海上都市スカイオルム。出航。2
2
行き先のルートを進めば、嵐に直面するだろうと聞かされた。
船長や船員達は悩んでいるみたいだった。
この時期に嵐は珍しい。
嵐を迂回する事も出来るが、もし、ルートによっては海の魔物が巣食う場所を通る事になる。船員達の何名かは魔法使いだった。多少の魔物なら撃退出来る。
†
「私は手を出すと言っていない。でも彼はどうかな?」
暗黒の浅瀬にて、魔王サンテは歌でも歌うように独り言を喋っていた。
「『アルクォン・シエル』。君は人を襲いたいんでしょう? ならそうすればいい。私はそれを止める事は出来ないよ。魔物の領海に踏み込んだ奴が悪いんだよ、だから、領海に踏み込んだ奴らは餌になればいいさ」
この浅瀬を通して、サンテは世界中の海の実態を把握する事が出来る。
一国の王女が乗った船を、彼なら転覆させる事は簡単だろう。
サンテにとって、他の魔王達の思惑など知った事じゃない。
だが、彼女はただただ人間という存在を深く憎んでいた。
もし、サンテの友人の海の魔物に喰い殺されるのなら、それだけの話だろう。
3
船は大嵐を受けるルートを大きく回避した。
到着に一日程、遅れる事になるとの事だった。
ロゼッタ達は、急いでマスカレイドに行く必要は無い。
ゆっくり進んでいけばいい。
だが、あのオリヴィという男。
彼と余計に一日長く過ごすのは少し癪だ。
……やはり、あの男は下心を持っているタイプの男だ。昨日は何も無かったが、次の日の夜に寝込みを襲われるかもしれない。
正直、あの男を見ると憂鬱な気分になる。
昨日はイリシュとテラスにて、夜通し二人で会話をしていたらしい。
傷心のイリシュに付け入り、彼女を押し倒す算段なのだろうか。
「はあ…………。気に食わないわね」
ロゼッタは腕を組みながら、そんな事を考えていた。
†
「一日、目的地に遅れるのか…………」
オリヴィは浮かない顔をしていた。
イリシュは意外そうな顔をしていた。
「早急に向かわなければならないのですか?」
「そういうわけでもないさ」
オリヴィは何か考え事をしているみたいだった。
「俺は世界中を旅してきたから分かるんだ。予感というか予兆というか……本能的な危険みたいなものを感じるんだ。この船は一体、何処に向かっているんだ? 船員達はちゃんと考えたのかな? 嵐くらい乗り越えられなかったのか? 別に船が沈むわけじゃないだろ」
オリヴィは何かを考えているみたいだった。
そして、服のポケットから世界地図を取り出す。
近くのベンチに座って、世界地図を広げた。
「真っ直ぐに向かえば歓楽都市マスカレイドにはすぐに辿り付ける筈だよ。でもあくまで真っ直ぐに向かえばだけどね。航路というものは取り決められたものがあって、人間が行ける場所。魔物が住んでいる場所、たとえば、イリシュ。『セイレーン』という魔物を知っているかい?」
オリヴィは少し曇った表情をしていた。
「セイレーン、ですか?」
「海の魔物の一種で。人間の女の姿に、鳥の翼を生やしていたり。魚や軟体動物の下半身をしていたりする。共通するのは船を難破させる為に、あらゆる行動を起こすんだ。たとえば、歌で船乗りを精神錯乱状態にさせて、船を海に沈める」
オリヴィはとんとん、と地図を叩いていた。
「私もロゼッタ様も、船旅は初めてです。もし、そのような魔物に遭遇したら、どうすればいいか……」
「簡単だよ。セイレーンは魔力の篭った歌を歌う。その歌を聞き終わる前に、セイレーンを倒せばいい。まあ、言うのは簡単だけど、飛び道具があればね。弓や銃、攻撃魔法とかね」
そう言いながら、オリヴィは海の果てを見ていた。
船の下を無数のサメが泳いでいた。
同時に沢山の魚の群れが群を為している。
空は晴れ渡り、遠くの雲からは虹が見えた。
それから、一時間程した頃だろうか。
イリシュは眼をこすっていた。
沢山の虹が見える。
遠くで澄んだ竪琴の音色のような音が聞こえる。
船上にまだ演奏隊でもいるのだろうか。昨日の夜は演奏隊が色々な楽器で音楽を使って、乗客や船員達を楽しませてくれた。その音色は素晴らしく、王女も部屋で引きこもらずに船の上のパーティーに参加すれば良かったのにと思う。
オリヴィは耳を塞いでいた。
「船で楽器を弾いている奴は今日いないよ。蓄音機から曲が流れているわけでもないっ! こいつは…………」
オリヴィが叫ぶと同時に、船員の何名かが双眼鏡で悲鳴を上げていた。
オリヴィも持っていた荷物から、双眼鏡を取り出す。そして、彼は双眼鏡を見るようにイリシュに渡した。
オリヴィが指先で指し示した先には、海の真ん中だというのに、岩が伸びていて、そこで竪琴を奏で、歌を歌っている下半身が魚になっている女がいた。美しい顔と髪の女だった。その周りには腕が鳥の翼になっている女達が歌を歌っていた。
船員達は何名も、大砲を構える準備をした。
魔法使い達も魔法の杖を持って、攻撃魔法の体勢に移っていた。
「やはり、此処は魔物達の海域だ。航路を変えるべきじゃなかったんだ……」
オリヴィは少し腹立たし気に言っていた。