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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
絹の道、シルクロード
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絹の道、シルクロード 王都ジャベリンの居酒屋。 1


 夜の屋台のラーメンは美味いものだ。

 王都ジャベリンの街中では、夜の屋台ラーメンが流行っていた。

 元々はマスカレイドなど砂漠に近い場所が発祥地なのだが、辛めの香辛料を使わずにチャーシューや豚のエキス、半分に切ったゆで卵などを使ったラーメンが屋台で販売されていた。


 空を見ると闇が更けている。

 ラーメン屋の五十路近い店主がそろそろ店じまいをしようか考えていた処、二人の客が現れた。


 客の姿を見てラーメン屋の店主は唖然と腰を抜かしていた。


 一人は漆黒のドレスに薔薇の飾りを纏い頭部から異形の角の冠を被った女。

 もう一人は豪奢な漆黒の貴族の服をまとった真っ白な肌の吸血鬼だった。

 庶民の一人でしかないラーメン屋の店主でも分かる、圧倒的なまでの威圧感。


「おい。まだ店は開いてるだろ。ラーメンが喰いたい。エビのエキスが入っている奴がいい。パクチーは大盛りで」

「ベドラム。マスカレイドの屋台でしか食べた事が無いだろう。王都ジャベリン産のラーメンは豚骨が主体だ」

「トムヤンクンもパッタイも無いのか? ジャベリンの街には?」

「食文化の違いもあるからね。この王都ではチャーシューとメンマを楽しむものだよ。スープは、味噌や醤油だ」

「あー。じゃあ味噌でいい」

「私は豚骨で」


 屋台の店員の親父は明らかに、恐れ慄いていた。

 

 ドラゴンの魔王ベドラム。

 吸血鬼の魔王ソレイユ。

 何の身分も隠さずに、二人は突如現れたのだった。


「い、椅子は、ちゃんとした背もたれ出来る奴、な、無いんですが…………」

 ラーメン屋の親父は震えながらラーメンを作っていた。


「なんでそんなに私達が来て驚いてやがるんだ?」

「………………。たとえば、庶民の店で、名のあるヤクザの組長二人がいきなり現れたら誰でも怖いだろ…………」


「そうか。じゃあよく冒険者が集まる居酒屋に行って、同じ遊びをするか」

 ベドラムは意地悪そうな顔で、割り箸をパキりと割っていた。

 使い慣れなくて上手く割れずに、ベドラムは少し困る。


 二人は熱心にラーメンを食べ続ける。


「味はどうかな?」

「普通。マスカレイドの屋台ラーメンの方が好きだ。唐辛子とパクチーが好きでね」

「パクチー嫌いが多いのに、君は珍しいね」

「そうか? 私は好物だ。逆にワサビとか納豆とか駄目だ」

「それを使う料理は口に出来ないね」

「好き嫌い多いからな」


「やっぱ。背もたれ出来る椅子欲しいな。冒険者の居酒屋行くか。あそこ朝まで開いてるんだろ?」

「親父さん。これ二人分のお会計」


 ラーメン屋の親父は、吸血鬼の王から手渡された金額を見て驚愕していた。



 そこは。

 冒険者達がよく利用する居酒屋だった。


 夜が更けてもやたらと騒がしい。

 

 二人は居酒屋を見かける。


 冒険者達はビール片手にどんちゃん騒ぎをしていた。

 近くのダンジョンでミノタウロスの群れを討伐したとか。懸賞金が掛けられている大型の人喰い大トカゲを倒したとか。危険な生き物であるコカトリスの群れから逃げたとか、そんな話で持ち切りだった。遠くに行って色々な怪物退治をした事や、ダンジョンで持ち帰ってきた高価な魔導具の話もしていた。


 入ってきた二人に対して、冒険者達の半分がさあっ、と、背筋に悪寒を走らせて黙っていた。全身をガクガクと震わせている冒険者の青年もいた。


 圧倒的にこれまで経験した事の無い存在感。

 特に魔法使いタイプの者は、その二つの魔力の量に対して凄まじい重圧を感じていた。


 黒を基調とした衣装を纏った大魔族二人が居酒屋の中に入ってきたからだ。


 ベドラムとソレイユは開いている席を探す。

 中央の席を陣取っていた冒険者達が、すぐに席から離れる。


 店員もかなり混乱しているみたいだった。


 ベドラムとソレイユは中央の席に対面する形で座る。


 ベドラムは席の中かから、禿頭の中年の冒険者を睨み付ける。

 そして残酷な表情と、かなりドスの効いた声で告げた。


「おい。テメェ。“竜の女王ごとき、俺様が泣き喚くまで腹蹴っていたぶってやる”って言っていたよなあ。店の外から聞こえてたぞ。テメェ、この私に上等切ってんのか? 上等兵かあ? なあ、おい? もう一度、私の前で言ってみるか?」


 言われた中年の冒険者は泣きながら、すみません、すみません、すみませんと、必死で命乞いを始めていた。

 冷たい床に必死で全身をこすりつける。


「ベドラム。あまり庶民をイジメないように」

 そう言いながら、吸血鬼の王は店員に穏やかな口調で訊ねた。


「此処。魔族入店禁止じゃないよね? 魔王二名入店したいんだけど」

 ソレイユは店員の女性に訊ねる。

 店員の女性は半泣きになりながら頷く。

 

