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天空のリヴァイアサン  作者: 朧塚
歓楽都市マスカレイド
20/109

歓楽都市マスカレイド マスカレイドの夜。


 イリシュはロゼッタに対して、幼馴染のエートルを重ねていた。

 勿論、性別も立場も容姿もまるで違う。

 けれども、ロゼッタとエートルには共通するものが幾つもあった。


 正義感……。そしてこの世界に対しての怒り、そして自らが無力である事に対する憤り、それ故に自らを許せないという感情からか強い他人に対する劣等感と向上心を抱えている。


 正直、ロゼッタと一緒にいると、エートルと共に生きているような錯覚を覚える時がある。勿論、そんなものは幻影でしかない事が分かり切っていたとしてもだ。


 どのみち……。

 イリシュは、ロゼッタに誘われなければ心が折れて、グリーン・ノームの村で引き籠っていただろう。生涯をエートルを助けられず、自分だけが助かった事に対して苦しみ続けていたのだと思う。むろん、その元凶が魔王ジュスティスだとしてもだ。


 ……何故、自分の方が生き残ってしまったのか…………。

 もしかすると、エートルの方がよっぽど、王女達にとって有能な力を持っていたのかもしれない。イリシュは回復魔法の制度が極めて高いとは言え、現状は足手まといだ。


 こんな事を言い出すのは、ロゼッタは嫌う。

 だから、イリシュは自分の中に溜め込む事しか出来ない。


 そんな時に現れたのが、オリヴィだった。

 あの軽薄な男は、本当にどうしようもない事ばかり言うが、あれでイリシュの話をちゃんと聞いてくれる。否定しないでいてくれる。


 何より。


「いかにも、昔の男なんて忘れて、俺の女になれよ。とか、最悪極まり無い言葉って意外と言わないのよね、彼」

 それはある種の信頼に繋がりつつあった。


 きっと、オリヴィも似たような体験をした事があるのだろう。

 だからこそ、彼の事は信じられる。



 夜だ。

 宿の下はビヤホールになっており、人々が朝までのどんちゃん騒ぎを続けている。

 王女は隣で、すやすやと眠っていた。

 やはり、旅の疲れがあるのだろう。

 イリシュは起き出して、部屋の外へと向かう。


 あの軽薄な雰囲気の青年が立っていた。

 

「王女様には秘密で二人で抜け出していかないかい?」

 オリヴィは笑う。


 イリシュも笑う。

 この男は不思議だ。

 何故か心が安らぐ。

 

 イリシュはシスター服を脱いで、マスカレイドの民族衣装に着替える。暑い国の為に薄着が心地良い。熱帯夜だった。二人は外へと出る。


「早速だけど、夜のマーケットに寄りに行かないかい?」

 オリヴィは楽しそうにイリシュを誘う。


「もうお金が無いのに!」

「それは大丈夫…………。あっ、王女様からまた借りるって事じゃないよ。ちゃんとお金を隠しているんだ。これからそこに取りに向かう」

「隠している……?」

 イリシュは首をひねった。


「いいからっ!」

 オリヴィは楽しそうに笑う。


 夜のマスカレイドは煌々と明かりに照らされていた。

 まるで黄金都市だ。

 海岸付近にあるカジノのビルがネオンライトを放っている。

 光り輝く観覧車が廻っていた。夜に開催される遊園地はサーカスもやってきて、盛況なのだとオリヴィは言う。


 オリヴィは旅人と言ったか。

 彼はこの国の事をよく知っていた。


「貴方の出身故郷でしょう? 此処は」

 イリシュは訊ねる。

「ああ。そうだよ」

 オリヴィは隠さなかった。


 街の路地をよく知った道を歩くように、イリシュを案内する。実際に幼い頃から知った道なのだろう。


 古道具屋に辿り着いた。

 オリヴィは古道具屋の扉を叩く。


「俺だ。いるだろう? ダズー、開けてくれ」

 

 しばらくして眠そうな顔の中年の商人が出てくる。


 二人は古道具屋の中に入った。

 胡乱な品物が並んでいる。金色の壺や謎の宗教絵画っぽい絵、彫像、此処の国独自の神でも祀るものなのだろうか。だが、何より埃っぽい。


「あ、あ、貴方は、いつお帰りになられたのですか……?」

 商人は慌てふためいている様子だった。


「今日の昼頃だ。異国の姫君とその仲間と一緒に此処に来た」


「左様ですか。わたしに出来る事はありますか?」


「この子はイリシュと言う。異国の地で修道女をしている。それと王女の付き人だ。彼女をマーケットに案内したい。だからそのなんだ、俺は金に困っていてな」


「それでしたら」


 ダズーは財布いっぱいの硬貨と紙幣をオリヴィに渡す。


「いいのか?」

「ええ。持っていってください、貴方には沢山の恩がありますから」

「ありがとう」

 オリヴィは本当に嬉しそうだった。


「処でオリヴィ様…………。婚約者様の事ですが」

 商人は言い淀んでいた。


「ああ。良いって、此処には嬢ちゃんがいるからさ。また戻ってくるから、その時に色々と込み入った話を教えてくれると嬉しいんだよね!」

 青年はイリシュを連れて、夜市の方へと向かう。



 夜の市場。

 マーケットは沢山の出店が出されていた。

 二人共、なんだかんだで食い意地が張っているので、焼いた鳥の串焼きなどの食べ歩きを行った。曲芸師達が玉乗りをしたり、ナイフ投げを行っている。火吹き芸など珍しいものも見る事が出来た。


