絹の道、シルクロード 人探し。2
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「結論だけど。オリヴィっていう王子様を探すのは諦めた方がいいと思う」
古道具屋の二階で、店主であるダズーに聞こえるようにダーシャは面倒臭そうに言った。
「ちょ、此処まで来て、そんな事を言うんですか!?」
イリシュは声が裏返った。
「そうですよ…………。もう少し探しませんか?」
店主のダズーもイリシュに同意する。
「いや。見つからないだろ。もしかすると、オリヴィって男はお前らにも見つからないように隠れているのかもしれない」
「確かに。オリヴィ様ならそれは在り得ますね……」
ダズーは一理ある、と頷く。
「後。俺はお前らと違って、そのオリヴィって男と会った事が無い。互いに面識が無いし、街中ですれ違っても、互いの事を分からないだろ」
ダーシャは小さく溜め息を付く。
「もう少し言うが。俺はオリヴィって奴の正体が分からない。お前らはそいつはマスカレイドの王子だと言う。だが、その証拠が無い。現にマスカレイドの王子を調べた処、オリヴィって男は存在していなかった。隠し子なら仕方無いが。その……オリヴィって奴が吐いた嘘って可能性は無いのか?」
ダーシャはいつものように、少し棘のある言い方で言う。
「そ、そんな……………っ!」
イリシュは困惑する。
「証拠ならあります。オリヴィ様と国王様が映っている写真をお見せ致しましょう!」
ダズーは商品棚の奥からロケットを手にして、ロケットを開く。
その中には、幼いオリヴィが若かりし頃の現国王と一緒に笑っている姿があった。
「偽装写真の類では無いんだな?」
ダズーは首を横に振る。
「何かの大きなイベントとかで、国王が国民一人一人と写真を取れる機会があったとかでも無いんだよな?」
ダズーはまた激しく首を横に振った。
「…………。分かった、信じるよ。だが、オリヴィは国王の隠し子。愛人の息子だと」
ダーシャは屋根裏で脚を組みながら考えた後、ある一つの結論に達して、一つの覚悟を決めたみたいだった。
「オリヴィが何処にいるか心当たりがある奴を俺達は知っているぜ。他ならない、陰謀の魔王ヒルフェに会って、生死と居場所を確かめるんだよ。それが一番、オリヴィと再会出来る確率が高いと思うぜ」
ダーシャはとんでもない事を言い始めた。
イリシュもダズーも彼の発言にドン引きしていた。
「わ、わ、わ、私の周りの、ひ、人達は、なんで、こ、こうも、無茶な行動をしようとする人達ばっかりなんですか…………。ダーシャさん、絶対、絶対、殺されますよ…………」
イリシュは挙動不審に慌てふためいていた。
「ベドラムもロゼッタもギリギリの処で命賭けて腹くくってる。俺が彼女達ならどうするか?って考えたら、そういう結論になった。せっかく犠牲を伴って、吸血鬼の王がマスカレイドの裏社会を抑えてくれたんだ。どうせ。オリヴィっていうよく分からない王子様を探すだけでなく、陰謀の魔王ヒルフェとは会っておきたい」
ダーシャはムチャクチャな事を言っていた。
「ダー、ダーシャさん、なにを………………」
「どうせ俺はベドラムに拾われた命だ。イリシュ、お前にかもな。エルフの里でお前らがいなければ、俺はリベルタスに殺されていたか、一生、奴の影に怯えて長い生涯を終えていた。だから俺も腹をくくる事にした」
イリシュには、彼の意図がまるで理解出来なかった。
「陰謀の魔王ヒルフェと会ってみたい。奴を見て、オリヴィって奴の情報を手に入れるも良し。戦う事になって、あわよくば魔王ヒルフェの“固有魔法”の正体を見破っておきたい。ベドラムもロゼッタも、ヒルフェとは敵対すると言っていた」
「だからと言って、貴方が捨て石になる必要は無いでしょうに…………」
ダズーが口を挟む。
「リベルタスをぶっ殺してくれた恩をベドラムに返さないとな。リザリーや仲間達の仇となったし。俺のせいぜい百年少しの命、使い切ってやるよ」
エルフの若者は、ズックから自らの武器を取り出す。
弓矢に短刀。
エルフの戦士がよく使う武器だ。
「ベドラムは敵と味方をきっちりと分ける。あいつが世界征服宣言をした時点で、俺達はベドラムを嫌う連中を敵に回した。いずれ戦争に巻き込まれるなら、俺も役に立っておきたい」
まるで、元々、それが目的であったかのような口調でダーシャは言う。
イリシュは唖然としていた。
「だから。ヒルフェに直接、会いにいく。向こうも会いたがっているだろ」
「ちょっと、会いたがっているって……………」
イリシュは混乱する。
