吸血鬼の街、イモータリス 秘密の会議。3
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ちょうど。
イリシュとベドラムが秘密裏に作られた会議室で話し合いをしている頃だった。
王都の図書室だった。
ロゼッタと騎士団長ヴァルドガルトの二人も、話し合いと計画を進めていた。
「人類の負の遺産とされる『魔法学院・ローズ・ガーデン』の調査を進めなければならないとベドラムから言われているわ。深海の魔王サンテを生み出した場所って聞いたわ」
王女は魔法学院関連の蔵書をテーブルの上に並べていた。
「そうですか。人間社会における様々な国々も、負の遺産に関してはタブー視していると聞いている。私も独自に調査する者達を派遣しなければならないと考えております」
「あのイカれた竜の王が世界征服とか目論見出したから、人間側も黙っていられないのよね。人類にとって脅威となる世界を支配しようとする魔王は、人々の英雄によって、滅ぼされるべきだって古の伝承に書かれていたわ」
ロゼッタはベドラムに対して腹立たし気に吐き捨てた。
ベドラム自体とのわだかまりが解消されたわけではない。
竜の魔王のせいで、騎士団の者達が沢山、死んだ。
騎士団の者達とは、ロゼッタは幼い頃から交遊があった。沢山の顔見知り達が炭化した骸骨や炭と化した事実を消す事は出来ない。亡くなった者達の親族も、ドラゴンを恨んでいるだろう。
今後、どれだけベドラムと仲良くなったとしても。
この事実をロゼッタは生涯、許さないと思う。
「英雄や勇者に値する人物が悪の魔王を討つなら良いのですが…………。実際は、裏社会のマフィアと各国の独裁者が募って、各々のビジネスの為に動き出すでしょうな。ベドラム殿は、人間界のクズ共の格好の的になる。マフィアと利権屋が大量に武器を世界中に横流しして、戦争ビジネスを始めると思いますな」
ヴァルドガルトは、魔族よりも、人間の裏社会に強い嫌悪感を示しているみたいだった。
「崩壊炉もローズ・ガーデンも、戦争の産物として作られたのよね?」
人間界のタブーの事に触れてみる。
「らしいですね。我々、王都は魔族ばかりを脅威と見なしてきましたが。世界情勢を読む限り、人間社会の方が腐り切っている」
「ベドラムは平和の魔王も名乗っている。皮肉極まり無いわね……。世界を征服して、全体主義の体制を敷いた方が、血の争いを最小限に抑えられるなんて」
「でも、誰も全体主義を望まない」
ヴァルドガルトは顎鬚をこすりながら大きく溜め息を付いた。
「違いないわ。私だって、ベドラムに全て賛同しているわけじゃない。王都は王都として独立国を続けたいから」
ロゼッタは人間世界の負の遺産の資料を手にしていた。
魔法学院ローズ・ガーデン。
あらゆる人体実験を行い、あらゆる生命を冒涜し続けた悪名高い研究施設。
表向きは魔法を学ぶ場所として、魔法使い志望者の若者を集い、若者達を被検体として人体実験の材料にし続けた施設。
今は封鎖されているが、この施設によって行われた非道な技術は世界中に散らばっているのだと言われている。そして、時間魔導士フリースはかつてその関係者だったという噂が広がっている。
「フリースの本性はなんだと思う?」
「“自分を善人だと思い込んでいる悪人。あるいは狂人”だと思います。私も幼い頃から彼女を見てきていますが。彼女の言動は、一般的な人間の倫理観と思考がズレてしまっている」
魔王ジュスティスによって王都の各地に配置されていたキメラ達は元を辿れば、ローズ・ガーデンの人体実験によって生み出された魔法なのだという。
ジュスティスの残した痕跡を調べるにあたって辿り着いたのは、なんとジュスティスはローズ・ガーデンとは無関係の外部の者だったという事だ。
つまり、キメラ製作の魔法は人間社会の裏側に出回っている可能性が高い…………。
