吸血鬼の街。不滅の街、イモータリス 4
『吸血鬼の街、イモータリス』
人間のシスターと吸血鬼の青年が、王都の教会へと侵入した二日後の事だった。
イリシュとゾートルートとダーシャの三名。
三名は吸血鬼の王であるソレイユという男に助力を求めに、吸血鬼達の街である不滅の街イモータリスへと向かった。
ソレイユは魔王として戴冠したがっている力の強い魔族の一人らしい。
「あの……かなり怖いんですが」
イリシュは王都教会のシスターの姿で、この不滅の街イモータリスへとやってきた。
吸血鬼達は教会を嫌っていた。
人間社会における教会の使う光の魔法は、吸血鬼達を魂ごと焼き滅ぼす事が出来る。また教会の信条においては、吸血という明確な人喰いを行う種族を憎悪していた。吸血鬼達の苦手な銀の武器の生成を行ったのも、かつては人間界の教会なのだと聞く。
ちなみに教会の象徴である十字架を嫌う吸血鬼も多いらしい。
十字架自体に吸血鬼を撃退する光魔法が施されている場合や、十字架そのものが恐怖の象徴として嫌っている吸血鬼も多いとの事だった。
教会に所属している証であるシスターという服は、吸血鬼をもっとも威嚇し刺激するファションだった。だがイリシュは自らが何者であるかを示す為に、このファッションを着ていく必要があるのだと言われた。
「必要な事ですよ、イリシュさん。貴方の身元を明かさなければ信頼を得られない。大丈夫、俺が付いています」
ゾートルートは軽妙な口調で言う。
実際、わざわざ修道女の格好で、吸血鬼の街に出向くのは、猛獣が大量に生息するサバンナを大量の臭い付きの肉を持って横断するのと同じくらい危険だ。
修道女という職業を隠して、君主ソレイユに会うという選択も出来た。
だが“信頼を得る為”には、覚悟がいるとゾートルートは言う。
教会を憎悪する吸血鬼に、突然、襲撃されるリスク。
そのリスクを背負って、城に辿り着いたなら、君主はイリシュを認めるだろうと。
吸血鬼の街は暗く、不気味な木々に覆われ、星明りの下に包まれていた。
街全体が廃墟のような作りになっている。
街中を歩いているだけで、殺意や敵意のようなものをイリシュは肌身に感じる。ダーシャもそれに気付いていつでも応戦出来るように武器である弓矢を手にしていた。
「俺から離れなければ何も問題無いです」
ゾートルートだけは気楽そうな顔をしていた。
彼は吸血鬼達の君主であるソレイユ直々の部下らしく、それなりに影響力が強いらしい。
三人は牙の生えた漆黒の馬が動かす、荷馬車に乘っていた。
荷馬車の中から外を眺めると、イリシュに対して、家々から殺気のようなものが向けられているのが分かった。
やがて巨大な城に辿り着く。
ゾートルートの顔を見ると、守衛である吸血鬼達は道を開ける。
そのまま何事も無く、三名は君主ソレイユとの謁見の間に向かう事になった。
謁見の間では、長い銀髪をした美貌の吸血鬼が椅子に座り三名を階段の上から見下ろしていた。イリシュ達は跪く。
「我が『ケプリキャッスル』にようこそ。お前は人間種族の教会の女だな?」
吸血鬼の王は冷たい瞳でイリシュに訊ねる。
「はい…………」
イリシュは身構える。
「お前が生まれる以前。遥か昔の事だが。お前達、教会が“太陽の魔法”を生み出した事によって、人間と吸血鬼の戦争は起こった。それを知っているな?」
「もちろんですとも…………」
修道女の見習いであった事に聞かされた事がある。
その為に、教会は吸血鬼達から相当に忌み嫌われているらしい。
「まあいい。むしろ私はその太陽を今では信仰しているのだよ。我が吸血鬼達を滅ぼす力であり、そして後に人間の土地にて『崩壊炉の荒野』と呼ばれる、生者が近寄れぬ場所を作った不滅の太陽の魔法を…………」
イリシュはその話は伝承でしか聞いた事が無い。
人間達の教会がかつて、光の魔法。太陽の魔法を生み出した。
それは吸血鬼を始めとしたあらゆる魔族に友好な魔法となった。
だが、時代は流れ、科学を研究していた者達が太陽の魔法を応用してエネルギー開発に乗り出した。
つまる処、原子力発電と核兵器。
核実験を繰り返した結果、かつて都市があった場所が一夜にして無人の荒野と化し、核から生まれるあらゆる生命への有害物質が滞留し続ける『崩壊炉の荒野』という場所を生み出してしまった。
メルトダウンした崩壊炉から漏れ出る放射能は、今もなお、人間界にて、永劫に猛毒を吐き続けているのだという。
