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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
独裁国家。エル・ミラージュ
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独裁国家。エル・ミラージュ ステンノーとアネモネ。

「暴力による恐怖政治を強いれば民衆からの反抗心が生まれる。暴力や拷問は与えられた側が暴力や拷問だと分からない甘ったるい飴玉でなければならない。俺も、俺の先代である父上のザイレス殿も先々代も、そうやって、この大国の国民を支配してきた」


 ステンノーは石の彫像を撫でながら、楽しそうな顔をしていた。


 そこは大図書館だった。

 図書館の入口にも、見せしめの彫像が並んでいる。


 図書館内には、アネモネというオレンジ色の髪の少女がいた。


「民主主義を維持する為に必要なのは、国民。市井の人間に政治的発言力がある、と錯覚させなければならない。そういった幻想が国民をより強固な愛国心を駆り立てる」


 ステンノーはパラパラと政治哲学の本を開いていく。


「他人の国の不幸をピックアップして、この国で生まれてきた事が幸せである、って言わせなければならない。そうすれば、おのずと、指導者に従うモノさ。だから民衆には特大の飴玉が必要」


 ステンノーの読んでいる本には“自然法”という単語が書かれていた。


「金のある国は、どっか別の国から略奪して肥え太っている。多分、例外は無いだろ」


 自然法とは様々な哲学者によって語られているが、此処では国内秩序について書かれており“人間とは国家が無ければ獣のような存在であり、どんな暴力も振舞う獣であり、国家の存続による支配によって人間を人間足らしめる”といった事が記されていた。


「人間は怠慢さと強欲の共犯者にさせれば、誰も悪人を責めなくなる。挙句に、市井の猿共が大好きなのは“正義のヒーロー”だ。そして正義の味方サマと対立している分かりやすい悪人だ。自分達の国と対立している敵国の連中がクソ野郎だって宣伝してれば、国民感情は簡単に忠誠心に変わる。愛国心程、扱いやすい飴玉は他に無ぇんじゃないのかな」


 室内には綺麗な旋律のピアノの音が流れていた。


 アネモネはステンノーの話をうっとりとした表情で聞いていた。


「チョコレート農園やファッションブランドの服とか、途上国の民の過重な奴隷労働で作られる。それを知っても、誰も甘い消費(ぜいたく)の汁を止めようとはしない。毎日、労働の後に提供される適度な娯楽を楽しんで、国民のそれぞれが悪に加担している。だから、誰もこの俺を責めない」


 ステンノーは甘いザクロのエキスで作られた菓子を頬張っていた。

 アネモネは彼に心酔していた。


「ふふっ。今度はどんな飴玉を国民の為に用意されるのですか?」


「カネでもバラまくか。国民一律に。同時に空中要塞のドラゴン共が街中に侵略してくるって、恐怖映像を毎日毎日、中継してれば、兵士になりたい英雄志願の人間が増えるだろ。国民からすれば、俺らは正義の味方で忠誠を誓うべき王族で、戦争しているドラゴン共は駆除すべき害獣だと国民は納得する。そうすれば、進んで我がエル・ミラージュの為に命も財産も人生も投げ出すだろ。ドラゴン退治の英雄気取りの馬鹿どもを沢山作ってやるさ」


 ステンノーは今度は政治宣伝(プロパガンダ)関連の書物に目を通していく。


「この戦争に善悪なんて無い。エル・ミラージュと空中要塞の意地の張り合いになるな。どっちの国の国民も、向こうが悪い国なんだって考えてる。善悪は立場によってひっくり返るから、自分達の集団と敵対している集団をとにかく悪い奴にしたい。俺とベドラムのどっちも“間違っている”って分かっている反政府連中は、国内でプラカード持って反戦運動を掲げているだろ?」

 ステンノーは極めて客観的に状況を分析していた。


「この国には言論の自由がありますからね。目障りですか? 放置してれば、反政府団体が強力なテロリスト組織に成長するかも…………」

 アネモネはくすくすと笑う。


「気にせず放っておこう。テロリストになるには資金がいるから、軍事産業と交渉して武器を調達するだけの資金が連中にあるとは思えない」

 ステンノーは鼻で笑った。


「強力な固有魔法の使い手が反政府団体にいるかも」


「じゃあその時は味方に引き入れる」

 ステンノーは反戦、反権力集団の存在を意にも介していなかった。

 弾圧らしい弾圧も行わないのだろう。


「戦争が泥沼化する前に、どこかの段階で手打ちにする。ドラゴン共も馬鹿じゃないだろ。長引けば、吸血鬼やマフィアが得するだけだ。極めて腹立たしい。人が苦しみ死ぬのを安全な場所から眺めるのは、最高の娯楽なんだけど、長引けは、興醒めするだけだよ」


 アネモネは小さく拍手を行う。


「ステンノー様って」

 アネモネ。

 彼女は無邪気な子供のような顔をしていた。

 まるで虫の脚を楽しそうに引き千切る子供の顔だ。


「平和主義者なんですねえ」

 アネモネは少し皮肉っぽく言った。


「だって、俺らが損するだけだろ。国の王様より、色々な国に寄生して寄ってたかるウジ虫共が戦争で得をするんだぜ。国民はろくに歴史の本も読めない馬鹿ばっかりだから、正義の戦争が存在するんだって思ってる。民主主義は人間の知性を下げるのかもな」


「ふふっ。まったくおっしゃる通りですわ。大衆は知性が無い。特に国家に守られれば、大衆自らが知性を放棄する。政治に関する事を政府に委ねたがる。“オリエンテーション欲求”と呼ぶらしいですわね。意思決定を権力者に委ねたがる」


「まあ。残酷なショーは楽しもう。王族の特権だろ」

 ステンノーはスクリーンに映し出されている現場の映像を嬉々として眺めていた。

 自国民の死体と他国の民の死体が凄惨に転がっている。


 アネモネは図書館の隣にある喫茶室にて、お菓子を美味しそうに食べ始めた。

 甘ったるいバタークッキーをぼりぼりと齧る。


「知ってるか? アネモネ。この戦争を静観している国々の一般市民達の間には、こういった戦争の現場映像のビデオが売られているんだぜ。口では戦争の悲惨さを嘆き悲しんでいるけど、安全圏の奴らは血や死体が見たいんだろ。他人の国で行われる悲劇は最高のエンターテイメントだからなー」


「まあ物価が世界的に高騰して、生活苦に陥ってますけどね」


「まあいいさ。俺らは俺らでこの戦争を楽しもうアネモネ」


「はい。お兄様」


 兄妹は、世界各地で始まりつつある残酷なショーを映像として楽しんでいた。

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