吸血鬼の街。不滅の街、イモータリス 2
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「悪いけど。私はあの軽薄な男……オリヴィに対しての好印象は無いのよね。それに自分で問題を片付けたいみたいだったから、私は行けない」
ロゼッタは、あえてイリシュに対して辛辣に告げる。
ロゼッタは王都ジャベリンの内政の為に、王都に留まらなければならなかった。
「でも。私はマスカレイドに行って、オリヴィさんの無事を確認したいです…………。でも私に戦う力はありませんし……」
ふうっ、と。ロゼッタは小さく溜め息を付く。
「…………。正直言うと、エルフの森でアリジャを治療出来る為のアイテムが手に入らなかった。オリヴィに会わせる顔も無いしね。それに私は王女。この国のお姫様。そのお姫様がマスカレイドの裏社会に喧嘩を売ってしまったのよ。……イリシュ……。その辺りも色々と考えて欲しいかな…………」
ロゼッタは罰が悪そうな顔になる。
父母や大臣、ヴァルドガルトから色々と咎められたばかりだった。
ロゼッタは、ゆくゆくは、この国の内政を行っていかなければならない。
これ以上、他国との関係性を悪化させるのは、最悪だろう。
「すみません…………」
「私は手伝えないけど、他の人達になら相談してみればいいじゃないかしら? 幸い、それなりに仲間も出来たわけだし」
ロゼッタは仲間達の顔を思い浮かべる。
「ほら。頼める者達はいくらでもいると思うわ」
そう言ってロゼッタは、イリシュの肩を強く叩いた。
イリシュは王女の優しさに涙が出そうになる。
†
そういうわけで、エルフのダーシャと吸血鬼のゾートルートの二人を頼り、二人がマスカレイドに付いていく事になった。
「エルフの森を救ってくれた恩人の一人だからな。喜んで行くよ」
エルフの青年であるダーシャは快く引き受けてくれた。
「わ、私は何もしてませんよ…………」
「そんな事は無いさ。傷付いたエルフ達の治療を行ってくれただろ」
ダーシャは気恥ずかしそうに言う。
待ち合わせ場所である、王都の広場の公園では、イリシュと吸血鬼のゾートルート、エルフのダーシャの三名がいた。時刻は夕刻を過ぎ、夜に差し掛かっていた。吸血鬼は人間界の光が苦手なので、吸血鬼のゾートルートに合わせて待ち合わせ時間を組んだ。
マスカレイドに向かう前に、公園で三人で話し合おうという事だった。
公園のベンチで、ダーシャは護身用の弓と矢を弄りながら、軽く舌打ちをする。
「なあ、ゾート。お前とも旅する事になるのか…………。お前らには悪いが、俺は吸血鬼達が俺とイリシュにどういう態度を取るか分からない。エルフは不信感の強い種族なんでな。今、見た処、俺が護身で持っている弓と矢の矢が不足している。後、マスカレイドに向かうなら、闇市にも当然向かうんだろ? 攻撃魔法などのスクロールも多めに持っていきたい。少し待っていてくれるか? 用事は出来れば、今日中に済ませておきたい」
ダーシャは疑い深く、吸血鬼の青年の顔を見据えていた。
「はい。構いませんよ。それで安心、信用していただけるなら」
ゾートルートは、へらへらとした顔をしていた。
「分かった。もうすぐ武器屋が閉まる時間だ。俺は矢とスクロールを補給してくる。……念の為に言っておくが。ゾート。イリシュに何か変な提案を持ちかけるなよ?」
ダーシャはそう言うと、急いで武器屋へと向かっていった。
月明かりの下、イリシュと吸血鬼のゾートルートの二人だけになる。
二人共、ベンチに腰掛けた。
「イリシュさん。助けたい人がいるのは、歓楽都市マスカレイドなんですよね。もしブラック・マーケットに行くのでしたら、一度、俺達の領地に行って、領主様に何か助力を得られるか頼んでみるのもいいかもしれませんね」
