんだ。

その基準を考えると、浦野先生の『恐喝探偵』はやはり厳しい・・・」


「・・・う~ん。やっぱり、そうですか」


浦野先生は小さくうなだれた。心のどこかではわかっていたのだ。それでも――


「でも私は・・・どうしても、あの設定を曲げたくなかったんです。

『連載したければ主人公を変えるべきだ』という担当さんの提案を、どうしても受け入れられなかった。

だから結局、また一から別の作品を描いて、その作品で連載を目指すということになりました。

いつか――もし私の漫画ががヒットして、多少の無理も通せる”大物作家”になれたら・・・

そのときこそ、『恐喝探偵』を連載したいって、そう思ってました。

結局、それは叶いませんでしたが」


「・・・残念っすね」


津楽はその言葉をゆっくりと噛みしめるように言った。


「俺も、あの探偵のその後を、心の底から見たかったですよ」


「全ては、私の”実力不足”です・・・すみません。

でも、津楽さんがあの主人公を好きになってくれたのは、本当にうれしいです」


静かに語る浦野先生の顔に、穏やかな笑みが浮かぶ。

そこには、敗北感でも後悔でもなく、作品への変わらぬ愛があった。


「それにしても・・・ホッカルさんは、ジャンプ漫画の裏話にもずいぶん詳しいんですね」


浦野先生が感心したように言うと、ホッカルは淡々と答えた。


「当然だ。漫画に関する知識も、れっきとした”教養”の一つだからな。

それに俺は”週刊少年ジャンプ”を愛している。

ジャンプは、腐っても日本一の漫画雑誌、人類にとって重要である創作の総本山だ。

その誌面から次々と現れた才能たちに、俺は子どもの頃からずっと魅了されてきた。

好きなものを深く知ろうとするのは、ごく自然なことだろう。

俺を尊敬してやまない奴らに『どうすれば、あなたのように”広い知見”を得ることができますか?』とよく聞かれるが、

まずは、好きなものに真っ直ぐ向き合うこと――そこが出発点なんだ」


語るホッカルの口調には、確かな誇りと情熱があった。

それを聞いた津楽が、両手を重ねて口を開いた。


「ホッカルのジャンプ愛はマジでありがたい。

『鬼殺の流』や『呪術匝戦』みたいな、現世の人間なら”インターネット”で一発で調べられるような話でも・・・

俺たちには、知りようがない。地獄じゃそんな便利なものは使えねえからな」


津楽の声に、どこか切実な響きがあった。


「でもホッカルが、未だに現世の人間と頻繁に会える立場にいるおかげで、

そこで得た貴重な情報をこうして俺たちに教えてくれるってわけだ。

そもそも、ホッカルがいなかったら、俺たちは今ジャンプすら読めてなかったわけで・・・

これはマジで、ホッカル様に足向けて寝られねえな」


冗談めかしていたが、津楽の言葉には、確かな感謝の気持ちがこもっていた。


「お前は、俺たちにとっての”神様”だよ。

お前みたいな権威ある人間が、自殺者になってくれたおかげで――俺たちは救われたんだ。

ここの転生待機室の住人はきっと全員がそう思ってるぜ」


津楽のホッカルへの接し方は友人のように砕けているが、

その胸の内には、浦野先生と同じく”強い忠誠心”が根付いていた。


ホッカルはそれに何も言わず、静かにうなずいてから、ひとつ深く息を吐いた。


「それじゃ、次は3作目。最後の作品だな」


そう言って、ホッカルは変わらぬ調子で浦野先生に続きを促した。


「三作目は・・・『姫棋士』という作品です」


