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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
世界樹のエレスブルク
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世界樹のエレスブルク 迷いの森とエルフの里。3


 イリシュとフリースの二人は、二人組のエルフによって集落に案内された。


 意外な程に、集落に入り込む事が出来た。


 長老は何名かいるみたいだが、イリシュ達と会ってくれたのは一人の長老だけだった。


「わしらでは無理じゃろうなあ。その娘を治すのは」

 長老は先に結論を出す。


「まあいい。人間達、ゆっくりしていけばいい。此処にはエルフ独自の文化がある。色々なものを見ていきなさい。暖かい食事もある」


 二人は意外にも、かなり歓迎された。


 今日はちょうど、祭りを行うのだと言う。

 森の豊穣を願っての祭りなのだという。


「…………エルフの豊穣の時期は今日じゃ無かった気がするんだけどなあ…………。私の知識によければだけどねぇ」

 フリースは首を傾げた。

 

「私達の為にわざわざお祭りを開いたんですかね?」

 イリシュは訊ねる。

 彼女も不安げな顔をしていた。


「そうだといいんだけどねー」

 フリースは何かを含むような言い方をした。


 祭りの準備という事で、食事の美味しそうな香りが漂ってくる。


「まあいいや。それはそれとして、楽しもうー」

 食事と酒の匂いにつられて、フリースは深く考えていないみたいだった。


 エルフ達は、森の魔法を色々と見せてくれた。

 それは美しい花々が空中に広がる魔法だったり、水鏡の中に幻影を作り出す魔法だった。自分達を案内してくれたエルフであるダーシャとリザリーの姿もあった。

 二人は恋人同士なのだろうか。

 エルフの里では、そういった概念を持たないのかもしれない。

 ダーシャとリザリーの二人は、自分達は幼馴染でずっと一緒に暮らしてきたと言っていた。


 イリシュはこのとてつも美しいエルフ達のもたらす魔法に惹かれていた。

 そこには、一つの森が生み出す万華鏡のようなものがあった。


 色々な痛みは重なっていく。

 けれども、その痛みを忘れる時間が今、イリシュの中にはあった。


 近付くと、隣にはダーシャとリザリーの二人がいた。

 

「綺麗ですね」

 イリシュは呟く。


「私達の自慢の文化なの」

 リザリーが笑った。

 イリシュも笑った。

 ダーシャは酒で喚き散らしているフリースを見て、呆れた顔をしていた。


 イリシュはリザリーから手製の花冠を貰った。

 イリシュは水鏡で、自分の顔を見る。

 色々な花々で彩られた王冠がとても美しい。


「これは一夜にして枯れる冠です。森もエルフの寿命も果てしなく長い。でも、だからこそ、一瞬の時間を大切にしよう、って意味を込めて作られた魔法の花の冠。どうぞ、イリシュさん」

 リザリーの笑顔が微笑ましかった。

 イリシュは、この時間が永遠に続けばいいなと思った。

 ダーシャはフリースと飲み比べをしようという話をしているみたいだった。

 エルフの里はとても幻想的だった。


 宴の夜は更けていった。



 エルフ達の歓迎会の祭りが終わった後、テントの中で寝ていた。

 テントの中にはベッドがあった。


「本当に意外だったね。こんなに友好的だとは思わなかったよ」

「確かに。そう言えば、ロゼッタ様とベドラム様はどうしましょう?」


 イリシュに言われて、フリースはぽわぽわーと、いい加減そうな表情になる。


「まー。あの二人なら大丈夫でしょ。サバイバル生活も普通に耐えられそうだし。どんな魔物に遭遇しても切り抜けられるでしょ」

 かなりいい加減な口調で返された。


「あの。少しお話していいですか? フリース様…………」


「どうぞー」


「私の愛していたエートルは、温厚な善人のフリをしていた倫理の魔王に騙されて殺されました。マスカレイドでは、友人になったオリヴィさんから、家族間の闇をほんの少しだけ聞かされました。……その、私、人間不信になっているかもしれませんが、何か裏があるんじゃないかと…………」

 

「まー。何かあっても、なんとかなるでしょー。それより、私はこの集落の古文書を漁りたいな」

 そう言いながら、フリースはベッドに潜り込んだ。

 宴の席での酒が残っているのだろう。


 イリシュは下戸だし、酒を飲める年頃じゃない。

 イリシュは小さく溜め息を付いた。


 真夜中頃だろうか。

 テントに何者かが訊ねてきた。


 二人の若いエルフ。

 ダーシャとリザリーの二人だった。


「やっぱり、お話があって………………」

 女性のエルフである、リザリーの方から切り出し始めた。


「長老様達は、どうやら、貴方達二人を、魔王リベルタスへの生け贄に捧げたいみたいなんです…………」


 それを聞いてイリシュは息を呑む。


「どういう事でしょうか…………?」

 イリシュは訊ねる。


「エルフの領土は、魔王リベルタスと同盟を結んでいるみたいになっているけど……。実質的には、奴の支配下に置かれている。魔王が人間達への侵略を始めた場合、エルフを奴の先兵に使うつもりでいるんだ」