吸血鬼の青年ゾートルートは笑う。
「というと?」
イリシュは首を傾げる。
「マスカレイドの裏社会には、吸血鬼達がかなり入り込んでいます。それこそマーケットの常連には吸血鬼が多い筈。そもそも人間の新鮮な血液の大きな輸入先の一つがマスカレイドですし。人喰い鬼であるオーガが手にする“人の肉”が手に入ったり。ほら、臓器移植の為の売買もよく行われているんでしょう?」
ゾートルートの話を聞いて、イリシュはあの国の闇を感じた。
やはり、世界有数の歓楽都市。
色々な闇がぽろぽろと零れ出てくる。
「あれ……。もしかして、人間界って結構、魔族に内部から侵略されてる?」
イリシュの顔は蒼ざめていた。
「人間と魔族なんて、裏では、かなりズブズブですよ。明確に魔族と対立していた過去のジャベリンの方が珍しいです。もっとも、今は空中要塞と同盟国らしいですが」
「わ。わ。私って、かなりの世間知らずだったんですね…………」
「吸血鬼は“美とビジネス”を重んじます。ビジネスとは、交渉事全般です。イリシュさん、もし、あなたがそれ相応の対価を払えば、俺も、俺の君主も、貴方の目的に対して、全面的に協力してくださるでしょうね」
ゾートルートは、イリシュの耳元で囁くように言う。
彼が、悪魔の囁きをしている事に、イリシュはまるで気付かなかった。
イリシュはしばし悩み考えた後、ふとある事を思い付く。
「ゾートルートさん! 私に出来る事はありませんか? 私に出来る事ならなんでもします! たとえば、私は教会の修道女をしています。教会には沢山の蔵書が眠っています! 吸血鬼に関する書物もあって、何か吸血鬼達に役立つ書物が沢山、置かれているかもしれません!」
イリシュはとんでもない事を言い出す。
ゾートルートはその言葉を聞いて、しばし唖然としていた。
かつて、こんなに“カモ”になるような人間がいただろうか。
こんなに都合よく利用しやすく、更に“価値を生む地位がある人間”がいただろうか。
この小娘は、今、どれだけヤバい事を言っているのか、まったく理解していないのだろう。無知は罪としか言いようが無いのだろう。
この小娘は、教会や人間の事情を何も知らないのかもしれない。
ゾートルートはしばらく考えた後。
無知な人間の小娘を、自らの君主の為に“利用する事”に決めた。
もし成功すれば彼の君主は、さぞかし喜んでくれるだろう。
「もしかしたら俺達吸血鬼なら、貴方の友人のお力になれるかもしれません。良ければ二人でお会い出来ませんか?」
ゾートルートは満面の笑顔で言う。
「何処です?」
イリシュは訊ねる。
その瞳は純粋そのもの、無垢そのもの。
他人を疑う事を知らない者といった瞳をしていた。
「明日の夜。人々が寝静まった頃、王都ジャベリンにある、貴方が勤めている教会で…………」
ゾートルートの瞳に、何か思惑がある事に、この時、イリシュは気付かなかった。
この小娘は、今後、人間全てに対して“重要な裏切り行為”を働く事になるだろう。
だが、ゾートルートは自らの君主への忠誠を優先した。
イリシュが今後、どうなろうが知った事ではない。
吸血鬼の青年は、そう心の中で決めた。
人間でも“裏社会”においては。
騙される方が悪く、愚か者なのだから。
しばらくして、エルフのダーシャが戻ってきた。
そして、歓楽都市マスカレイドに向かう際の作戦を色々と話した。
歓楽都市の裏社会は吸血鬼が影響力を持っている。
マスカレイドの裏社会を黙らせる為に、まずは『吸血鬼の王ソレイユ』に対して懇願してみるのはどうか?というのがゾートルートの提案だった。ちなみにゾートルートは、ソレイユの腹心の部下だった。直々の願いは聞いてくれるだろうと。




