絹の道、シルクロード イリシュVSシトレー 2
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あっさりと隠れ家はバレていたみたいだった……。
ダズーの店は襲撃された。
大量の刃物が雨あられとなって、降り注いでいく。
「扉を開けやがれっ! 修道女の女、いるんだろ?」
エルフの青年に勝てなかったシトレーは、かなり腹立たし気にしていた。
だが修道女の女を無惨に殺せば、あのエルフにも屈辱を与える事が出来る。
シトレーは扉を壊して中に突入しようとする。
すると。
高火力の攻撃魔法が扉から放たれてきた。
シトレーは咄嗟に地面に転がって、直撃を避ける。
どうやら、稲妻の魔法だったみたいで、辺り一面を焼き焦がしていた。
「畜生がっ! 魔法のスクロールのトラップだなっ!」
シトレーは腹立たし気な顔をしながら、近くの建物を跳躍していく。
先ほどは街中であった為に、使えない戦法は幾つかあった。
だが、此処は少し人のいる場所から離れている。
シトレーは懐にしまっていた小型のカプセルを放り投げていく。
カプセルが地面に落ちる。すると、骨董店の周りが炎に包まれていく。カプセルの中は発火式のガソリンを入れた自家製爆弾が詰め込まれていた。骨董店はみるみるうちに、炎によって包まれていく。
中の人間は籠城したいのだろうが、そうはさせない。
シトレーは溜まらず、中にいる修道女と骨董店の店主が出てくるのを待っていた。
扉が少しだけ開かれる。
……今度は水の魔法が、シャワーのように広がっていき、消化器のように炎を消していく。
そう言えば、情報によると、骨董店の店主は大量に魔法のスクロールや特殊な魔導具なども持っていたか。
「……辛抱強いな。だが俺はこのパターンの場合の何十通りの嫌がらせを知っているぜ。いつまで耐えられるかな?」
水の魔法で消化したとしても、確実に放火した際に店に焦げ跡は付いている。追加としてカプセルを投げていく。
……どうせ魔法のスクロールは尽きる。そしたらジリ貧だろ?
こちらはカプセルが無くなれば、その辺りのものを使って即席の火炎瓶を創り出す事が出来る。ガソリンや灯油なども、適当に盗んでこればいい。
シトレーは燃える炎を見ながら卑猥な妄想に耽っていた。
このまま修道女を焼き殺せば確実かもしれないが、直接、手をくだしたい。
しばらくして、店全体に防御魔法が掛けられる。
まだ籠城するつもりらしい。
シトレーは地面に着地する。
そのまま突入して、目当てのシスターと、ついでにこの店の店主も殺害するつもりでいた。
「その前に徹底的に辱めてやりてぇなっ!」
扉から突入する事にする。
先ほどの攻撃魔法を撃たれないように、先手で刃物を扉の奥へと放り投げる。刃物の中にも火薬が仕込んであり、中で爆発するような仕掛けが施されていた。
刃物が扉に投げ付ける。
大きく爆発して、扉が半壊していた。
シトレーはもう一度、刃物を中へと放り投げた。
中で爆発する。
「さてと。仕込んだ爆薬は加減している。シスター、てめぇをじきじきに凌辱してぇからなあ。だが運が悪かったら、大怪我してんだろ? 犯して苦しめながら殺してやるぜ」
シトレーは舌なめずりをしていた。
そして爆炎によって煙が立ち上がっている扉へと近付いていった。
わざと足音を強く立てて、恐怖を与える。
「ナイフで少しずつ色々な処を刻んでいってやるよ。最初は指がいいな、そうだ、指から切断していくか」
シトレーは中にいる者達に聞こえるように言った。
何かが煙の奥から光っていた。
シトレーは電撃のようなものを浴びている事に気付いた。
「……魔法のスクロールか? それともスタンガンでも持っていやがったのか? 舐めやがってっ!」
シトレーは怒り狂いながら、無理やり中へと突入する。
店の中には土埃が充満していた。
店主もシスターの姿も見えない。
シトレーはやたら滅多にナイフを辺りに振り回していた。
「観念しろや。大人しく俺に✖✖✖されてよがってろっ!」
シトレーは喚き散らしていた。
「観念するのは貴方です」
天井の方を見ると。
シスター姿の少女が、電撃を帯びた棒を手にしていた。
シトレーが反応するまでもなく。
大量の棒がシトレーへと降り注いでいく。
物陰からダズーが現れる。
「どうします? 捕縛しますか?」
情報を聞き出すのには、自分を拘束しなければならない。
そういった処だろう。
大量の電撃魔法を帯びた鉄の棒を喰らって、シトレーは頭から血を流していた。
彼は意識が朦朧としていた。
修道女の少女はシトレーに近付いてくる。
「頭の怪我が酷いです…………。やり過ぎてしまいました、多分、身体の骨は幾つか折れているでしょうが。頭だけは治療しないと…………」
何かシトレーを治療する事を言っている。
生ぬるい考えだな、と思いながら、シトレーは意識を失っていった。
†
イリシュは……何かが見えた。
これは自分の魔法なのだろうか?
イリシュの魔法の全貌は不明だった。
フリースからは『固有魔法』と呼ばれている。『一般魔法』と違って、他の者達が使えない。これはイリシュにしか使えない魔法だ。故にイリシュの魔法は魔法のスクロール化を行って、他の者達が使う事も出来ない。
イリシュの治癒の魔法は傷だけでなく、魔力さえも回復させる事が可能だ。
まだまだ出来る事が多いだろうと、フリースは言っていた。
……私に出来る事って何?
