絹の道、シルクロード シルクロードの列車 2
2
オリヴィはスカイオルムのアクセサリーショップで貝殻のペンダントを、ロゼッタから金を借りて買っていた。
今にして思うと、アリジャへの贈り物だったのかもしれない。
列車はオアシスの前に停車する。
「なんだ。降りるのか? その辺りには赤髪の男はいない。部下に探させたからな」
ヒルフェは二つ前の席で、後ろも見ずに二人に告げた。
「テメェと一緒にいたくねぇだけだよ」
ダーシャは悪態を付く。
……いつか殺してやる。
ダーシャは頭の中でそのような想いを巡らせていた。
「そうか。私はこれからエル・ミラージュに向かう。赤髪の男を探す事以外にも色々、仕事があるのでな」
ヒルフェは心底、二人に興味を無くしたといった口ぶりだった。
イリシュとダーシャは列車を降りた。
オアシスの入り口に、オリヴィがスカイオルムで買った貝殻のペンダントがかけられていた。おそらく目印として此処に置いたのだろう。
ダーシャとイリシュの二人は、貿易商達のテントを回っていた。
テントの中には屋台があり、マスカレイドの特産品などが売られていた。またエル・ミラージュ産だという、ブランド物のバッグやアクセサリーなども売られている。
「ちゃんと俺を見つけられると思った」
カウボーイのような帽子を目深に被っている男に、イリシュは声を掛けられた。
貿易商達に交じって、見知った赤髪の青年がいた。
「オリヴィ、さん……………」
イリシュは驚いていた。
「あんたがオリヴィか」
ダーシャは訊ねる。
「お前はエルフか。イリシュの新しい仲間か」
オリヴィはカウボーイのハットを外す。
「ヒルフェがお前を執拗に探していたぜ」
ダーシャは呆れた顔をする。
「知ってる。だが俺の“友人”の手助けもあって身を隠す事が出来た」
「その友人は? お礼がしたいです」
イリシュは訊ねる。
「ああ。マスカレイドの海岸で仲良くなったんだ。俺は誰とでも仲良くなれるからな。その友人だけど、少し前に目的があるってもう行ってしまった。お前らと挨拶したかったそうなんだけどなあ」
「どんな奴だ?」
ダーシャは訊ねる。
オリヴィは口元に手を置いて何かを考えているみたいだった。
「本名は知らねぇー。俺は“兄貴”って呼んでいた。すげぇイイ奴だったよ!」
「本当に良いご友人に会えたのですね! 私はとても嬉しいです!」
イリシュは思わず、オリヴィに抱き付いた。
オリヴィも負けずとイリシュを強く抱き締めていた。
二人は再会の喜びを噛み締めていた。
ダーシャは少し首を傾げていた。
……なんだ? 友人って。
マスカレイドに入って、ずっとヒルフェの掌の上で転がされていたような気分がする。今も、イリシュとダーシャはあえて魔王ヒルフェに生かされた、という感覚が拭えない。
「実はアリジャさんの事ですが…………」
イリシュは申し訳無さそうに事情を話す。
「ああ。それなら……。アリジャはまだ生きているんだろう?」
オリヴィは懐から魔法石を取り出す。
「これは強力な呪いを解呪する力を持つ魔法石だ。それで魔王の呪いを解呪出来ると思う」
オリヴィは赤い魔法石の入ったペンダントを、ちゃらりとダーシャにも見せていた。
イリシュは再び、オリヴィと抱き締め合う。
ダーシャはこの光景を見て、何とも言えない“違和感”を感じ取っていた。
……何か出来過ぎていないか? ……アリジャのアレは、解毒や呪いに特化したエルフの長老達でも治せなかった呪いだぞ。治せるのか? 確信があるみたいだが。恋人の件の事情もあらかじめ知っていたような表情をしていたが…………。
ダーシャは終始、複数の者達の掌の上で転がされている気がどうしても拭えなかった。
「砂漠の砂浜が綺麗ですね。それに近くで見てみるとサボテンも面白い形をしていて素敵です。地平線が何処まで広がってる」
「そうだな」
オリヴィは頷く。
「こんな景色をエートルにも見せたかったな」
「死者はその瞬間に時間が止まるからな。未来の景色を見せてやれない。俺達が出来るのは死者を想い続ける事だけかもな、嬢ちゃん」
オリヴィはキザっぽい台詞を言った事で少し自分自身に酔ったのか、気取りながら近くの物体に寄り掛かった。トゲだらけのサボテンだった。オリヴィは悲鳴を上げながらサボテンのトゲを抜いていた。イリシュはクスクスと笑う。
ダーシャはオリヴィの言う“兄貴”が何者なのか気になって仕方が無かった。だが、はぐらかされるだろう。
シルクロードの熱を帯びた風は、様々な想いを抱える者達に分け隔てなく吹き荒れていた。
†
マスカレイドの浜辺には廃墟が点在していた。
廃墟の中に、青い屋根に青い扉の廃屋があった。
夕闇が廃墟の中から照らされている。
窓からはマスカレイドの砂浜が光り輝いている。
群青と紅蓮が海辺を照らし出していた。
「夕飯。今日も誘っただろ」
サンテはブルーシートに屋台で買った大量の焼き鳥や焼き飯。缶ビールを置いていた。
「日が落ちる前に来なかったら殺すっても言っただろ」
小さなランプに照らされながら、サンテは一人呟く。
「カビ臭ぇ倉庫は嫌だっつーから。海辺に変えたんだろうが。なんで、あたしを待たせるんだよ」
サンテは窓から暗いビーチを眺めていた。
「此処にこれねぇって事は。まさか誰かに殺されたのか? この国から逃げられたのか?」
彼女は首を傾げる。
「誰かに殺されるくらいなら、あたしが殺しておけば良かったなー。ほんと、腹が立つな、あいつ」
サンテはうずくまりながら、べちゃべちゃと手づかみで甘いソースをかけた屋台の焼き飯を食べていた。焼き飯の底にこびり付いたソースを舐め回す。彼女の瞳には暗い憎しみの感情が渦巻いていた。
……シトレーは多分、この世にもういない…………。
殺した人間の予想は付いている…………。
サンテは指先に付いたソースを舐めながら、ゴリゴリと爪を噛み、暗い表情を浮かべていた。