「心配すんな。私ら、お前らに危害加える為に来たわけじゃねぇーから。改めて、みんな楽しく騒いでくれ。でも、今、地面に犬みたいに這いつくばってる、このハゲは別だな。私には面子があるんだわ。聞こえた以上、こいつは制裁するわ。お前、私が良いって言うまで私の脚置き場な」

 ベドラムは、冷たい地べたに這いつくばる中年の冒険者の頭を、本当に脚置き場にしていた。ぐりぐり、と、体重を掛けて後頭部をブーツで踏んでいく。


 二人はメニューを見ながら、店員に注文を言っていく。


 ソレイユはアルコール度の高い酒を注文する。

 ベドラムは甘いデザートとアイスティーを注文した。


 店にいる冒険者達は生きた心地がしないみたいだった。


「なんか空気悪くしてしまったな」

 ベドラムは反省の色無く、自分を罵倒した禿頭の冒険者の頭をぐりぐりと足で踏み付けていた。


「大丈夫。翌日には彼らは自慢話にするよ。魔王二人を前にして怯えずその場にいたってね。話も盛るだろうね。人間の冒険者、英雄志望連中はそんなメンタルの者達ばかりだよ」

 ソレイユは苦笑する。


「マジかー。なんなんだ、私らの存在って」


 店員によって注文が置かれた後、ベドラムとソレイユはピリ付いた顔をしていた。


「ヒルフェとサンテが動く。エル・ミラージュの王子の動向が気になる。あの国の王子は“残酷”で、人の域を超えている。あの二人のお気に入りだろう」

「イリシュとダーシャが、馬鹿王子を探しにマスカレイドに向かったらしい。ちゃんと手は回しているんだろうな?」

「マフィアは私には逆らえない筈だよ。ただオリヴィと言ったかな? 私の手が回るまで生きていたかは分からない。そうなっていた場合、諦めるしかないね」

「結局、お前、ヒルフェより権力あんの?」

 ベドラムはパフェのラズベリーを口に頬張る。


 ソレイユは沈黙し首を横に振った。

 吸血鬼の王の力では。

 ヒルフェと彼の息が掛かる者まで抑え込む事は出来ないと言った処か。


「庶民の店の味も悪くねぇーな」

 ベドラムは、店員に笑い掛ける。


 しばらくして、冒険者達は二人の大魔族の話に聞き耳を立てているみたいだった。

 中には、一攫千金や、名誉になる冒険譚が出来ないかチャンスを狙っている者達もいるみたいだった。結果として彼らにとって、今夜は特別な夜になるだろう。


 世界の覇権を掛けて人間界侵略を目論む魔王二人が、ふらりと、庶民の居酒屋にやってきたのだ。

 

 夜も更けた頃。

 ソレイユは持ち前の交渉術によって、冒険者達と仲良く酒を飲み交わしていた。

 ベドラムは禿頭の男を解放した後、ふんぞり返って、店の隅でバカ騒ぎを眺めていた。


「魔王様二人が、どうしてこちらに?」

 女冒険者が二人程、ベドラムに話し掛ける。

 それぞれ、稲妻を使う魔法使い。女戦士といった処だった。二人共、若く美人だった。


「ロゼッタの馬鹿王女も庶民の店に行くって聞いた。ソレイユもらしいな。自分の領地は、自分の眼で確かめておきたいんだってさ。私もそれに倣う事にした」

 追加注文したメロンパフェのメロンを齧りながら、ベドラムは面倒臭そうな顔をする。


「魔王様の普段のお仕事ってなんですか?」

 魔法使いが訊ねる。


「私の場合は空中要塞の管理。今は世界征服の計画の準備をしてる」

 ベドラムはそっけなく返す。


 世界征服という言葉を聞いて、彼女達は実感がまるで湧かないといった感じだった。

 人間界を侵略する邪悪な魔王のイメージと、仲間と一緒にふらりと人間界の居酒屋に寄ったベドラムは、既存の悪の魔王のイメージからかなりかけ離れていたからだろう。


「私、ベドラム様に憧れてまして! 剣の腕がとても素晴らしいとか」


 ベドラムはまんざらでも無いといった顔になる。


「まあな。世界最強の剣士を目指してる。……お前、アルコール臭いな。ドラゴンはアルコールを控える。ただでさえ暴力を本能として持つ生き物だ。同志内で争わない為に、脳を鈍らせるものは控える文化がある。人間はどうなんだ?」


「人間もお酒飲み過ぎたら、殴り合いの喧嘩にもなりますよ! あと、さっきのハゲ親父、仲間内で威張り散らしてセクハラ発言多かったからいい気味でした!」


 女戦士は、ベドラムに羨望の眼差しを抱いていた。


「それはどーも」

 ベドラムは黄色い声を上げる女達を見て、面倒臭そうな顔でガリガリとスプーンを齧っていた。


「あと。お前らがダンジョンって呼んでいる場所は、太古の魔族達の拠点だった場所だ。どんな罠や怪物を残しているかわかんねぇー。確かに珍しいものや金になるものが多く見つかるかもしれねぇーが、あんまり深入りすんなよ」


 ベドラムはダンジョンの危険性に付いて、冒険者に説教し、トラップなどの蘊蓄を話す。危険区域の事も話す。冒険者達は、真剣な顔で“魔王”の話を聞いていた。


 ソレイユはマスカットのワインを飲みながら、相変わらず、面倒見がいいな、と呟いた。

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