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八章 魔王討伐


 男はただ朽木の中を駆け抜けた。

 彼が積み上げた残骸を抜けながら、隣で潰された息子の姿を見ながら、それに視線を落としながらも必死に魔物の森を切り裂いていく。


 後ろの者達の砲撃の最大射程まで突き抜ける為、その歩みがまさか無駄になるほど早すぎたと言う非現実さえ除けば、結果だけで論ずるのであれば大成功ではあった。

 最も想定の戦術では、成功どころか大失敗であり、彼が魔物の波に飲み込まれた際には失敗と言う判断を上層部が下している。


 結果としてこの戦いは、成功として語られる魔王征伐であったが、本来は彼が無駄に突出したことによって失敗していた。

 魔物に埋められる彼の姿に妻は、必死になって静止を叫ぶが、そんな意味もなく彼はこれから部隊からすら突出した結果、魔王までの単騎駆けを決行する事になる。


 結局は自身の変化があまりにも爆発的なものであった事を把握しきれず、化け物じみた身体能力で魔物の壁を切り裂いて前進した結果、誰も彼に追従する事が出来ず勝手に孤立しただけだ。

 なぜこれが把握できなかったかと言えば、戦場であまりにも簡単に今までの魂の総量を軽く上回る数を器に補填した結果であり、それは彼が思う以上の力となって彼に出力されたと言うだけで、その力は魔王を単騎で刈り取れるほどの力があったのだ。


 結果はまさに単独行と言って差し支えはないだろう。


 だが彼の英雄的な活躍などと言うものは、本来であるなら大して意味のない話ではある。

 魔王征伐の今までの歴史は、魔王を遠距離から安全に殺す方法を特化させていく術だった。結果として星すら破壊する光速兵器が誕生する事になるが、結果として自転が狂うなどの弊害を起こし続けてきたのがこの世界だ。


 もっと言うのなら衛星圏からの大質量物投下の結果は、海面上昇や津波と言った災害によって十億近い人間が死んでいる。

 その全てを覆した四種の悪魔は、質量物を瞬く間に粉砕し衛星圏で燃え尽き、光速兵器に至っては本来星を貫くような破壊の力を容易く反射してしまう。


 その反射により威力を分散させた結果は、世界中に破壊の雨が降り注ぐ結果となり、これで数億の人間が容易く死んだ。


 そもそもこの星には魔法などと言う物は、統一国家以前には存在すらしなかった。

 鉄量こそが力であった時代が確かに存在し、それによって統一国家が産まれた後に魔法と言う技術が開発された頃から魔王と言う存在が明確な脅威になり始めたのである。


 その魔法の開発過程ですら、本質はどこまでも遠距離による効率的な魔王の殺傷だ。

 この星の戦いは砲火こそが戦場の中心であり、その思想は魔王征伐に至っても変わってなどいない。

 故にだんびらで魔王を刈り取る事自体が思考にはないのだ。


 そういう時代は、統一国家以前から終わっている。

 その筈だったが、世の中にはいつだって例外がいるから厄介だ。


 その男は容易く器に満たされた資源を剣に特化させて振るい続ける。

 墓守の名を与えらえた男は、屍の残骸によって草を刈り取るように魔物を切り殺す。この時の彼が駆け抜ける速度は音を超えながら破壊と切断を繰り返し、既に奪われた人類の勢力圏から離れた空から見れば彼がいる場所だけに魔物が存在しないような状況である。


 まさしく英雄の所業である。

 剣の樹を与えられる事になる系統樹の頂点は、単身で魔王の軍勢を蹂躙し尽くしていた。

 一振りにて地平線を作り上げる剣の行進は、枝の様に幾つもの分岐を重ねていく。


 軌跡の再現は亀裂の枝を表し、まるで線である筈の軌跡は空に根を張る様な代物として世界に刻まれていく。

 その軌跡は世界に根を張っていく様に、剣の跡が残響として残り続ける。世界に根を張り刻まれる剣の枝は、魔物の流血を花として咲かせて満開に世界を彩る。


 鮮やかに染まる花の色は、根に吸われる事などなく大地に粘性の音を立てながら花は散る。


 その剣の花の美しさなどに目を奪われるものなどは無く、剣の音と炸裂する肉の音、そしてその音の全てを置き去りにする男の進撃はこの時代のこの状況に合ってすらも歪すぎる代物だ。