浦野先生はゆっくりと口を開いた。


「これは本誌じゃなく、増刊に載ったものです。

『恐喝探偵』が連載会議で落ちた時は、さすがに堪えて・・・

だから今回は、担当さんの言うことに素直に従ってみようと思って描きました」


「増刊か・・・すみません、ちょっと読めてないっす」


津楽が恐縮しながら尋ねる。


「バトル漫画ですか?」


「いえ・・・『きし』といっても、馬に乗る『騎士』じゃなくて。

将棋を指す『棋士』のほうです。

担当から『初心者から”プロ棋士”を目指す美少女主人公の物語を描け』って言われて・・・それで」


「おお、将棋ですか!それなら語れますよ!ここでも毎日のように遊んでますわ!」


津楽の目が一気に輝いた。


「主人公は居飛車党ですか?振り飛車党ですか?」


「えっと・・・振り飛車党です」


「振り飛車党!いいですねえ!」


津楽は嬉しそうに身を乗り出した。


「俺も振り飛車党ですよ。

大山康晴に升田幸三――あの名棋士たちの、華やかで重厚な棋譜がたまらなく好きなんでね。

俺にとって『藤井』って言ったら、聡太じゃなくて・・・猛です。

今でこそAI研究の影響で『振り飛車は不利』だなんて言われがちだけど、将棋ってのは結局、人間が指すもんでしょう。

感情とか、心理の揺れとか――そういう、AIにはないものが盤上に滲む。

だからこそ、振り飛車が活きる場面もある。実際、今だって振り飛車で勝負してるプロは少なくない。

俺はね、そういう”人間の将棋”が好きなんすよ。

だからこそ、振り飛車を選んだ主人公にシンパシーを感じるんです」


その熱量に浦野先生は困ったように笑った。そして――口を開く。


「・・・すみません。正直、振り飛車を選んだのは”テキトー”です・・・」


「え?」と津楽の目が一瞬見開かれる。


「担当さんに『将棋を始めるとすれば、居飛車より振り飛車のほうが取り組みやすい』って言われて・・・

ちょっと調べてみたら、女流棋士でも強い人が振り飛車使ってたから、『じゃあそれでいいか』って。

そもそも私、将棋の知識なんてほとんどなくて・・・

『飛車は攻めの駒で、振り飛車はそれを先に動かすから攻めの戦法だ』って教えられて、

とりあえず、それくらいの知識だけで、なんとなく描いてたんです・・・」


「あ~・・・それ、逆っすね。振り飛車は、守りの戦法です」


津楽は苦笑しながら、しかしどこか寂しそうに言った。


「え・・・」


浦野先生は言葉を失い、静かに目を伏せた。


「まったく・・・編集という存在には、本当に呆れるな・・・」


ホッカルがため息まじりに呟く。


「将棋は、サッカーや野球に並ぶ――ジャンプにおける”鬼門”と言われるジャンルだが、

その理由の一つが、編集部の浅薄な知識にある。

流行に飛びつき、安易に作家に描かせようとする。

だが中身は丸投げ、題材に関する描写の誤りを正すこともできない。

はっきり言って”無能”の極みだ。

”教養”さえあれば、こんなことにはならないのだがな・・・」


その声は冷静ながら、怒りが微かににじんでいた。


「頻繁に話題になる誤植問題も、まさにその象徴だ。

近年のジャンプ編集部は、本当に嘆かわしいほどにレベルが落ちた・・・

高学歴という肩書きにあぐらをかき、学ぶことをやめた者たちばかり。

そんな連中が、週刊少年ジャンプという雑誌を駄目にしていったんだ・・・」


ホッカルの言葉に、津楽もうなずく。


