ハラスメントロワイヤル
天井に吐いた息が当たる。目を覚ますと、真っ先に感じる閉塞感。遮光カーテンが朝と夜の境を曖昧にする。アラームが鳴り続ける。起き上がる気力はない。もう一度枕に顔を埋め、夢の世界へと戻る。もう2度と目が覚めなければいいのに。
花奈
大学卒業後、中学校の教員として働き始めた。親が教員だったこともあり、幼い頃から目指していた職業だった。1、2年目はがむしゃらに目の前の仕事に向き合い、生徒たちからも人気だった。時に仕事が終わらず、日付が変わる直前までパソコンを開くこともあったが、充実した日々を過ごしていた。しかし、人生はいつもそう、良いことは長く続かない。
教員として働き始めて、3度目の春を迎えた時、新たに女性教師が上司として赴任してきた。見たところ年齢は50歳中頃、髪は短く整えられ、身体つきは年相応にたるんでいる。顔は見るからに裏表がありそうなきつい顔だ。私は瞬時に感じた。苦手なタイプだと。しかし、昔から真面目しか取り柄がない私には、普段以上に愛想良く振る舞うことしかできなかった。彼女はこちらのそのような想いを汲み取ったうえで、私に向けて突き放すような言動を繰り返した。徐々に身体は倦怠感を帯び、心までも蝕まれていった。
恵斗
学校の門をくぐると押し寄せてくる、動悸。今日の下駄箱のゴミはいつもより少なめだったことに安堵し、教室へと向かう。僕の席は皆んなの席と少し違う。机は一面びっしり落書きで埋め尽くされ、椅子の4本の脚は真っ直ぐだったのが嘘のように湾曲していた。何事もない顔をして、席につく。クラスメイトの話し声に耳を傾けないよう、意識を黒板上の置き時計に向ける。1秒ごとに動く秒針を目で追い、耳から入ってくる刺激を情報として取り得ないように徹するのだ。しかし、分かる。近づいてきている。あいつらが僕のもとに。気づくと呼吸がうまくできなくなっていた。そんな時、髪の毛を後ろにグッと引かれた。まただ、今日も1日が始まる。時間が永遠にでもなったかのような、孤独で辛い時間が。
侑二
廃棄の弁当をゴミ袋に詰める。定められた期間が過ぎ、食べ物からゴミとなった弁当を見つめ、唾を飲み込む自分が惨めに感じた。唐揚げ弁当から微かに香る、油の香り。たまらない。見つかってはならない、気づかれずに食べれば問題ない。包装を雑に開け、温めてから食べるはずの唐揚げを1つ、また1つと口に運んでいく。指が油でギトギトになるのもお構いなしに、食べることに夢中だった。気がつかなかった。後ろで、後輩の女子にカメラを向けられていることを。彼女は笑っていた。新しいおもちゃを与えられた子供のように。
重蔵
上を見上げると、青々としたライトが点滅していた。渡り切るまでは残り数メートル。気づく。今日も駄目だと。横断歩道の奥でこっちを見つめる。頭がぼーっとし、思うように、足も進まなくなる。左折待ちしている車の運転手も痺れをきらし、ぐいぐいとフロントをこちらに押しつけてくる。少しでも早く、渡り切らねば、という気持ちで、やっとのこと向こう側の歩道まで辿り着いた。ほっとした反面、彼の顔を見るのがとても怖かった。人当たりがよく、周りからは信頼の厚い職員として扱われているが、私に対しては、酷く冷たい。当施設の日課であるこの散歩についても、同じ老人ホームの仲間たち数人と彼と歩くことになっているが、彼は集団を引き連れて、常に私の数メートル先をいく。私が息を切らしても、横断歩道を渡りきれなくても、手を差し伸べることは一切ない。他の仲間たちには、私自身の望みでそのようにしていると説明しているそうだ。他の人間に事情を話すと、すぐに彼に伝わり、狭い部屋に閉じ込められる。こちらが謝罪し、反省するまで外には出してもらえない。息が苦しくなる。
会場