「イリシュ。多分、俺達がマスカレイドに脚を踏み込んだのは、とっくにヒルフェに知られている。この国の全てが奴の情報網なんだろう? なら、俺達の方から向かうしかないって事だ」
エルフの若者は静かに短刀を研いでいた。
「おい。ダズーのおっさん。欲しいものがあるんだが、この店にあるか?」
「何をお探しですか?」
ダズーは自らの店内を一通り見渡す。
「バジリスク。コカトリス。その他、何でもいいな。猛毒のパイソン系のモンスターの奴がいい。一撃で遥か格上を始末出来る奴。エルフの戦士は幼い頃から弓矢の訓練をしているんだ、格上の相手も一撃で暗殺出来るように」
ダーシャは暗い眼差しをしていた。
ヒルフェを早急に始末しておいた方がいい。
きっと。
ベドラムなら、ロゼッタなら、考えるであろう事だ。
特にロゼッタはたとえ自らの実力が不足していたとしても、実行する筈だ。
実際、ロゼッタは海域で魔王ジュスティスを始末したと聞いている。
「交渉事が決裂した場合。俺が魔王ヒルフェを殺す」
ダーシャは静かに矢じりの手入れも始めた。
問題はどう戦うか、だな、と呟く、ダーシャの瞳の決意は揺らいでいなかった。
イリシュとダズーは彼を止める言葉を思い付かなかった…………。
イリシュはぶつぶつと、なんで私の周りには死に急ぐ人ばっかりいるんだ、と呟いていた。
ダーシャはしばらく作業をした後、まるで不貞腐れるように布団に入った。
†
おそらく、魔王ヒルフェの“固有魔法”は精神操作系、精神攪乱系。彼固有の魔法で無い、他に、使ってくる魔法のスクロールは瞬間移動、ゴーレム。適当な自然系魔法。毒系魔法。その辺りといった処か。
対峙したロゼッタ達いわく、複数の黒装束の軍団を控えさせている。
おそらく、それは彼が作り出した“人型の精神体”の軍団だろう。リベルタスが使うゴーレムのような軍隊と考えれば問題無い。ヒルフェを殺せば、みな動作が停止する。
陰謀の魔王というからには、やはり、可能性が高いのは精神操作系の固有魔法を持っている可能性が高い。魔王であるからには膨大な魔力も有している筈だ。
「後は。専用の信頼出来る人間の部下を何名か持っている可能性があるな。多くて10名前後。完全な精鋭を創り上げる事を考えれば、1~3名って処か」
以前、ロゼッタ達に逃げられた事を考えれば、専用の部下は多くて3名程度の可能性もある。
人間のシンチェーロなんかと組んで、護衛のような生き方をしている魔王だ。
理不尽な武力で攻めてくるベドラムやリベルタスとは違う系統の魔王。
ダーシャは深呼吸する。
いつの間にか、ヒルフェから情報を引き出すという目的から。
ヒルフェを殺す、という覚悟になっていた。
此処に来る途中。
ロゼッタが魔王ジュスティスを海域で始末したと聞いて、考えていた事だ。
船の中でよく考えを巡らせていた。
自分も魔王殺しが出来ないか?と。
ヒルフェがいるとすれば、闇市場だろう。
そこで暗殺する。
……都合よくいくわけは無いな。防御魔法の類でガードしているだろうし。そもそも、俺が奴なら影武者的な存在を立たせておく。
なら暗殺ではなくて、対面して、ヒルフェの手札を見てから始末する事か?
†
リベルタス…………。
少年の姿をした邪悪な魔王。
燃える炎。沢山の同胞達の死。
此処でヒルフェやシンチェーロを殺せば、リベルタスに対して無力だった自分を変える事が出来るか? ダーシャは炎の悪夢を見ていた。殺されたリザリーの屍。炎によって焼かれる同胞達。嘲り笑うリベルタスの顔…………。
今じゃなくても、いい。
いつか、他の魔王を殺せばこの想いは晴れるのか?
ヒルフェを殺せば、自分の無力さと自分に対する失望感を拭い去る事が出来るのか……?
ふと、気付けば。
頭に冷たいものがあたっていた。
気付けば、イリシュに頭を撫でられていた。
「ダーシャさん。うなされていましたよ?」
この少女は本当に優しく笑う。
ダーシャは起き上がり、笑い返す。
「やはり、もう一度。オリヴィさんを探す事を私と一緒にやってくれませんか?」
「そうだな…………。元々、その為に来たのだしな」
ダーシャは寝汗をタオルで拭く。
「男の人とか。男勝りな人って、どうしても自分一人で抱え込んでしまうみたいで。先ほどのダーシャさんの考えは正直、びっくりしました。でもちゃんと私も頼って、相談してくださいね。仲間なのですから」
イリシュはかなり不安げな表情をしていた。
「ああ…………。そうだな、ありがとう」
ダーシャはそう返すが、彼の決意は揺るがないのだろうなあ、と、イリシュは心の中で思っていた。話を聞かなくなった時のロゼッタと同じ眼をしている。…………。