「まあな・・・、ホッカルが編集者やったほうがいいと思うわ」


浦野先生は、その言葉を聞いても顔を上げなかった。

静かに、ぽつりと漏らす。


「・・・すみません。今思えば、何も知らずに将棋を描いた自分が、本当に恥ずかしい・・・

アンケートも悪かったのは、当然です。

読者の心に響かなかったのは、作品以前に私の姿勢の問題だったんです・・・」


その言葉は、誰かに責められて出たものではなかった。

自らの不勉強と向き合い、深く反省する浦野先生の、正直な声だった。


「まあ、いいじゃないっすか」


津楽が肩をすくめて笑った。


「将棋知らなかったって、これから知ればいいだけの話ですし」


その一言に、浦野先生の表情が少しだけ緩んだ。


「その通りだ」


ホッカルも、すぐに言葉を継いだ。


「誰だって最初は”無知蒙昧”だ。知識が乏しく、物事の道理をよく知らない。

大事なのは、自分の未熟さを認めて、知っている人間に教えを乞う姿勢だ。

俺も、ずっとそうやって知識を積み重ねてきた」


「そうそう」


津楽はにっこりと笑った。


「ここにはホッカルっていう”生き字引”がいるんすよ。

なんでも聞いたらいい。将棋のことなら俺でも教えられますし」


「津楽さん・・・ホッカルさん・・・ありがとうございます・・・」


浦野先生は深々と頭を下げた。


「じゃあ、さっそく教えてください。振り飛車について。

このまま間違った知識のままにしておくのは嫌なので」


「よっしゃ、任せてください!」


津楽は手を叩き、胸を張った。


「さっきも言ったように、振り飛車は守りの将棋です。

飛車を動かしたあとの駒の動きを見ると、それがよく分かります。

王将を囲って、敵に取られないように、周囲を味方の駒でしっかり守っているんです。

飛車を横に動かすのは、実は王将を守るために”邪魔”だからなんですよ」


「邪魔・・・?」


浦野先生がきょとんとする。


「そう。まずは王将の位置から考えましょう。

将棋には『居玉は避けよ』という格言があります。

王将を初期位置に置いたままにしてはいけないってことです。

盤面を縦半分に割って、どちらから攻められるかを想定してみてください。

中央に王がいると、どっちから攻められても危険が近いわけですよ」


「なるほど・・・じゃあ、王将は安全な場所に移すんですね。

逃がすってことは、やっぱり隅っこのほうがいいんでしょうか?

二方向からしか攻められなくなるぶん、防ぎやすそうですし」


「そのとおり!」


津楽は嬉しそうに指を立てる。


「じゃあ、質問です!盤の隅っこ・・・右と左、どっちのほうが安全だと思います?」


「う~ん・・・分かりません・・・」


「相手の飛車と角行が、どこに移動できるかに注目してみてください。

相手から見ると、盤の右側――つまり自分から見て左側に攻める方が、飛車と角行の連携が取りやすいんすよ」


「あっ、左に攻めてくるということは・・・右隅に逃がせばいいんですね!」


「正解!」


津楽はパッと手を叩いた。


「でも、王将を右端に逃がそうとすると、そこには自分の飛車がいますよね?

将棋にはもう一つ覚えてほしい格言があって――『玉飛接近すべからず』。

つまり、自分の王将と飛車は近づけるなってことです」


「へえ・・・なんでですか?」


「飛車って、斜めに動けないから守りにはあんまり向いてないんす。

そんな駒が王将のそばにいたら、いざ攻められたときどうなると思います?