 これを出来る者はいるが、光速と言う物理に置いての頂点すらはじき返す四種の悪魔、その頂点である論内外大公さえも剣で殺すという時点でまともな領域の話ではない。


 魔王から生み出される魔物は受動的な素養を持って現れる。

 その中でも特殊な存在を四種の悪魔と呼ぶが、星の知覚、星外の知覚、物量の破砕、力の反射の順に変わっていった。大陸間を知覚し、宇宙空間にそれを拡大させ、次は質量物を粉砕させ、光速と言う矛盾の質量を反射させた。

 全ての魔物は人類を知覚し、人間の存在を一つたりとも認めない。

 物質による攻撃は全て無効化され、魔法と言う技術によって初めて傷を与えられる。筈だったのに、挙句に運動エネルギーすらも反射すると言う暴挙を容易くやってくれる。


 ならばなぜ彼がこのような事が出来るのか、彼の剣が魔法による技術の結晶であるのは間違いないが、それでも反射を超えるのは難しい。

 もっと言うのならそれは魔力の供給ラインが途絶する事で既に鉄の棒に成り果てている。


 彼には魔法を操る素質が存在しない。

 与えられた魂の資源化の能力確かに優れた能力ではあるが、彼の部族はそちら側の技術が全く成長などしていない代わりの技術が特化したのだ。

 だからこそ聖樹などの混成により魔力の供給を受けながらの戦いが必要であったのだが、この魔王征伐で人類はあまりにも死に過ぎた。


 南母凌辱戦の意味はあまりにも重すぎた。

 その戦いの前線に立ち続けた彼が手に入れた命の総量は少なくとも数千万、その結果は一度目の魔王戦すらも容易く上回る。

 累積されたその命は魔力とも違う力を彼に与え、それが剣の軌跡となって現れたのが、光速反射するような魔物すらも容易く切り殺す、命を糧とする存在が作り上げる結果である。


 その剣は間違いなく魔法に似た何かを作り上げた。しかし魔法を作り上げた者達から言えば、それが魔法とは認められはしないだろう。

 本質と言う意味では全くの別物ではないのだが、確かにその意味はある意味では違う。

 だがそれを説明してくれるものなど、後の世にも表れる事は無い。と言うよりも、解明したとしても、それを公表した所で誰にも理解はされるものでは無い。


 それほどまでに彼に行われた技術とは、世間に認められる代物では無かった。

 ましてやこの後には彼に残される代物が真っ当な物であるわけがない。

 彼に与えられるすべての代物は、この後には全て汚辱によって塗り固められる代物だ。


 故にこの彼の部族が作り上げた命を資源とする技術が体系化するのは、それこそ世紀と言う単位で現れる事は無いのだ。

 なによりそれほどまでに時間がかかりながらも、それが真っ当な代物として扱われる事は無い。 

 それが彼の悪名の所為であるだけではないのだが、この理屈を広げられる勇気がある者が存在する事がなかっただけだ。


 魔法の強化すらも容易く超越する異質な強化による英雄的偉業は、彼に敵を与える事はなく必死の血路は誰も続く事は無く、魔王の前に現れる頃には荒く息をはだけの男が魔王を眼前に収めて勘違いの様にいまだと声を叫ぶ姿があった。


 その時勘違いながら、彼は絶望した。

 自分だけが突出したと思っていなかったというのもある。なにより自身の突出により作戦が失敗に終わっていたことが気付けるわけもないのだが、それにより大切な妻と仲間が死んだと思ったからだ。