「シンプルに、魔王ジュスティスが人体実験施設ローズ・ガーデンの中心人物だったら、この世界の大部分は救われたと思う。私自身の心も」
ベドラム以上に王都を蹂躙し、裏から支配していた魔王に対してロゼッタは強い憎しみと敵意を持っていた。きっと、あの魔王からどんな事情があったり悲しい過去があったとしても、彼を決して赦しはしないだろう。
「しかし、現実は、ジュスティスは魔法学院の部外者で、その技術を再利用していた者でしかない」
「邪悪なキメラ使いが何名も人間社会に潜伏している可能性を考えるだけで、気分が悪くなるわね」
「ベドラムが世界征服を宣言した以上、私は彼女に従わない。あの女は私達の、人類の敵になる可能性が高いと踏んでいるわ。少なくとも王都の敵になる。もし敵対した時は…………」
ロゼッタは図書館の中を見渡す。
この図書館内には様々な魔法の研究所や、特殊な魔法のスクロールの作り方、魔導具の作り方の書籍が並んでいる。
ロゼッタはより強い魔法使いになりたいと思った。
一国を守る者として。
沢山の命の守護者として。
「私はベドラムを殺す。私が魔王を討つ勇者になる。おとぎ話のように、魔王は勇者に討たれて、世界が平和になる物語を私が作る」
ロゼッタは自らが携帯している魔法の杖を握り締める。
ロゼッタの魔法『アクアリウム』は攪乱系の魔法の側面が強く、攻撃、破壊に特化したベドラムの『ゴールデン・ブリッジ』とは相性が極めて悪い。
更に、ベドラムを殺すとなれば、彼女の“家族”であるドラゴン達とも全面戦争になるだろう。
「ドラゴンという種族全員を根絶やしにしてやるわ。人間に害を為す魔王傘下にいる魔族達を討ち滅ぼすのが、勇者の務めなのだから」
ロゼッタの言葉は確かな覚悟に満ちていた。
その横顔を見て、ヴァルドガルトは不安そうな顔になる。
王女はとても精神があやうい。
マスカレイドの裏社会の時も、一国の王女でありながら、裏社会のボスであるシンチェーロに暴行を働いた。
それを聞いて、ヴァルドガルトは心底、ロゼッタ王女に対して呆れたものだ。
本当に頭が痛かった。
「私は…………より血が流れない、穏便な方向を願っております。もう仲間達の死体を眼にしたくない」
騎士団長は、大切な妻子の事を思い浮かべる。
自分にとって守りたいもの…………。
「私は魔族とは対話不可能だと、ずっと思っておりました。騎士になったその時からです。でもベドラム殿は違う」
「何も違わない…………」
ロゼッタは頑固に跳ねのけるように告げた。
戦争。世界平和に関して考えると、様々な立場や種族の者達が各々の立場で意見を言い合う。何が正解なのか分からない。
此処は図書室だ。
歴史に関する本ならいくらでも揃っている。
歴史から学べるものなら学ぶべきなのだろう。
ヴァルドガルトは、王女には反論せず、無言で歴史や戦争に関連する棚へと向かった。
…………ヴァルドガルトは、ベドラムの腹をこの手の剣で貫いた事がある。その時の感覚を覚えている。魔王と言えども条件が揃えばあれ程までに脆いのだ。
もし確実に殺す為に首を刎ねようと、あの時に判断したならば、ベドラムを確実に殺せたかもしれない。
だが、もし、そのような事をすれば魔王ジュスティスの目論見通りになった。
報復の為にドラゴン達が全力で王都を襲撃しただろう。
完全なまでに王都に生きる者達が、一人残らず灰へと変わっていただろう。
年齢を重ねると守るべき者達の“重さ”が分かってくるものだ。
ロゼッタ王女は、若くまだそれを知らない。
きっと、これから学び、知っていかなければならない。
ヴァルドガルトはベドラムを友人として、仲間として敬意を抱いている。
彼女は力と破壊を信条としているが、同時に“義侠心”を重んじている。
……ようはベドラムは“仲間想い”なのだ。
ヴァルドガルトは、エルフの里での彼女の活躍を聞いて、その事を確信していた。