相手からしたら、攻撃の”当たり判定”が増えるようなもんです。

王将を狙った攻撃でも、うっかり飛車に当たればそれを取って自分の駒にできる。

取られた飛車を自陣に打ち込まれたらもう一巻の終わりですよ。

だからこそ、最初に飛車を横に振って、王将のための安全地帯を作る。

これが振り飛車の基本構造ってことなんすよ」


「なるほど・・・!すごく分かりやすいです!」


浦野先生は素直な感動を声に乗せた。

さっきまで曇っていた顔が、今は晴れやかな光を取り戻していた。


「じゃあ・・・『将棋を始めるなら、居飛車より振り飛車のほうが取り組みやすい』って話も

・・・あれも間違ってるんでしょうか?」


浦野先生が恐る恐る問いかけると、津楽は首を横に振ってすぐに答えた。


「いや、それは間違ってないっすよ。むしろその通り」


「そうなんですか?」


「将棋って、実は序盤の駒の動かし方が長年の研究によってある程度決まってるんです」


「”定跡”、ですよね・・・?それは知ってます。前にちょっとだけ調べたことがあって」


「そう、定跡です。振り飛車においてはまず王将を安全に囲うことを考えればいい。

だから、初心者でも最初の目標が分かりやすいんです。

一方で居飛車は、相手の出方次第でガラッと戦法が変わるから・・・覚えることが多くて大変なんすよ」


「居飛車党が直面するのは、横歩取り、相掛かり、角換わり、矢倉といった四大戦法・・・」


ホッカルが話に加わった。


「さらに言えば、相手が振り飛車党の場合は、対抗形の知識も不可欠になる。

それらに加えて、雁木まで出てくるケースもあるから、対応力が問われるな。

純粋な学習量の観点から見れば、居飛車は明らかにハードモードだ。

津楽の好きな大山康晴十五世名人も、もともと居飛車党だったが、多忙を極める中で振り飛車党へと転向している」


ホッカルは将棋にも明るいらしく、津楽の言葉にうなずきながら、自然に会話を続けた。


「そういうわけなので、本業の傍ら将棋に取り組む人間が多いアマチュア棋界でも、

自然と全体としては振り飛車党が多数派になるんだ」


「なるほど・・・」


浦野先生は唸るようにうなずいた。


「でもね、振り飛車も研究してみれば奥が深いっすよ。ただただカウンターを狙うだけじゃないんです」


津楽の表情に熱がこもる。


「たとえば『藤井システム』っていう戦法があるんですけど、これがすごいんすよ。

序盤研究のスペシャリストとして知られている藤井猛が考案したもので、

さっき俺が言った『居玉は避けよ』って格言、あれに逆らって居玉のまま戦うんですよ」


「えっ?王将を逃がさないんですか?」


「そう。これは居飛車穴熊という戦法へ対抗するために生み出されたもので、

相手が穴熊っていう鉄壁の囲いを完成させる前に、

その準備段階でガンガン揺さぶって崩しに行くって発想なんです。

スピード勝負で攻め落とす。格言を逆手に取った名戦法っす」


「藤井猛九段はこの藤井システムによって、竜王を3期獲得する栄冠に輝いた。

竜王、それは将棋界における主要タイトルの一つ。

タイトルとは、全てのプロ棋士が参加する棋戦を勝ち抜いた者に与えられる、栄誉ある称号だ。

タイトルは、たった1期、すなわち一度獲るだけでも、多くの棋士が一生かかっても届かない」


「すごい・・・そんな話もあるんですね」


「だから振り飛車は面白いんですよ」


津楽は拳を握りしめた。


「みんなAI研究で居飛車ばっかり追いかけてるけど、振り飛車にはまだまだ”伸びしろ”がある。

発想次第で、未知の新手がいくらでも生まれると思ってます。

プロ棋士には、ぜひともそこを探っていって欲しいっすね!」


その言葉の端々には、将棋という世界への尽きせぬ思いが感じられた。

浦野先生は、そんな津守の将棋への情熱に心を動かされていた。

今得た知識を『姫棋士』を描く段階で持っていれば、

主人公のキャラクター造形にも活かせて、より深みのある描写ができたはずだ。

ホッカルが執着していた”教養”の意味が、今になってようやく身に沁みる――

浦野先生はそれを痛感していた。


「そういえば――」


ホッカルがふと思い出したように言った。


「『姫棋士』がどんな話なのか、まだ聞いてなかったな。教えてくれ」


「あっ、はい」


浦野先生は少し緊張した面持ちで答える。


「平凡な小学生の女の子が、クラスで巻き起こった将棋ブームをきっかけに、その世界と出会うんです。

もともとは何の知識もなかった彼女が、持ち前の集中力と直感でぐんぐん頭角を現していき、