ゴングの音が会場に響き渡る。興奮した人間の熱気でかなり蒸し暑い。今日のカードは少年と中年の男の一戦からスタートだった。少年が勢いよく、殴りかかる。ひどく恐怖に怯えた顔をしながらも勢いまかせで立ち向かおうとしていた。一方、中年男はまだ状況が飲み込めていないのか、澄ました顔をしている。彼の中では華麗にパンチを避けられるイメージだったようだが、もろに顎にくらった。よろめいたところを少年がつかみかかろうとするが、中年の男が抵抗し、少年の髪の毛を鷲掴みした。その表情には既に余裕はなく、まるで獣のような恐ろしい顔をしていた。その獣のような男は少年の髪の毛を引き上げ、一気にむしり取った。
「うわぁぁあ」少年の悲鳴が観客を怯えさせ、同時に熱狂させた。「ゴーン」司会が銅鑼を鳴らし高らかと宣言した。
「ボーナスタイム!!」会場のボルテージは最高潮になった。
花奈
今日は三連休明けの登校日。休みの期間が長ければ長いほど学校へと向かう足取りは重くなる。
通勤中の車の中では柄にもなく、HIPHOPメドレーなるものを流した。普段は好まない、騒がしい音が、頭に浮かんでくる不安を外へと吹き飛ばしていく。束の間、心が軽くなる。
学校に着くと、向かいの席には既に彼女がいた。真剣な眼差しでパソコンに向かう姿は、無意識にしろ威圧的に感じる。彼女もこちらに気づき「おはよ、遅かったわね」とこちらに目を向けずに言った。
「すみません、明日からもっと早くきます」始業開始の2時間半前だった。何も言い返せず気づいたら謝っていた。席に腰を下ろし、授業の準備を始めた。デスクが低く、姿勢がいいため向かいの席の彼女の目元がチラチラと視界に入る。逃れたい。今すぐにここから立ち去ってどっかへ行きたい。想いが巡り集中できない。頭が痛い。
恵斗
「これで帰りのホームルームを終わります。くれぐれも気をつけて帰るように」担任の掛け声ととともに皆が一斉に教室を後にする。私は席にかけ直し、あいつらが出ていくのを大人しく待つ。目線をどこか一点に向ける必要があったため、担任のことを眺めることにした。PC用の眼鏡をかけ、
集中してパソコンに向かっている。生徒から見た彼女はとても要領がいいようには見えないが、真剣に私たちに向き合ってくれているようには感じる。そのため、私も好意的だ。しかし、他の生徒からの仕打ちについて気づいているはずが無視しているように感じてしまう。そんなわけないと思い、確かめたい気持ちで席を立って先生のもとへと向かった。
「あの、先生、、」勇気を出して話しかけようとした時。携帯の着信音が鳴り響いた。
「あ、ごめん。職員室から呼び出しされちゃった。また今度でもいい?」
「大丈夫です。」落胆し、俯きがちに応える。教室から出る先生の後ろ姿を目で追うと、違う角度からの視線を感じたため、パッと後ろの出入り口の方を向き直った。すると、自分に嫌がらせをしてくるグループの1人がにたっと笑ってこっちを見ていた。囲われている。瞬時に感じ、机に置いていた荷物を一気に持ち上げ教室を後にした。
侑二
「はい、今日の分頂戴」後輩の女子がいつものように手を出してきた。ふざけた表情にどうしようもなく腹が立ったが、五千円札を財布から出し、渡した。
「あれ、少なくない?」とぼけたように言ってくる。
「ふざけるな、いつもの額だろ」
「今月厳しいから、前言ったよね次から10,000円て」
「無理だ」
「何が無理だだよ、どうせお金も使うことないでしょ。家でゲームして、しこって寝てるだけなんだろうから、早く渡せよ。ばら撒くよ動画」いじっていたスマホを机にたたきつけ、声を荒げながら言った。頭に血が昇り、「何だと!お前みたいな奴が、俺を語るな」と言い返してやりたい気持ちでいっぱいだったが、客もいたためグッと堪えた。
追加で五千円札を出し、渡した。
