歓楽都市マスカレイド ブラック・マーケット 2
オークションの競りが行われ始める。
当然のごとく人身売買の類だった。
エルフ、獣人、果ては魔物、希少動物など様々なった。
仮面を被った者達は、次々と言い値で落札していく。
そして最後に、トリの商品が出される。
「さてさて。今宵のトリで御座います。麗しいこの奴隷服を身に着けている女性は、かの国のある地位の高いお方。そう、マスカレイドの王女様です! 王宮の女王様が不貞相手から産んだ王女様。アリジャ王女様です! 国王様の怒りを買い、なんと卑しい奴隷の身分にまで落とされたので御座いますっ!」
真っ黒な髪の女性だった。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
首輪を付けられ、ボロボロの汚い服を着ていた。
アリジャ王女と呼ばれた方がうつむいていたので、ディーラーは奴隷商人の一人に、王女の背中を軽く鞭撃つ。王女は倒れ、涙を流していた。
王女は顔を除くあらゆる場所を、鞭で痛めつけられていた。
これも余興なのだろう。
会場の仮面の者達は一斉に歓声を上げていた。
ロゼッタは…………。
その光景を見て、もはや、怒りを抑える事が出来なかった。
ロゼッタの魔法『アクアリウム』。
それが会場全体に広がる。
会場が幻影の水族館へと変化する。
色取り取りの熱帯魚やクラゲ達が、空中を泳ぎ回っていた。
これも余興の一部だと勘違いして、仮面の者達はまた歓声を浴びせていた。
奴隷商人達の上の者のサプライズだと思って、喜んでいた。
そんな事が十分程度、起こっていた。
マスカレイドの王女の姿は、すでに影も形無くなっていた。
†
「どうして私を助けてくださったのですか……?」
マスカレイドの王女は困惑したような顔をしていた。
「腹が立ったから。許せなかったから」
ロゼッタはシンプルにアリジャの腕をつかんで、水の魔法を拡張し、幻影の目くらましのように使いながら警備員達から身を隠していた。
裏口がある筈だ。
ロゼッタは、その事をアリジャに訊ねてみる。
「助けてくださって、ありがとう御座います…………。私は…………」
「ああ、良いって。私がしたい事をしただけだから。それにまだ逃げ切れてないし、逃げ切った後にまた話そう。貴方がなんでこんな状況になったかもね。だから、取り合えず、アリジャ、私に付いてきて」
ロゼッタは裏口らしき場所を見つけた。
罠が仕掛けられているかもしれないが、まあ何とかする。
二人は裏口の方へと近付く。
突然、物陰から謎の人物が現れた。
小太りの下卑た顔の男だった。
絢爛豪華な生地の衣装に、全身に宝石をちりばめている。
だが、ただならぬ者であるという事は分かった。
「わたしの事は御存じですかな? お嬢さん」
男は余裕そうな表情でロゼッタとアリジャを検分していた。
「オークションの目玉を台無しにしてくれた罪は重い。そちらのお嬢さんも美少女で、売りに出しても良いのだが。なにぶん、問題児を商品にするわけにはいきませんなあ……。信用問題に関わるから」
男はつらつらと何かを考えているみたいだった。
そして、ぽん、と掌を叩く。
「そうだっ! そちらの揉め事を起こした灰色髪のお嬢さんは逆さまに張り付けて、生皮を剥ぎ、鼻を削ぎ、目玉を穿り、四肢を折っていき、身体を少しずつ刻みながら公開処刑を行うという罰を与えましょうかっ! その横でアリジャ王女は、無数の男達の手で徹底して辱めましょう。無理矢理、性的興奮を得られる薬物を沢山、アリジャ王女には飲んでいただきます。とてつもなく、残酷で淫靡なショーになるでしょうなあ。似たような事をした時は、本当に観客の皆様からはチップを弾んで戴きましたし」
とてつもなく邪悪極まり無い事を言っている男は、赤ら顔で性的興奮の妄想に耽っているようだった。かなりのサディストなのだろう。
「申し遅れました! わたしはこのブラック・マーケットを取り仕切るシンチェーロという者で御座います。この国の国王も、私の前にはひれ伏している。わたしが影の王というわけですな。以後、短い間ですが、お見知りおきを…………」
シンチェーロと名乗った中年の男の顔面には、魔法の杖が叩き付けられていた。杖と言っても突き詰めればただの鈍器だ。それを日々、騎士としての鍛錬もしてきたロゼッタの手によって振るわれたのだった。
この国の裏社会の王の顔面が破裂するように吹き飛ぶ。
ついでに邪魔だと言わんばかりに、ロゼッタは中年男の顎を蹴り飛ばした後、追撃として左手の拳でもう一度、顔面を殴り飛ばした。
「さて。こいつ何だっけ? 何か言っていたけど、話が気持ち悪かったから途中から聞いてない。アリジャ、行くわよっ!」
そう言うと、ロゼッタは裏口を蹴り飛ばして開けてアリジャを連れていく。
マスカレイドの王女は、唖然とした顔で、ジャベリンの王女を眺めていた。
裏口の階段を駆け下りる。
「ロゼッタさんって、その…………腕力もお強いんですね……」
「これでも騎士を目指していたからね。剣の腕も強いよ」
ロゼッタは階段を駆け下りていく。
階段を降りた先に、一人の精悍な顔の男が腕組みをして二人を見ていた。
真っ黒な服に、口髭を生やしている。
「ボディーガード? やる気? 私はミノタウロスやオーガの軍団も、素手で返り討ちにした事があるわよ」
そう言いながら、ロゼッタは魔法の杖を突き付けて水の刃を撃ち込む準備を始めようとしていた。
「お前は辺境の国の王女だろう?」
男は無表情のまま腕組みをしていた。
「で。貴方は何?」
ロゼッタは誰何する。
「私か。私は陰謀の魔王と呼ばれている者だ。この国の権力に取り入っている。ちなみに、君が殴り倒した男のボディーガードもしていたのだがね」
それを聞いて、ロゼッタは固まった。
「もしかして…………。貴方が魔王ヒルフェ?」
「いかにも、そうだが…………」
「その……。魔王らしくして欲しいかな……、ほら、大量の魔族の軍団を従えて現れているとか。闇の魔力をまといながら、翼を生やしたいかにもな悪魔の姿をしているとか……。貴方、どう見ても、普通の人間にしか見えない…………」
「そういう生き方を選んだのでね。処で私は君を始末しないといけないのだが」
ロゼッタはわなわなと震えながら、ごめーん、と、手を合わせる。
「ごめん! 胸糞悪いゴミクズだったから殴り倒してしまったっ!」
「ついでに、オークションの商品も持ち逃げしているな」
ロゼッタは終わった、と思った。
この街に来た目的は、魔王ヒルフェの援助を願う事だった。
「身の程知らずは重々承知しているわ。でも、戦うのなら私は杖を取る」
ロゼッタは睨み付けた。
ヒルフェは薄ら笑いを浮かべると去っていった。
「私の力を借りに来たのだろう? いずれまた会って交渉をしようじゃないか。私は誰の側にも付かない、また会おう」
そう言うと、精悍な口髭の男は闇へと消えていった。
倫理の魔王ジュスティスもいない。
おそらく、当面の間は逃げ伸びた事になるだろう。
そう言えば、陰謀の魔王ヒルフェは人間に友好的という話だったが。
人間の“悪人”に友好的、という皮肉だったというわけか。
暗い路地をアリジャと共に溜め息を付きながら、宿を目指した。
アリジャからも色々と話を聞かなければならない。