ついには奨励会の入会試験を受けるまでに成長します。

試験会場では、男の子たちから『女に将棋は無理だ』と見下されるんですが、

一次試験で彼らを見事に打ち負かし、二次試験では現役奨励会員との激闘を繰り広げるんです」


「ほう・・・」


ホッカルはうなずいた。


「浦野先生は将棋の知識はないと言ったが、

ちゃんとプロ棋士養成機関である奨励会の仕組みについては調べてるじゃないか。

二次試験の奨励会員は、対局結果が自分の成績に反映されるから手を抜けない。

昇級がかかった一局になる場合もある。いい着眼点だ、物語の山場としても成立する」


「将棋のルールはあまり理解できなかったんですが、プロ棋士の制度についてはしっかり調べました。

女性がプロになるには、大きく分けて二つのルートがある。

一つは奨励会に入って、男性と同じ基準でプロを目指す道。もう一つは、女流棋士として活動する道。

私は、その中でも”奨励会”という制度に強く惹かれました。

多くは6級からスタートして、三段まで昇級・昇段し、さらに三段リーグで上位2位に入らないといけない。

奨励会員は、6級の時点ですでに県代表クラスの実力が求められる――まさに”天才の集まり”です。

圧倒的な才能を持つ若者たちが、世間に知られることもなく、水面下で熾烈に競い合っている。

プロでもアマでもない、”何者にもなれない場所”での過酷な闘いが、

漫画家になれない私の状況とも重なって描きやすいと感じられました。

だからこそ、主人公は女流棋士の道ではなく、奨励会からプロ棋士を目指す設定にしたんです」


「いいっすね、カッコいいっすよ!」


津楽が声を弾ませる。


「現実じゃ女性で奨励会に入る人って皆無と言っても過言ではありませんし、

ましてや三段リーグを突破した人はいない。だからこそ、そういう姿を見てみたいって思います!」


彼は続けて、少し真剣な表情になった。


「棋士編入試験に合格してフリークラス四段ってルートもナシではありませんよ?

でも俺は、やっぱり奨励会を勝ち抜いて四段になる――それが”正道”だと思ってます。

女流タイトルの白玲を5期獲っただけでフリークラス四段の権利獲得って制度もありますけど・・・

俺はいまだに、あれだけは納得できないっす」


「・・・まあ、あれは女流棋士に対して優遇が過ぎるからな」


ホッカルが言葉を継ぐ。


「棋士編入試験では、まずプロ公式戦の招待枠を勝ち取って、その上で規定の好成績を残さなくてはならない。

それでようやく受験資格がもらえる。

試験では三段リーグを突破してきた、脂の乗った新四段5人との対局に勝ち越して・・・やっと四段だ。

それが白玲戦だと、理論上、女流棋士同士だけで指していても四段になることが可能になってしまう。

これでは条件を達成した女流棋士の実力を担保できない。津楽が釈然としないのも、当然だ・・・」


ホッカルもまた津楽と同様に、白玲5期の制度に疑問を抱いていることが、その表情から見て取れる。


「あれは、白玲戦のスポンサーのヒューリックが『女性棋士を生み出したい』って意向を前面に出しすぎだわ。

表向きは当時の羽生会長の提案ってことになってるけどよ」


津楽は唇をとがらせ、不満げな様子を見せた。


「とはいえ、俺はこの件に関してヒューリックを評価している」


しかし、ホッカルは津楽とは異なる考えを持っているようだった。


「これは三段リーグの話になるが、この制度は昔から問題視されている。

奨励会三段はプロ一歩手前の立場で、実力も多くのプロに引けを取らない。

新人王戦や加古川青流戦、竜王戦6組といったプロ公式戦には、

リーグ戦で好成績を収めた三段が出場する枠が設けられており、そうした三段がプロ棋士に勝つことは珍しくも何ともない。

プロ棋士を押しのけて優勝や準優勝を果たした三段だって何人もいる。

それにもかかわらず、学校の一クラス単位で多数の人数が在籍する三段の中から、

プロ棋士四段に昇段できるのは年2回のリーグ戦で各期上位2名、年間でわずか4人に限られている。

しかもリーグ戦は総当たりではないため、

対戦相手の組み合わせによって有利・不利が生じやすく、運に翻弄されることも多い」


「一応、リーグ3位を2回取ればフリークラス四段になれる制度もあるにはあるが・・・

それでも年間でプロ入りできるのは4~5人だな」


津楽がぼそっと補足する。


「プロになるべき実力者がなかなかプロになれないこの制度は、見直すべきだという声は以前からあった。

だが、俺はこう言いたい。プロ棋士を増やすなら、彼らの対局料を誰が負担するのか?