「直言しよう。私は太陽の魔法と、その産物である核兵器を手にしたい。吸血鬼は太陽を克服しなければならないのだ」
ソレイユは楽しそうな顔をしていた。
「ソレイユ様はこのような御方だ。ソレイユ様の思想を国民は受け入れてはいないが…………」
ゾートルートは、そっとイリシュに囁く。
「そして。太陽を手にすると共に、私は考えている。我ら吸血鬼族は、かつての大魔王から魔王を選抜されなかった種族だ。今の魔界の内政は混沌としている。大魔王無き今、魔王達は散り散りになり、竜の魔王は人間に肩入れをしている。魔族側の統治には、新たなる魔王が必要なのだとな」
「あの…………。つまり……………」
「『太陽と夜会の魔王』として、私が新たな魔王として戴冠するのは今が良い時期だと思わないかね? リベルタス亡き今、人間側の脅威も減った。私は人間側を悪いようにはしない。私も魔王としての地位を持つ事にしたいと考えている」
吸血鬼の王は、自らの野心を惜しげもなく人間のか弱い少女に熱心に語り続ける。
†
ソレイユの話を聞き終えた後、イリシュは教会に伝わる光の魔法、太陽の魔法の資料をソレイユに渡す事にした。複製した紙はゾートルートが持っていたが、イリシュが直々に渡した方が印象が良いだろうという事で、イリシュの手で君主ソレイユの手に渡る事になった。
ソレイユは資料と引き換えに、マスカレイドの裏社会を抑制し、仲間の吸血鬼達にオリヴィ王子を捜索、保護する事を約束した。
念入りに、ゾートルートは“この取引に対して、提案したのは、あくまでシスターのイリシュ”である事を、不自然なくらいに言っていた。
更にソレイユからは、契約書のものを渡されて、互いに署名する事になった。
そして、教会の若いシスターと、吸血鬼の王の取引は終わった。
エルフであるダーシャは、付き添ったは良いものの彼はこの取引に関して終始黙っていた。
その後、イリシュとダーシャは客室へと案内された。
ゾートルートは、何処かへと消えていた。
イリシュとダーシャが出された現地の紅茶を飲んでいた。
「あれ、これって…………」
イリシュは客人を待機させる為の控室で、冷静になって、わなわなと震える。
何故、今更ながら自分のやった事をよくよく考えられなかった?
オリヴィの事で頭がいっぱいだったからか?
何故、こんなに自分は正常な判断が出来なかったのか?
大好きな男の為か?
オリヴィに殺されたエートルの面影を重ねていたからか?
イリシュは自分は馬鹿なガキなのだと、今更ながら気付いた。
ダーシャはようやく気付いたかと言わんばかりに、イリシュの考えているであろう事を口にしていく。
「おい、人間のシスター。お前は吸血鬼の王に、人間が吸血鬼に対抗する為に研究した魔法の資料を引き渡したんだぞ。教会の資料には吸血鬼が光の魔法、太陽を克服する為の記録が記されていた筈だ。この件は、王女様は承諾したのか? あの生真面目な騎士団長は?」
エルフの青年は、呆れ果てた顔で訊ねる。
「もし、吸血鬼ソレイユ及び吸血鬼達が、人間とかつてのように戦争する事を選んだら……………」
イリシュはぼろぼろと涙を流し始める。
「お前、人間のA級戦犯になるな。拷問の末の死罪一択だろ」
ダーシャは他人事として紅茶を飲んでいた。
「ああ、これは本当に良い茶葉を使っている。いい紅茶だ。エルダーフラワーを入れている。良い香りだ」
ダーシャはまったく関係無いといった顔をしていた。
「そ、その時は、わ、わ、わたし、私、ロゼッタ様の前で、せ、切腹しないと…………」
イリシュは机に突っ伏して泣き始めていた。
「お前は、人類を裏切った忌まわしき魔女として拷問の末、火刑台で火炙りにされるべきだな。後、未来永劫、お前は戦犯、人間を裏切った悪しき魔女としての汚名を人間社会に語り継がれると思う。ああ。このクルミ入りの菓子は美味い。甘さが口の中に広がっていく」
エルフの青年は心底、自分には関係無いといった辛辣な顔をしていた。
「まあ。吸血鬼の動向に、何かあったら、ドラゴンの魔王様、ベドラムに相談しとけ。ドラゴンと吸血鬼は同盟を結んでいる。ベドラムの恩情で、お前の人類に対する裏切り行為はもみ消せるかもしれん」
「一生、ベドラム様に頭が上がらないです……………」
イリシュは泣き震えながら、顔を上げた。