 ダーシャは悔しそうな顔をしていた。


「俺はもう一度、エルフの誇りを取り戻したい。俺が生まれる前はあったと聞いている。魔族の下に付かずに、エルフ達の尊厳を取り戻したい。その為に、俺は日々、修練を重ねている」

 ダーシャは意気込みを口にする。


「うん。だから、私達は貴方達を自由の魔王の人身御供(いけにえ)にしたくない。だから、此処から逃げて」


 イリシュは嬉しそうな顔をする。

 フリースの方を見る。

 薬草ハーブのハチミツ酒とエールは美味しかったと、むにゃむにゃ呟いていた。


「大丈夫です。私達の側にも、魔王が付いています。彼女なら話が通じると思います。彼女はおっしゃっています。リベルタスを倒したい、と」

 イリシュは、力強くエルフの青年の両手を握り締めた。


「じゃあ、ひとまず、フリースさんを起こして逃げます…………」


「すぐには無理だ。村の出入り口は、何処も守衛が見張っている。みなそれなりに力のある自然魔導士達だ」


「それならどうするんですか?」

 イリシュは訊ねる。


「古い伝承などの資料がある洞窟の向こうに向かう。そこなら守衛はいない筈だ。そこから抜け道がある、そこに行こう」

 ダーシャ達は、エルフの森に入り込んだ人間二人を奥へと案内していった。



 四名は洞窟の奥へと進んでいった。

 洞窟というか、遺跡のようになっていき、察そう神殿のような形状をしていた。幾つもの石像があり、彫刻が施されている。


「これは本当に凄いものだねえぇ」

 フリースは楽し気に言う。


「何百年も前から、長老様達が護っている者だ。洞窟は迷路のようになっているけど、森の出入り口になる場所だけは知っている」

 ダーシャは少し彫刻を見ながら眉をしかめる。


「もっとも。俺には一体、何の価値があるか分からないけどな」

「もうダーシャ。駄目だよ、そんな事、言っちゃ」

 リザリーは彼を嗜める。


 フリースはエルフの二人に見つからないように、遺跡の一部にはめこまれた魔導石やら何やらを懐にしまい込んでいるみたいだった。面倒事が増えないように、イリシュは時間魔導士の行動を見なかった事にする。



 洞窟の出入り口だった。


 光が刺し込んでくる。


「アリジャさんを助ける事は出来ませんでしたが、楽しかったですね」

「そうかい? 私個人としてはかなり得られるものがあったよ。ありがとう、ダーシャ、リザリー」


 四人は手を取り合う。


「じゃあ、また会おうな。人間の友達」

「森の外でなら、自由に会う事が出来ると思う」

 エルフの若者達は、人間二人を送り出した。


 イリシュは洞窟の入り口に歩みを進める。

 ぞくり、と、寒気がした。

 

 人が立っていたからだ。

 少年だ。

 見る限り人間の少年だ。

 耳は尖っていない。エルフでは無い。

 魔導士のような服装をしている。


 年齢は十代半ば、いや、もっと幼いのだろうか。

 何よりも不気味なのは、アンデッドのような肌だった。吸血鬼のように真っ白なわけでも、ゾンビのように腐敗しているわけでもない。青銅のような色の肌で、色褪せた彫像のような印象を受ける。


 イリシュは知っていた。この感じは…………。

 この禍々しく不気味な感じは…………。


 フリースも身構えて魔法の杖を取り出す。


 困惑しているのは、ダーシャとリザリーの二人だった。


「なんで、人間がこんな場所に…………」

 ダーシャは困惑していた。


 魔導士姿の少年は、薄ら笑いを浮かべながら四人を見ていた。


「ねぇ。俺と遊んでくれるかい?」

 少年は無邪気に人差し指の先を口元に当てた。


 この場にいる自分達以外の人間…………。

 そして、魔王ベドラムにも匹敵する圧倒的な魔力量。


 イリシュは攻撃魔法のスクロールを懐から取り出す。

 自分の力では戦力になれないだろう。

 だが、何としてもこいつを退けなければならない。


「あ。そうだ、俺、エルフの人達には言ったよね? 森に迷い込んだ人間は一人残らず生きて返すなって。俺は人間が反吐が出る程嫌いなんだよね。キショいから」

 まるで、るんるん、と歌い出しそうな口調で少年は言う。


「お前が魔王リベルタスか。自由の魔王………………」


 イリシュはこの少年から、ジュスティスに通じる不気味さを感じていた。……禍々しく強く、そして底知れない程に人間という存在に悪意を抱いている。


「俺との約束を破るなんてね。そうだね、そうだねぇー。血を持って償って貰おうか」


 フリースは動いていた。

 彼女は魔法の杖を振るう。


「おや? これはこれは……珍しい魔法を使うんだね」

 リベルタスは口元を三日月型に歪めていた。


「身体が動かない。俺の周囲一帯だけ時間を止めた?」

 魔王は楽しそうな顔をしていた。

 一体、どんな攻撃を受けたのか。

 この魔王は、明らかに戦いそのものを楽しむタイプといった処なのだろう。

 フリースに好奇の視線を注いでいた。

 残酷な好奇の視線が……。


「イリシュ…………。なんとかしてベドラムと合流したい、彼女なら、こいつに勝てるかも。そもそも、ベドちゃんはこいつを倒す目的があって、私達に同行したんだと思うよ……」


