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アヴァロンオデッセイ

とあるソロプレイヤーの記憶

 灼熱の太陽が砂漠の地平線を照らしている。


「アヴァロン・オデッセイ」の砂漠エリア「終わりなき荒野」。そこは無数のモンスターが徘徊し、熟練プレイヤーでも足を踏み入れるのをためらう危険地帯だ。


 その砂丘の上に、一人のプレイヤーが静かに佇んでいた。


 彼の名はレイヴン。

 黒い外套に身を包み、手にした長銃が鈍く光を放っている。ゲーム内でも数少ない狙撃用武器「ウィンドハウル」。この武器を極限まで使いこなす彼は、どのギルドにも属さず、完全なソロプレイヤーとして名を馳せていた。


「……目標確認」


 彼の声は落ち着いていて感情が薄い。遠くにいる大型モンスター「砂塵のワーム」をスコープ越しに捕らえ、躊躇なくトリガーを引いた。


 銃声が砂漠に響き渡り、ワームの巨体が崩れ落ちる。その瞬間、近くにいた他のモンスターたちが警戒して一斉に動き出したが、レイヴンは動じることなく次々と撃ち抜いていく。


 一通り片付けると、彼は何事もなかったかのように歩き出した。


「……一人で十分だ」


 それが彼の信念だった。他人と組むことで発生するリスクやストレスを嫌い、全てを一人で完遂することを選んできた。


 だが、この日、レイヴンの孤独な狩猟に異変が訪れる――。



「嘆きの渓谷」は、新しく実装された期間限定の高難易度ダンジョンだった。深い谷にかかる吊り橋や狭い足場が続き、崖下からはうごめくモンスターの群れが睨みを利かせている。公式の発表によると、最深部には伝説のアイテム「スカイハープ」が隠されているらしい。


 この噂を聞きつけ、多くのプレイヤーが挑戦していたが、ほとんどが途中で撤退を余儀なくされていた。


 レイヴンは、他のプレイヤーが次々と撤退するのを尻目に、淡々とダンジョンの奥へと進んでいた。狭い足場も、群れをなすモンスターも、彼の冷静な判断と正確無比な狙撃の前では歯が立たない。


「……進行ルート、問題なし」


 一人でここまで進める者は稀だったが、レイヴンにとっては日常茶飯事だ。しかし、ダンジョンの中盤に差し掛かったとき、いつもとは異なる音が聞こえた。


「きゃーっ!助けてー!」


 女性の悲鳴。


 続いて、轟音とともに吊り橋が揺れる音。遠くの崖の上を見ると、冒険者の一団が大量のモンスターに襲われていた。


「……無視する」


 レイヴンはそう呟き、狙撃銃を抱えて別のルートに向かおうとした。だが――。


「そっちの黒い外套の人!助けてください!」


 突然、自分に向けられた声に足を止める。振り返ると、吊り橋の中央で魔法使いの少女が必死に手を振っていた。その後ろでは、大型モンスター「岩牙のオーガ」が振りかぶった棍棒を下ろそうとしている。