イリシュは入ってきた顔に傷のあるチンピラ風の男。まだあどけない少年に見える男の頭部の傷を治癒しながら、妙なものが頭の中に流れ込んできた。
それは眼の前の男の“過去の記憶”だった。
この男……シトレーと言うのか。
誰が父親とも分からない売春婦の母親から生まれ、幼少期から殴られ蹴られ酒を無理やり飲まされるなどの散々な虐待を受けて育った。
彼は薬物とギャンブル、風俗に溺れ、そういう生活しか分からなかった。
その日暮らしの日銭稼ぎ。
病気で次々と亡くなっていく仲間達…………。
彼は煌びやかなマスカレイドの裏側で生きる、貧困層の人間だった。マスカレイドは超格差社会で富んでいる貴族達が残飯を出す隣の地区では、貧困に陥った者達が貴族の残飯をゴミ箱から漁っている。
シトレーもそんな貧困者の一人だった。
貧困街にある教会は薬物の取引先となっており、シトレー達のような者達を救ってくれない。故に幼い頃からシトレーは協会を憎んでいた。彼にとって教会は欺瞞の象徴だった。
やがて、魔王ヒルフェ。
そして魔王サンテとの出会い。
安い金で請け負う殺しや薬物の運び屋の仕事。
彼の人生は豊かな街であるジャベリンからしてみると、壮絶なものだった。
「なんで…………。なんで、この人、こんなに酷い目にあっているの…………?」
イリシュは眼から涙を流していた。
そして、イリシュは優しく、まるで母親のように先ほどまで自分を殺そうとしていた殺し屋の頭を撫でる。
ダズーは困惑していた。
「おい。どうした、すまん。殺し屋を取り逃してしまって…………」
入口にダーシャが現れた。
鉄の棒で感電しながら圧し潰されているシトレーを見て、ダーシャは安堵の溜め息を付いた。
「良かったじゃねぇか。こいつから情報を引き出せるな」
そうエルフの青年は言う。
「もう……読んだ……。彼の記憶を………………」
イリシュは告げる。
「ん、どういう事だ? これから尋問しなくていいのか?」
ダーシャは首を傾げる。
「もう読んだ…………。彼は完全に捨て駒。本当の狙いは私達を攪乱する事にあるの。彼が慕っているヒルフェという男は、彼を使い捨ての道具としか思っていない…………」
イリシュは涙を流していた。
何故、この少女が涙を流しているのか、ダーシャにはよく分からなかった。
「…………知っているよ。ヒルフェの親父は、俺に調子のイイ事ばかり言って、どうせ切り捨てられる。ヒルフェはそういうガキの殺し屋を何名も言いくるめて飼っている。……しかし、テメェに言われると腹立つな………………」
意識を取り戻したシトレーが、腹立たしそうに吐き出す。
「お前。俺の記憶が見えたんだな? そういう魔法か?」
殺し屋の青年は訊ねる。
「……分からない。貴方の頭の傷を治療していて、何故か貴方の記憶が“視えた”」
イリシュは正直に答える。
「あ、そっ。もう襲わねぇから。この鉄棒どけて、腕と足も治療してくれねぇ? 右腕と両脚を骨折していてマジ、痛ぇんだわ。お前らもう狙わねぇからさ」
シトレーは苦々しそうに言う。
「図々しい奴だな。俺はこのままお前を始末してもいいんだぞ?」
ダーシャは矢を手にして、シトレーの喉へと向ける。
イリシュはダーシャの手を抑えた。
「逃がしてあげて。ダーシャ!」
イリシュは叫ぶ。
「後悔しても知らねぇぞ」
エルフの青年は毒づく。
三名は重い鉄棒を殺し屋の身体からどかしていく。
イリシュはシトレーに回復魔法を施していく。
シトレーはしばらくして、立ち上がった。
「もう……お前らを狙わねぇ。やっぱ、ヒルフェの親父を狙うべきだったわ」
シトレーはまだ身体が痛いのか、よろめきながら外に出る。
「おい。何処に行く? 俺はお前を逃がしたくないんだけどな」
ダーシャは拘束用のロープを探していた。
「俺から得られる情報なんて、もう無ぇぞ。やっぱ、俺はヒルフェを狙う。あいつ、大量に金持ってんだろ。シンチェーロでもいいわ。あるいは連中の部下の貴族共でも何でもいい。とにかく、腹立つから奴らから金奪ってくるわ」
シトレーは服の中にしまった刃物を探して、全て取り上げられている事に気付いて舌打ちする。
「ちっ。まあいいわ。刃物とか爆薬はまた調達してくる。俺は連中の金を奪って、この国から逃げてやる。そうだな奪った金で宿屋か酒場でもやるか。家を一つか二つ建てて、新しく商売出来る金を奪わないとなあ」
そう言うと、シトレーは走り去っていった。
ダーシャはしばらく、殺し屋の背中を見ていた後、ぽつりと言った。
「あいつ、絶対、殺されるぞ」
エルフは冷たく言う。
「…………ですよね…………」
イリシュも蒼ざめながら呟いた。
ダズーはボロボロになった店内をどう修理するか、頭を悩ませていた。