 この少年は明らかにイリシュとフリースの二人を生きて帰すつもりは無いといった表情をしていた。仮にこいつから逃げ延びたとしても、エルフ達は罰として大量に処刑されるだろう。

 

「フリースさん、こいつ、どれくらい強いんですか?」


「ざっと見て、魔力総量は私より遥かに上だね。こいつの魔法を暴かなければならない。いやいや、その前に私が魔力で押し負けている……。時間停止魔法が押し返されている……………。ベドちゃんなら、こいつと戦えるかも…………」

 フリースの言葉には、仲間である魔王、ベドラムへの確かな信頼があった。

 イリシュは息を飲む。

 ベドラムの強さは、自分達の中では桁違いだ。

 仮にレベルがあるとしたら、自分やロゼッタ王女のレベルが25として。ベドラムは250~500くらいの力量差がある。


「我々、魔族を裏切って、人間に与した竜の王ベドラムかあ。俺、あいつ嫌いなんだよねー。そう言えば、俺の“眼”達が、墳墓で竜の王を確認したみたいだね。キング・ベヒーモスも、強力な大地の精霊も簡単に倒された」

 ふう、っと。リベルタスは明らかに面白くなさそうな顔をする。


「貴方達は逃げてくださいっ!」

 イリシュが後ろのエルフ二人に叫ぶ。


 瞬間。エルフ二人が洞窟の奥の遥か遠くへと移動させられていた。

 フリースの魔法だろう。

 時間を戻した……?

 空間を操った……?


 対するリベルタスはフリースに動きを止められながらも、何らかの魔法を使っているみたいだった。周辺の石像が次々と倒されていく。何か得体の知れないものが周辺を飛び回っているみたいだった。


 魔王リベルタスと時間魔導士フリースの戦い。

 イリシュには何が起こっているのか分からなかった。

 イリシュには何も出来ないかもしれない。ただ、逃げる事も出来なかった。


 フリースが次なる魔法を放とうとしていた…………。


 何かが弾け飛ぶ音が聞こえた。


 フリースの左腕が吹き飛んでいた。

 彼女の腕から出た鮮血が、洞窟の壁に張り付いていく。

 その後、フリースの腹がくり貫かれて、彼女は地面に崩れ落ちる。


「えっ…………?」


 イリシュは愕然とした眼で、倒れたフリースを眺めていた。


 リベルタスは、悠然と歩みを進めていた。

 彼はイリシュを一瞥するが、気にも留めないみたいだった。


 そして去り際に告げる。


「竜の魔王を呼んできなよ。俺も奴を始末したい。魔族の恥さらしの首を今日こそ落とせるんだ。楽しみで仕方無いね。ああ、うん。とっても今日は良い日になると思う」


 そう言うと、リベルタスは洞窟の奥へと向かっていった。

 イリシュなど、何の障害にもならないといった態度みたいだった。


 後には、息一つしていないフリースが横たわっていた。

 腹からは内臓が飛び出している。彼女の瞳は虚空を眺めていた。

 よく見ると、胸元のちょうど心臓部位に当たる部分にも、小さな孔が開いていた。じんわりと胸部から血が溢れ出していく。


「え、あれ……?」


 イリシュは事実を理解するのに、たっぷり一、二分程、時間が掛かった。

 時間魔導士は死んでいた。

 王都ジャベリン最強と言われていた。数百年生きているとされている魔法使いは、自由の魔王相手に、マトモな時間稼ぎも出来ずに死んだ。あっけなく。

 

 王都最強の魔導士は躯となって、イリシュの眼の前に転がっていた。

 エートルのように…………。


 イリシュはその場にへたり込んでしまった。

 人は絶望してしまうと、まともな判断能力が出来なくなるらしい。洞窟の外に向かい、ベドラムを呼ぶ……。その選択が出来ずにいた。


「わ、わ、わ、私、動け、動け、足、足、動け…………」

 イリシュは涙を流していた。

 エートル、アリジャ…………。そして、フリースも死んだ。

 

 イリシュは震えながら忍ばせた短刀で自らの膝に刃を突き刺していく。薄っすらと真っ赤な鮮血が滲んでいく。痛みが駆け巡る。……いや、足では駄目だ。この後、走らないといけない。イリシュは自らの左腕に刃を押し当てていく。痛い、痛みと鮮血が伝わってくる。

 ようやく、イリシュは立ち上がる事が出来た。絶望と恐怖に打ち勝たなくてはならない。


「走れ、走れ! 私っ! ベドラムさんに会わないと、ロゼッタ様にもっ!」

 イリシュは必死だった。

 ほんの数分の違いで、状況はまるで変わるだろう。


 そしてイリシュは走りながら、考える。

 ……自分が殺されなかったのは、ベドラムさんをおびき寄せる為の伝達係が必要だったから……?

 勝てる事を願う。

 ベドラムをただ、信頼するしかない。

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