「……」


 レイヴンは一瞬迷った。助ける義務などない。だが、目を逸らして進もうとするたびに、彼女の叫びが耳に残る。


「くっ……」


 ため息をつきながら銃を構えた。


「目標確認。射線クリア……撃つ」


 一発の銃声が響き渡り、オーガの巨大な頭が崩れ落ちる。吊り橋にいた少女――リリィは驚いた表情で彼を見つめた。


「助かった……!ありがとうございます!」


 だが、レイヴンは彼女の感謝には答えず、静かにその場を去ろうとする。


「ちょっと待ってください!」


 リリィは駆け寄り、彼の行く手を遮った。その後ろには、ゴリラの獣人と彼女たちのギルドメンバーが続いていた。


「あなた、すごい腕前ですね!ソロでここまで来るなんて……!」


「俺たちもあのオーガに苦戦してたところだ。助かったぜ!」とゴリラが豪快に笑う。


 レイヴンは一瞥だけすると、そっけなく答えた。


「別に助けたわけじゃない。狙撃範囲にいただけだ」


 そう言って歩き去ろうとするが、リリィはその背中に追いすがる。


「せっかくなら、一緒にダンジョンを攻略しませんか?これだけの腕なら、力を合わせればきっと……!」


 その言葉に、レイヴンはピタリと足を止めた。


「……俺はソロだ。他人と組む気はない」


 冷たい言葉を残してその場を去っていくレイヴン。だが、その目には微かな迷いが宿っていた。



 ダンジョンの奥へ進む中、レイヴンの心にリリィたちの笑顔がふと浮かぶ。彼は頭を振り、その考えを振り払った。


「他人に頼る必要はない。俺は……俺の力だけで十分だ」


 そう呟いた彼の前に現れたのは、巨大なモンスター「渓谷の守護者」。このダンジョンの中間ボスだ。圧倒的な威圧感とともに咆哮を上げるモンスターを前に、レイヴンは銃を構えた。


「狙撃開始……」


 だが、モンスターの群れが一斉に彼を囲む。この状況を打破するには――。



 レイヴンの目の前に立ちはだかるのは「渓谷の守護者」――岩のような巨体に鋭い爪を持つ巨大モンスター。その周囲には無数の小型モンスターがうごめいていた。


「囲まれたか……」


 狭い足場では逃げ場も少なく、狙撃のポジションも制限される。レイヴンは冷静に状況を分析しつつ、まずは群れの中心を狙って銃弾を放った。


 しかし――。


「数が多すぎる……」


 次々と現れるモンスターに対応しきれず、じりじりと追い詰められていく。焦りを感じ始めたそのとき――。


「援護します!」


 聞き慣れない声が背後から響いた。振り返ると、そこにはリリィとゴリラ、そして彼らのギルドメンバーが立っていた。


「ちょっと迷いましたけど、やっぱり追いかけてきました!」

 リリィが杖を掲げ、火の魔法で小型モンスターを一掃する。


「お前一人でこの群れ相手は無茶だろ。俺たちが加勢するぜ!」

 ゴリラは豪快に笑いながら前線に立ち、モンスターを殴り飛ばす。


「……余計なことを」

 レイヴンは一瞬不満そうに呟いたが、彼らの助けによって形勢が逆転しつつあることを感じた。


「レイヴンさん、あなたは守護者を狙ってください!小型モンスターは私たちが引きつけます!」

 リリィが的確な指示を出す。


「俺が盾になる!お前は後ろから狙撃しろ!」

 ゴリラが岩のように立ちはだかり、小型モンスターを引きつける。


「……」


 レイヴンは何も言わずに銃を構えた。自分のポジションが確保されたことで、守護者に集中することができる。


「……狙撃開始」


 守護者の弱点を的確に撃ち抜くレイヴン。その精密さに、リリィたちも息を飲む。


 守護者のHPが残りわずかになると、モンスターは最後の反撃を仕掛けてきた。


「危ない!」

 突如、守護者の爪がリリィを狙ったその瞬間――。


「射線クリア……撃つ!」


 レイヴンの銃弾が爪を撃ち落とす。リリィは間一髪で攻撃をかわし、彼に感謝の目を向けた。


「ありがとう、レイヴンさん!」


「……感謝は不要だ」


 そう言いつつも、どこか嬉しそうな表情が浮かんでいるのを、リリィは見逃さなかった。


 全員の力を合わせた最後の一撃で、「渓谷の守護者」は轟音を立てて崩れ落ちた。

 戦いが終わり、静寂が訪れる。


「やった……!」

 リリィが小さくガッツポーズをするのを見て、レイヴンはふと呟いた。


「……共闘も悪くない」


 それは、彼自身も驚くような言葉だった。


「あなた、やっぱりすごいですね!また一緒に冒険しませんか?」

 ダンジョンを出た後、リリィが笑顔で声をかける。


「俺はソロだ。次も一人で行く」


 レイヴンはそっけなく答えるが、その背中にはどこか柔らかさが漂っていた。


「でも、またどこかで会えたら……そのときは、よろしくお願いしますね!」


 リリィの言葉に彼は振り返らず、軽く片手を挙げただけだった。


 その夜、ログアウトする前にレイヴンのフレンドリストに新しい名前が追加されていることに気づいた。


「リリィ」


 彼はしばらくそれを眺めた後、無言でゲームを終了した。


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