日本将棋連盟が1987年に現在の三段リーグ制度を導入し、プロ入りの人数を絞ったのも、まさにそのためだ。

当時と比べ、これまでスポンサーの中核を担ってきた新聞社の衰退により、スポンサー探しはますます困難を極めている。

誰も金を出さずに文句ばかり言っても、何も変わらない」


ホッカルは、厳しい現実をまっすぐに見据えていた。


「逆に言えば、プロ棋士を増やしたければ、金を出せばいい。

ヒューリックはそれを実際にやってのけた。三段ではないが、女流棋士をプロにねじ込む形でな。

だから俺は、ヒューリックを”称賛”する」


その言葉の奥には、権力を持ち、人の上に立つ者ゆえの視座が垣間見えた。


「俺が気に食わんのは、白玲5期でプロ棋士だのという、馬鹿げた制度を未来に残してしまったことだ」


その口調は熱を帯びていた。


「そもそも、それを通せるなら、そんな回りくどいことをしなくても、

棋士編入試験を受けた女流棋士2人を”特例”でフリークラス四段にすればよかっただけの話じゃないのか?

理由は『女流棋戦での類まれなる活躍による将棋普及への貢献』。これで十二分だろう」


津楽も黙って聞いていたが、ホッカルはさらに言葉を続けた。


「普及に大きく貢献した人物に、プロ棋士の地位が与えられた前例は存在する。福井資明九段だ」


「ああ、あの北海道将棋連盟の・・・」


津楽が呟いた。


「そうだ」


ホッカルは軽く顎を引いて同意する。

その名前に、浦野先生はついていけず首をかしげた。


「福井資明九段は、戦前に北海道大学の教授の要請で普及のために北海道に移住。

北海道将棋連盟を設立し、将棋文化の定着に尽力した人物だ。

その活動によって道内から複数人のプロ棋士が誕生した。

生前、福井九段は『地方棋士』という曖昧な立場で、順位戦をはじめプロ公式戦には出場していない。

しかし、死後にその功績が認められ、プロ九段位の称号が追贈された。

今では日本将棋連盟が公開している棋士系統図にも、プロ棋士として正式にその名が記されている」


ホッカルは、その人物について手際よく、解説を口にする。


「・・・プロ棋士の本分は、”普及”にあるということだ。それがなければ、将棋の世界そのものが続かない」


ホッカルの声には重みがあった。


「ホッカルさんも、津楽さんと同じで将棋が大好きなんですね」


そんな彼に対して浦野先生は自然とそう言っていた。


「あ!?バカ言え。そんなわけねえだろ。なにが面白いんだ。あんな長ったらしい”木片叩き”」


ところが、ホッカルの口から放たれたのは予想とは正反対の言葉だった。


「え、ええ~っ!?」


浦野先生の顔に驚愕の色が走る。


「テレビつけたら、大の男が無言で盤面にらんで、ただじっとしてるだけだぜ?