「あざー。じゃね〜」用事を済まし、満足そうな顔で、目の前から去っていった。店前に彼女の友達と思われる2人組がおり、
「貧乏な財布役本領発揮〜。金欠の時言いなね」
俺が渡した一万円をひらひらさせながら、自慢げに話している声が聞こえた。
重蔵
「頭おかしいんだよ、あんた」車椅子に固定され、彼から怒鳴られる。狭い、暗い、この部屋はどうしてこんなにも息苦しいのだろう。
「君に何もしてないじゃないか」仕打ちに怯えながら、精一杯の抗議をしてみる。ガンッ。車椅子の脚が蹴られ、椅子ごと壁にぶつかる。
「私は被害者です。害ある人間じゃありませんみたいな素振りが気に入らないんだよ。俺の前で今みたいな顔してみろ。ぐちゃぐちゃにして原型も留めないようにしてやるからな」
「ウッ、ゴホッ」喉元を足裏で押しつぶされ、思わずむせてしまった。真っ暗な部屋が私を闇へと導いていく。
会場
司会のボーナスタイムの掛け声によって、搭乗ゲートが開き、露出の多い服を着た女性が箱を荷台に乗せて運んできた。箱の中身をみると、大量のナイフやハンマーなどの凶器が入っていた。2人の男は競うように、箱めがけて走り、1人は小型のナイフ、もう1人は鎌をとりあげた。はじめ、小型ナイフを持った少年が遅いかかり、中年男の肩口に突き刺した。
「うっ」と鈍い声を出し、怯むが瞬発的に後ろに下がり、鎌を下から振り上げた。死角から来る鎌に反応できず、気がついた時には首と胴体が2つになっていた。
「うぉー!!!」会場は最高潮の盛り上がりを見せ、試合の幕は閉じた。
勝った男にも笑顔はなく、次なる恐怖に怯えるような顔で会場を後にした。
花奈
休日同期から一通のLINEがはいった。
「ちょっと前、うちらの学校で行方不明の子が何人か出て大騒ぎになってたけど、例のあの人も一昨日の夜から行方不明になったんだって。」
例のあの人とは上司のことだった。聞くところによると、金曜日の夜から突然姿を消し、家族が捜索願いを出しているらしい。
「早く見つかるといいね」本当はそのまま消えてほしいという思いだったが、心無い言葉を返した。数日が経ち、彼女がいなくなってから一週間後のある日、一通の封筒が届いた。中を見てみると何かの招待状であった。
令和6年10月16日
加藤 花奈 様
突然のお手紙お許しください。この度、貴方は招待客の1人に選ばれました。つきましては、下記の日程に指定された会場までお越しください。いらっしゃらない場合はスマートフォンで中継映像を観ることも可能ですので、是非ご覧ください。当日会えることを心よりお待ちしております。
日時 令和6年10月23日 午後10時
場所 山辺町市民球場地下
HBGグループ代表
全く知らない団体からの手紙だったため、怖いと思い、一読し放っておいた。一週間が経った当日、気にかけず仕事に疲れてベッドでウトウトしていたところ、急にスマートフォンから音が流れ出し、何かと思い手に取ると、うす暗い場所に人影があった。目を凝らしてみると、そこにはあの上司の姿があり、虚な目でふらふらと立ちつくしていた。もう1人彼女の前に、若い女性が向き合うようにして立っていた。遠くからゴングの音が鳴り、それを合図に2人が動き出した。取っ組み合いになるが、カメラが近くによるとあの上司の顔が明るく映し出され、むしり取られ焼け野原のような頭、上下共に2本ずつない前歯が顕になった。ぎょっとしたと同時に、ふつふつと湧き上がる興奮があった。「もっとやれ」
2人はさらにヒートアップし、お互いの顔や腹を蹴り合った。みるみるうちに、立つこともままらなくなっていく姿に失いかけていた、生きる喜びを取り戻した気がした。そんな中、今度ははっきりとした音で
「ボーナスタイム!!!」
と聞こえた。「なんだ?」と思っていると、スマホのスピーカーから男性の声が聞こえ、