 ああと絶望の声が腐り果てた臓腑から吐き出される。

 この時点での彼はただ魔王を殺せばいい思っていた。それでとりあえずは解決すると思っていた。

 だが彼だけが後の世に続く地獄の路線を引く理由が存在する。


 絶望があっても彼は止まらない性質の存在だ。

 正しくとも、間違っていようとも、本当の正解があったとしても、動く理由があって動かないような人間ではない。


 彼の人生とは魔王によって奪われてきた人生だ。

 この世界で魔物に奪われていない人間などいないが、その地獄を見ながら動く事を諦めないからこその地獄があって、この時には勝利が存在する。

 絶望とは立ち止まる言い訳でしかないと、何もしない事が許されるほど、この世界に余裕などはありはしない。


 溢れ返る魔物は盆にくべられた水の様な有様で、存在できる物理的な量など無視して湧き出していく。

 たかが一キロ四方に二十億と言う魔物が実測され、その事実に人類は絶望したがその中にあっても男は変わらない。

 その観測が誤りであったのであったのかと思うほど、剣の命食い一つの線をもって残響を世界に亀裂として張り付ける。


 溢れる魔物が張り付けられた剣の痕に勝手に切り裂かれて死んでいく。

 その異常な彼の剣もそうだが、魔物の発生量も異常なほどだ、だがこれが魔王であり魔物の母と呼ばれるだけの理由はある。


 目の前に存在する白く発光する樹、光の柱とも思える人類の怨敵は、彼が殺す存在が居なければ信仰の対象にすらなりえた代物だ。

 だが存在するだけで邪魔なのだ。発生するだけで害悪でしかない。

 ただ消え失せろとそう願われるだけの存在が魔王だ。

 根腐れを起こして枯れ果てるまで殺してやるしか、人類には選択肢は存在しない。


 彼の怒りに付随する様に、発生した剣の亀裂の停滞は鋭さを増してより強固になっていく。

 それと同時に悲鳴のような音が現れる、何かが明確に壊れる音が響き始める。

 何かが壊れてどうしようもなくなる前兆の音だ。

 それこそが魂の総量を増した彼が起こす現象である。だがそんな代物がこの世界にまともに存在するのは非常識な代物なのだ。


 その世界に現れたわずかな瑕疵がどれほどの影響を与えるのかなど、彼本人すらも理解していないだろう代物。

 だがこんな代物の全てが未来につながる。

 彼の歩みを止められるものはいなかった。剣に接触していない場所まで魔物の発生が止まっていく。この世界の傷跡は、きっと何かしらの力があるのだが、使っている人間自体が理解できない代物だ。


 ただ警戒を怠らず、魔王に向かって最短の道を彼は駆ける。

 少なくともまた人類は少しの間の延命が出来る事を知っているから、わずかな時間でも生まれる子供も孫も大切に出来るだけの時間が来ると知っているから。


 だがそんな時間はもう訪れる事はない。

 そんなことが許される末路をその男は迎える事はない。

 彼が犯す事になる呪いの惨劇は、どう足掻いたところで確定している未来の話である。


 男が魔王を切り裂く、勝利を決めた平穏の願いを奪い去る魔王の言葉が響いた。


 -調律塔の破壊を確認


 男は目を見開いた。魔王の名前を初めて聞いたからだ。

 それは女性の声であった。だが機械的な声ではなく人であると自然と認識するようなそんな声だ。


 -惑星保障外殻天体から資源供給の強化による生物資源の供給途絶


 だが使われた言葉に、絶望するしかない。

 言っている言葉の意味は分かるのに理解すら出来ないからだ。


 -保存天体への天体帰還計画破棄、天体復旧計画失敗


 声は言っている事を理解させてくれない。

 だが魔王とは何かの計画であり、それは人類が望んだ計画であったと事ぐらいは分かる。

 何の為にと思うが、それを理解した所でどうしようもないのは間違いない。


 -資源回収端末の生物資源による強化を開始、再天体復旧計画まで十三年後を再認定


 天体復旧計画それが魔王であり、十三年後が魔王の復活である。

 理解は出来る。理解が出来ても納得が出来ない。


 -端末の強化更新計画、生物資源使用者による対応不可により第三天体復旧計画への移行を申請

 