駒も動かさずに延々と考えて・・・あんなもん、退屈の極みだ。

何の感動もねえ。こっちはその時間で、アニメの美少女見てた方がよっぽど有意義な時間を過ごせるっての」


「そ、そんな・・・」


「それにな。

プロ棋士は賢そうに振る舞ってるが、

実際は『将棋ソフト不正使用疑惑騒動』みたいなことを平気でやらかす程度の低い連中ばかりだ。

自分たちの行動や発言に責任を持てないくせに、一流ぶってのさばっている。

・・・浦野先生もあの事件の顛末を知ったら、きっと絶句するぜ」


ホッカルは淡々と、しかし毒を含んだ口調で畳みかける。


「ホッカルさん・・・でも、あんなに将棋に詳しかったじゃないですか・・・」


浦野先生は困惑を隠せなかった。


「ホッカルはそういうやつなんすよ」


津楽が呆れたような顔を浮かべて口を挟む。


「嫌いなもんでも、教養になるなら本気で勉強するんすよ。

ジャンプでも、どんだけボロクソにこき下ろしてる漫画でも、ちゃんと全部読んでるし・・・

ホント、知識への執着が常軌を逸してるっていうか」


「は、はあ・・・」


「それにしても・・・ホッカルの野郎、散々言ってくれるな」


津楽は渋い顔をする。


「正直、俺もあのソフト冤罪事件については何も言えねえわ・・・

あれで将棋人気、終わりかけたしな・・・聡太フィーバーがなかったら、本当に危なかった」


津楽が腕を組んで考え込んでいるのも気に留める様子はなく、

ホッカルはひたすら、将棋棋士への毒を滑らかに吐き続けていた。


その姿を見て、浦野先生の胸に何かが突き刺さった。


──自分は、どうだったか。


学生時代、漫画家を目指してずっと絵を描き続けてきた。

嫌いな授業は聞かず、ノートにはクロッキーばかり。

「将来に必要ない」と切り捨てた教科は山ほどある。


だが、それではダメだった。


連載を取れなかった、それが答えだ。


嫌いなものにこそ、向き合わなければならなかった。

すべてを”教養”として飲み込み、引き出しに変えていくこと。

そうして初めて、本当の創作ができる。


浦野先生は今、ホッカルという男に心の底から圧倒されていた。


「・・・奴は双方向性がある場所でファンからの疑問に回答すると言ったが、未だに・・・」


「もう、将棋の話はいいだろ、ホッカル」


津楽が静かに割って入った。


「今は浦野さんの話を聞く時間だ」


「おっと、そうだったな」


ホッカルは素直に言葉を引っ込めた。


「つい熱くなってしまった。失敬・・・周りの状況を見渡せないのは、俺の”悪習”だ。すまんな、浦野先生」


「いえ・・・」


浦野先生は首を振る。むしろ、嬉しかった。今、こんなにも知識を持って真剣に語る人と話ができていることが。


すると津楽がふと尋ねた。


「浦野さんって、”ラブコメ”を描こうと思ったことないんすか?

女の子の絵を描くの、めっちゃ上手かったし、連載いけそうな気がしますけどね」


「・・・企画としてネームを切ったことはあります」


浦野先生は少し照れくさそうに笑った。


「でも担当さんに言われちゃったんです。

『君は”恋愛”を知らなすぎる』って。だから、”ボツ”でした」


「・・・そうだったんすね」


「まあ、もっともな指摘でしたよ。私はずっと、漫画に恋をしてきたから。

人に恋することなんて、一度もなかったんです」


そこまで語って、浦野先生はふとホッカルの方を見て、やわらかく微笑んだ。


「──ここに来るまでは、ですけどね」


「へえ・・・」


津楽は少しにやけたような顔をして、ホッカルと浦野先生を交互に見た。


「じゃあ、ホッカルと組んでみるのもアリかもしれませんね」


「えっ?」


浦野先生は驚いて身を乗り出す。


「どういう意味ですか?」


「ホッカルは”ラブコメ”を描くのが”大の得意”なんすよ」


津楽は軽く頷いて言った。


「ヒロインの設定が他では見ない”変わり種”ばっかだけど、ちゃんと魅力あるんすよね。

俺は思ってるんすよ、ホッカルは『完結できない』って最大の欠点さえ克服できれば、”商業誌の原作”いけるって」


「そうだったんですか!」


浦野先生は興奮を抑えきれなかった。


ホッカルは小説家?それとも原作者志望だったのか?

津楽の言葉からは、過去に何らかの形で”物語”を書いていたことがうかがえる。


だが、当の本人は静かに言った。


「・・・まあ、昔の話だ」


表情は変えず、どこか寂しげにも見えた。


「そんなことより、俺は浦野先生のボツ作品が気になっている。

その恋愛漫画について、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」


「・・・はいっ、わかりました!」


浦野先生の顔がぱっと明るくなる。

そこから先は、彼女のボツ作品や構想段階のアイデア、趣味で手がけた二次創作の話に花が咲いた。

ホッカルの部屋には夜遅くまで3人の笑い声が響き、最後に残ったのは、心地よい疲労感だけだった。


──だが、浦野先生はその日、どうしても聞き出すことができなかった。

ホッカルの”作品”について。

彼がどんな物語を綴っていたのかを。


それだけが、ほんの少しだけ心に引っかかったままだった。

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