海上都市スカイオルム。出航。1
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スカイオルムの一部が切り離される。
水上都市は都市のあらゆる場所の一部が船になっている。
それぞれ、各国へと続く船だ。
スカイオルムは国家ジャベリンの貿易拠点だった。この海上都市から様々なものが流通し、特に魚などの海産物の流通は周辺国の食の“要”となっている。
スカイオルムという国が存在している点で、他国からの食の侵略行為を防衛していると言ってもいい。ロゼッタはこの国とジャベリンが極めて有効関係を結んでいる事は素晴らしい事だと両親から聞かされている。
それにしても、この都市は何処までも美しかった。
海と空が渾然一体となって、蒼く輝いている。
この景色を守りたいと思う者達は、大陸さえも越えて世界中に数多くいるだろう。
「大体。三日か四日くらいで歓楽都市マスカレイドには辿り着くんだろう?」
オリヴィは軽薄そうな口調だった。
「で。なんで、あんたが私と同じ船室にいるのかしら?」
ロゼッタが少し腹立たしそうな顔をしていた。
「チケットを買ってくれたのは王女様だろ。当然、一般客とは違うから同じ部屋を割り当てられるのは当然だろ」
ロゼッタはわなわなと震えていた。
年頃の若い女二人のベッドルームがある部屋に、若い軽薄そうな男が数日間も共に過ごす。……いかにも女癖が悪そうな男だ。夜に襲われても何も不自然では無い。
「寝る時は外だ。いいな?」
ロゼッタは頑なに告げた。
「いや、そんな事したら客室乗務員に叱られるだろ。特に此処は王族、貴族のVIPルームなんだぜ。夜中に外で寝られたら、迷惑だろ」
オリヴィはへらへらと言った。
ベッドは三つある。
ロゼッタはベッド二つ分を横に寄せる。
そして、もう一つあるベッドを端に寄せる。
中央にチョークで線を引いていく。
「夜中に、このチョークから先に入ったら攻撃魔法をあんたにぶっ放すからな」
ロゼッタは魔法の杖をつかんで、軽薄そのものの顔をした青年を威嚇していた。
「えっ……。ちょっと、そっち救急箱あるだろ。俺、胃痛の薬が欲しくてさ…………」
「なら、あらかじめ救急箱から薬を取っておけよ」
そう言って、ロゼッタは青年に薬箱を放り投げた。
青年は少し不服そうだったが、薬箱から幾つかの錠剤を取り出してポケットにしまう。
このVIPルームの窓からは、船の上と、海が地平線の向こうまで見える。
オリヴィは冷蔵庫からワインとスナック菓子を取り出すと、テーブルの上に置いた。そしてテーブルに置かれていたトランプを手にする。
「なあ。嬢ちゃん達さー。一緒にポーカーでもやらない?」
オリヴィはカードを広げる。
「ちなみに我が国では賭け事をするのが習わしでさー。金貨、紙幣から、宝石類。衣服類、アクセサリー類、色々賭けるんだぜ」
オリヴィはまるでマジシャンのように、巧みにカードをシャッフルしていた。
「あいにく我が国では賭博は違法だよ。トランプで遊んでもいいが、賭け事は無しだ」
「えーえー。賭けた方が盛り上がるのにー」
「死ね。少し黙れ」
ロゼッタはうんざりしながら窓越しに海を眺めていた。
「ねえ。オリヴィさん」
イリシュはそんな二人の関係を良くしようと悩んでいた。
「よければ、私と一緒にテラスまで行って海を眺めませんか。夕日がとても綺麗です」
オリヴィは「よっしゃっ!」と叫んでいた。
イリシュはやはり下心満載の男だなあ、と思った。
†
テラスにはバーテンダーがいた。
此処では酒やデザートが注文出来る。
刻まれたソーセージとチーズを口にしながら、オリヴィとイリシュは海を眺めていた。
「なんだって、修道女が王女様の護衛をしているのさ」
オリヴィはソーセージを口にしながら訊ねる。
「私は王女様直々に側近に指名されました。勤めている教会は休職中です」
「またなんで?」
「それは………………。復讐の為に…………」
イリシュは王都であった事を素直に話した。
王都は名のある悪魔に内部から侵略されていた事。
イリシュの婚約者は、その悪魔に騙されて殺された事。
その悪魔を倒せずに逃げられてしまった事。
オリヴィは真剣な眼差しでイリシュの話を聞いていた。
「気持ちは分かるよ…………」
意外にも、オリヴィな真剣な表情をしていた。
「俺にも婚約者がいる。でも、いつ命を狙われてもおかしくない。だからイリシュ、俺も君と同じ気持ちになると思う」
イリシュはその後、口を噤んだ。
オリヴィは、本当は何者なんだろうとイリシュは思う。
旅人だと言っているが、それ以上の素性は分からない。
人間であるのは確かだと思うのだが……。
二人はサングリアのワインを口にした。
甘ったるい味だ。
夜の船上には、楽器隊達が各々、音楽を奏でていた。
きっと、スカイオルムの伝統的な楽曲なのだろう。
曲の中には、故郷である王都に使われているものも混ざっていた。
きっと、世界中の有名な音楽を流しているのだろう。
空には小さな打ち上げ花火が上がっていた。
魔法で生み出された花火だ。残骸が水底や船の上に落ちる事は無い。
乗客達は花火を楽しんでいた。
船のファースト・クラスの場所には、プールもあった。
水着に着替えて泳いでいる者もいた。
「そう言えば、イリシュもロゼッタ王女も水着は持っていないのかい? 海岸のビーチでも、水着姿じゃなかったみたいだけど」
「そうですね……。あまり王族やそれに仕える者が、不用意に他人に肌を晒すなと王女様から言われております。ほら、短刀一本も隠せないし。丸腰になるから」
「ははっ。君の処の王女様らしいね。でも、俺が付いているから安全だよ。なあイリシュ、君の水着姿が見たいな。俺が買ってあげようか?」
「いや、それ。買ってあげる、って。……ロゼッタ王女のお金でしょう」
イリシュは、珍しく引き攣った笑みを浮かべる。
「はは、いやいや……。若い女の子はもっとお洒落していいと思うんだよね、王女様もそれには寛容な筈さっ!」
「いや。たとえば、仮にも大きく露出した乙女の肌を、私が、エートルに見せるならともかく、なんで貴方に見せないといけないんですか。ちょっと、その、控えめに言って、気持ちが悪いです…………」
亡くなってしまった婚約者の事を想い出して、イリシュは落ち込み曇った顔をする。
かなり気まずい空気が流れる……。
オリヴィは眼をそらしながら、はははっ、と何事も無かったように笑っていた。
そして、躊躇なく、ロゼッタから借りた金で二人分のワインを注文する。
船上の夜はこうして更けていった。