間章 夢の中の手。
ボロボロに焼き焦げたカシス・ロッドに向かって、ダーシャは炊き出しの手伝いを行っていた。最初は段取りが分からなかったので中々、役に立てる事は出来なかったが持ち前の地頭の良さで炊き出しの段取りをすぐに覚えていく。
集まってきた者達にカレーライスと金属製の瓶に入った水を配る作業だった。
アネモネは覆面で顔を隠しながら、ダーシャの行動を見ていた。
彼は本当に実直に動いている。
ヒルフェが倒れた今、世界中のマフィアの勢力図が混乱状態だ。それはアネモネの兄であるステンノーが徹底して抑制している。
怪我や放射能による被曝もそうだが、住民達はまず飢えに苦しんでいた。
癒えない遺恨が残る事は分かり切っている。
ステンノーを悪魔として、此処にいる者達は憎んでいる。
彼の妹のアネモネは、何が楽しいのか苦しむ住民達を見て周っていた。正直、相当に性根が腐っていると思うが、ダーシャは彼女の事は気にしない事にした。
†
今日は本当に疲れた。
炊き出しというものがこんなに大変なものだとは思わなかった。
ダーシャはすやすやと仮施設の小屋を借りて眠っていた。
幼馴染であるリザリーとの記憶がふいに蘇ってくる。
一緒にエレスブルクの周囲を散策した。
『自由の魔王、リベルタス』の傘下にいたとは言え、エルフ達はそれなりに自由を謳歌していたと思う。そもそもリベルタスはある種、契約の下にエルフ達の側に付いていたのだ。人間達と隔離する代わりに守り、人間を呼び込めばエルフ達の見せしめの殺戮の厭わないという事を知ったのは故郷が無くなった後の話だ。
ダーシャもリザリーも、余りにもこの世界に対して無知だった。
外から入ってくる情報ばかりで生きていた。
百年以上もだ。
「ダーシャ。元気してる?」
隣には、リザリーがいた。
夢が見せる幻影である事は、ダーシャは気付いていた。明晰夢という奴だ。
「俺は元気してる。でもお前は元気じゃないだろう?」
ダーシャは自虐的とも言える言葉を返す。
リザリーは安らかに笑って、ダーシャの右手の上に右手を重ねた。
「この外を見たいよね。ダーシャ。私はずっとそう言っていた。ダーシャ、この世界の外は見れた?」
リザリーは優しく笑う。
ダーシャも微笑む。
この世界は腐った土壌の上に成り立っているものばかりだった。それでも、色々な人々がいて、色々な者達の信念の上に成り立っている。何が正義で何が悪なのか、今も答えを見つけられていない。
「ああ、見れたよ…………。辛い事もいっぱいあった……。辛い事も乗り越えて、俺は生きている。これからも生きていくよ」
ダーシャは夢の中のリザリーに誓う。
二人、手を取り合う。
もうすぐ、幻影の時間は終わりだ。夢から覚める時間だ。
ダーシャは顔を押さえながら、再びリザリーに夢でも会えた事をこの世界の神に感謝した。大切な時間はおしまい。これからを生きていかなければならない…………。