 この街では、つねに夜にはお祭りが行われている。

 そうする事によって街が維持されているのだ。

 バザールと呼ばれるフリーマーケットがあちこちであった。珍しい品物やいらない生活用品、異国の服、魔法のスクロールや生活に使う魔導具、家具などが売られている。

 

 二人はあちこちを回りながら楽しんでいた


「なんだかロゼッタ様には申し訳ない気分です…………」

「仕方無いよ。王女様は俺の事を毛嫌いしているしさ」

 オリヴィは髪の毛をぽりぽりと掻いた。


「それに王女様は王女様で、俺達とは別の目的があるみたいだよ」

「えっ…………。私とも違う目的ですか……?」

「そうだと思うよ。何となく考え込んでいたから」


 お互いに騙し合っている気分だった。

 イリシュはその事実に何とも言えない申し訳無さでいっぱいになる。


「オリヴィ様…………」

「なんだい?」

「本当は、貴方は、この国の貴族以上の人間でしょう?」

 マーケットで売られている商品を眺めながら、イリシュは呟いた。


「そうだね。謀略結婚の際に、婚約者と婚約破棄する事になった。だから俺は亡命する事になったんだよ」

 オリヴィはあっさりとイリシュの問いを認めた。


「もしかして…………。王子様? マスカレイドの…………」


「正解!」

 オリヴィは饅頭風の菓子を二人分、出店で買いながら事も無げに認めた。


「と言っても、マスカレイドの王子は何名もいる。俺は国王の愛人の息子だから、面倒臭いって位置かな」

 オリヴィは饅頭風の菓子の一つをイリシュに渡す。イリシュはそれを口にする。美味しい。カレー味だ。この国特有のスパイスが効いている。


「その私は平民の出なんですが。王族貴族ばかりが周りにいて…………。何というか、いつも私なんかが、此処にいて良いのかって感じがして…………。その……オリヴィ様も王子様とは…………」

「まあ今まで通りに気さくな態度でいいよ。国の王子って身分も投げ捨てたようなもんだしさ」

 オリヴィはいつも通りに穏やかに笑う。


「そう言えば、私達の目的をちゃんと話していませんでしたね……………」

 イリシュは公園の辺りに着くと、ベンチに座る。

 オリヴィは二人分の飲み物を買ってきてくれた。


「そうだね。俺の目的も告げていない」

「お互いに腹の探り合いは止めましょう。仲間として」

「そうだね」

 オリヴィは饅頭を食べ終える。


 夜空にネオンライトが輝く。

 公園のすぐ傍には光輝く観覧車が廻っていた。

 観覧車の下には数多のカップル達が列に並んでいた。


「俺の目的は、この国を裏から支配するマフィア、シンチェーロを殺す事だ。奴は王宮を及びマスカレイド全体を裏で支配し、王は、その傀儡と化している。俺の婚約者であるアリジャは、シンチェーロの手に渡っている。俺は奴を許せない…………」


「私と王女様の目的は人間と魔族の和平交渉。この国にいる陰謀の魔王ヒルフェの力を借りに来ました。でも、私には大きな問題じゃないです……。私では人と魔族の和平という課題を語る資格はありません。ただ、私は私の大好きな人を殺し、故郷を裏から支配していた、倫理の魔王ジュスティスをただ、殺したいっ!」

 イリシュは膝を頑なに握り締めていた。


「魔王ジュスティスか……。そいつなら、この国のマフィア達とも取引をしている筈だ。ちょうど、よくブラック・マーケットにも顔を出す。彼は闇市場の常連だよ。得体の知れない男だ。ただシンチェーロに協力している可能性はあるな」


「此処に奴がいるのですね…………」

 まるで運命の巡り合わせみたいだと思った。

 …………いや。

 本当に運命の巡り合わせなのか…………?

 エートルは倫理の魔王に騙されて死んだ。人と魔族の戦いの裏側には倫理の魔王が裏で糸を引いていた。偶然というものがどれ程の確立で起きるのか…………。


「何か分かりませんが、ジュスティスがこの国にいるとしたら、此処を目指せと言ったのは…………」

 イリシュは少し疑い深くなっていた。

 これから会おうとしている者は他ならぬ陰謀の魔王だ。物事を裏で操る諜報などに長けていると聞く。教えて欲しいのは、謀略や騙し合いについて師事を受ける事。そして可能なら味方に付けたい。


「どうしたの? イリシュ?」

 オリヴィが少し心配そうに訊ねる。


「いえ…………。少し偶然が多すぎる気がして…………。この国の王子である貴方との巡り合わせ、そして此処に倫理の魔王がいる…………」

「俺の事を疑っているの!?」

 オリヴィはショックを受けた顔をする。


「……いえ、違います…………。私は“仲間”であるベドラム様から言われております。もし、人間と魔族との戦争に加わるなら。これからの戦いに加わるなら。魔王ジュスティスを討つ心算があるのなら…………。つねに何事も疑う事を忘れるな、と。違和感を感じたら、つねに疑え、と」

 この違和感はなんだろう。

 オリヴィから違和感は感じない。彼は本当に善人なのだと思う。そして許せない敵を倒したい。彼はまるで嘘を付いている感じはしない。

 

 …………そもそも、この国に行くように言ったのは誰か?

 時間魔導士のフリースだ。

 

 ……まさか、ね。

 イリシュは考える。


「オリヴィ様、教えてください。貴方の復讐の目的、そして復讐の計画を。私の方も出来る限り話します!」

 イリシュは頑なにオリヴィの手を握り締める。


「もちろん!」

 オリヴィは優しく笑った。

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