 生物資源使用者、当然だが彼の事だ。

 だが同時に魔王が何を必要としているかを理解してしまう。生物資源が何かを理解してしまう。

 魔王が人を殺す理由は彼の部族が作り上げた手法の応用であった。


 -生物資源使用者の危険度測定に三度の計画を使用、測定結果による再審議を認定


 なぜここまでの事が出来ると考えたが、男は何かしらの理由でこの星に対して何かをしている。

 そして自分たちが立っている大地を外殻天体と言う事は理解できた。

 吐き気がする代物だ。言葉の理解を必死にしても、まっとうな理解が出来るものではなく、それには人間の命を使って星を救う方法を実行しているのが魔王である。


 -第三天体復旧計画 外殻天体消滅 は、三度目の失敗にて発


 この時、彼は考えるより早く剣を消えつつある魔王に突き立てた。

 彼が愚劣を決めた時、生物資源の回収と言うのならこれしかないと、魔王と言う魂の資源による楔を彼は無理矢理打ち込んだ。

 それは自分と言う根幹である命、これは呪いは最初の段階。


 相似関係の構築、呪いとは同一性を使用する。

 人間なら人型など、わかりやすく形を作る必要がある。


 本来は自分が持ちうる命の質量をもって、この魔王と言うシステムを破壊しようとしたが、命の資源化とは簡単に言えば、その資源が多い方が勝つだけの代物だ。

 人間を千年間殺し続けて回収した魔王が、ただが数千万の命しか回収していない男が殺せる訳がない。


 だが同時に彼は負けてもいいように自分の魂を楔として、魔王と言う存在を打ち込んだ。

 自分と魔王は相似関係であると、無理矢理にでもこの世界に認識させた。

 この一瞬で出来る事の全てを行う為に、消失する魔王を殺し続けながら血涙を流しながら、魔王と類似した自分を使う呪いを必死に編み上げた。


 もう時間もない。余裕もない。

 どう足掻こうともこう足掻くしかないと自信に決断させるまで、ありとあらゆる方法を諦め作り上げる呪い枯死太歳の発言は、千年かけて集めた命を持つ魔王と自分を相似関係に置く為に十数年で、魔王と同じだけの命を回収する。


 それは本来彼の部族では、生まれた子供を祝福する願いだった。

 それは本来彼の部族では、死を迎えた人々の安息への願いだった。


 名を銀晷儀と呼んだが、彼は徹底的にこれを捻じ曲げた。

 回帰を願う手法を徹底的に貶める。

 無理矢理に命を生み出して奪い続ける世界を構築する為に、魔王にくれてやる命など存在しないと自分が魔王を呪う為に、この千年を生み出した根幹を根絶やす為。


「黄金を鉄に」


 彼は呟く。

 命を与えた、それは魔王と自分を同一にしていく過程、命と言う形代を作り上げラインを作り上げた。

 その言葉は本来逆に語られるもの、時代を黄金に戻す願いの言葉だ。


 だがそんな願いは彼には必要はない。これより自分の時代は黄金など吐き捨てて唾棄するものに変える。

 呪いは形を作り上げていく。

 流血は覚悟した。絶望は理解した。後悔は永劫に続くと確信した。


 純正魔王枯渇呪 枯死太歳 と呼ばれる代物には、正しくは別の名前がある。


 それはよくある名前でしかない。供物や代償などと表現される。

 命を何処までも淀ませて負の累積によって、他者に対する呪いとするという代物。


 生贄と言うよくある呪いの手法である。

 だがそれには出力が足りなかった。何より今の人類では魔王の殺戮の累積にかなう総人口など持ち合わせていなかった。

 だがら神話を利用して、魔王が復活するその間に人類の生存圏を呪いの儀式場へと変えのだ。


 この呪いはこの時より始まる。

 後戻りも出来ない事実と、これから行う事が誰からも賛同されない事実を、魔王が殺された事実に驚喜する人々を前に、その全てを生贄する事を理解しながらも勝利を告げる愚劣を男は吐き出した。

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