「憎い彼女の何処を傷みつけてほしいか言ってください」言っている意味が分からなかったが、興奮していたため、
「人に暴言を吐いてきた、口を切り落として」考えるより先に口にしていた。
「承りました」男性が言った直後、相手の女性が刃物を渡され、彼女に振りかぶった。上から下へと振り下ろされ、彼女の顔の下半分が果物かのようにポトンと落下した。鮮やかな血が流れ出し、身体をつたい、地面に流れ落ちるのと同時に、力尽き、地面へと一気に倒れ込んだ。
「え、、、なんなのこれ」ひどく恐怖を覚えていたが、口元は緩んだままだった。
恵斗
「恵斗くん知ってる?」いつも話しかけてこない女の子が楽しそうに話しかけてきた。
「なに?」
「あのいじめっ子グループ、毎日1人ずつ行方不明になってるんだって。そして昨日で全員いなくなっちゃったみたい」
「え、、」気づけば心臓がバクバクしていた。横にいる女の子のことさえもどうでも良くなり、何も聞こえないふりをした。「あいつらがなくなりさえすれば、もう何も怖いものなんてない。」ゆったりと席に腰掛け直した。これまでは怯えていて、まっすぐ前だけ見ていたが久しぶりに周りを見渡した。みんな揃ってこっちを見てヒソヒソと話をしている。適度の距離を保って、、。よく分からず不思議だったが、必要以上に気に留めず快適な1日を過ごした。帰宅後、母親から手紙が届いていると言われ、見たところ、知らない団体からだった。普段手紙なんて誰からも来ないため興味津々で中身を見てみると、何かの招待状だった。「市民球場の地下?ちょっと怖いな」と思ったが、興味に負けていくことに決めた。
侑二
「お疲れしたー。」
いつも以上にむしゃくしゃする日だった。毎日浴びる客からの蔑みの目には徐々に慣れてきたところだったが、、踏んだり蹴ったりな毎日と自分に嫌気がさした。
公園に立ち寄ると、1人の女性がブランコに乗って笑っていた。興奮した様子で、虚な目をしていた。心配して話しかけてみると
「うるさい!!いま最高に幸せな気分なんだから、近寄らないで!」と突き放すように言ってきた。自分の中で何かがぷつんと切れたような音がした。気がつけば、女の肩を掴みブランコから引き摺り落とし、首を絞め、顔をたっぷりと殴った後、少しの意識を保ったままの嫌がる相手を犯していた。怒りと興奮が収まるまで長い時間がかかった。何度も何度も射精し、過ぎた時間は彼女の命を奪うには十分すぎる長さだった。
重蔵
「えーー、会場にお集まりの皆様。毎度ありがとうございます。いつもは挨拶などいたしませんが、今日は特別な日ですので手短にご挨拶にさせていただきます。私はHBGグループ代表の重蔵と申します。私たちは社会の中で他人に対して害を加える者を招待し、思う存分暴れてもらう場を提供します。死ぬまで。自分が死ぬ覚悟もないのに、人を痛めつけるのは気持ちのいいことではありません。そういう話だと、何ヶ月か前の彼は良かった。自分のことをいじめたクラスメイトを皆殺しにして、焼き尽くし、我が社の招待に応じて、最後は真っ二つになって死んでいきました。
あれは清々しくて気持ちが良かった。
あー、すみません。話しが横道にそれましたが、今日の特別な一戦の話に戻りましょう。今日は私が日中お世話になっている老人ホームの職員とコンビニ店員の男性です!この職員さんにはかなり私自身痛ぶってもらいました。痛みが好きな私でもびっくりするくらいですから、最高な逸材といえるのは皆さん理解できると思います。またもう1人の男性は招待をしていないのですが、たまたま出会った女性が持っていた招待状を見て、本日参ったとのことです。目を見るからにただ者ではないです。この2人がぶつかる瞬間を特別と言わずして、何が特別でしょうか。では、ごゆっくりとお楽しみください。」
ゴングの音が会場いっぱいに響き渡った。