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六章 七百六十次魔王征伐

 

 ただ無差別に死ぬためだけに生み出されたザクロの破裂も、生まれながらに食料にされるザクロも変わりはしない。

 人類はどう足掻こうとも、生存への渇望という屈辱を拭い去れずに、獣の如き有様を刻み付けられる。

 ここまでして何のために絶滅を避けているのだろうか、魔王ならば食い殺されれば終わるが、終わる事すら出来ない生存と言う凌辱は、死が救いになる事実を教えてくれる事になる。


 だがその呪いはどこまでも人類の為の物だった。


 その呪いの始まりは、歴史としては七百六十一次魔王征伐とされるが、本来の始まりは彼にとっての二度目。


 つまり、


 七百五十五次魔王征伐


 七百五十六次魔王征伐


 七百五十七次魔王征伐


 七百五十八次魔王征伐


 七百五十九次魔王征伐


 そして魔王征伐することになる七百六十次魔王征伐

 その全てを含んだ戦いを第五十五次魔王討滅戦、後世では第五次大規模失地戦、別名を南母凌辱戦と言う戦いだ。


 はっきりと言えばこの段階で人類は詰んでいた。


 この勝利によって英雄は呪いによる魔王の呪殺を計画した。

 彼にとっては魔王に対して二度目の勝利であり、これは人類が魔王によって突き付けられた敗北の戦いである。

 この戦いは二十五年の時間をかけて勝利を決した。

 延べの死傷者を六千五百六二万人、南大母における人類の生存圏を七十パーセントも失地させた戦いである。


 後の魔王征伐において復活から一年足らずの間に魔王を発見し討伐すると言う偉業を成し遂げるが、それを良しと出来る程の考察が与えられる事はない。


 陸地と空には数えるのも馬鹿馬鹿しい数の魔物が溢れ、一度でもそ魔王の勢力下に入れば魔王の復活後には、そこから数千万を超える魔物が現れ容易く人類生存圏は奪われる。そうすることで人類は生存権を奪われ続けてきたのだ。


 それはその戦いの終わりの話だ。

 簡単に言えばその作戦は、本来であるならば失敗であったと言われている。

 柩樹と呼ばれた人物が建てた作戦は、征伐軍による魔王への中央突破による最短勝利。それしかないという判断のもとに進められていた。


 そもそもだが魔王自体に戦力はない。

 だからこそ今までの魔王戦同様それが、最適解であるのは間違いのない事実だ。物量の全てを魔王を殺す殺す一点に押し込む、それは別に間違いない正解の行為ではあった。

 その為に人類はありとあらゆる方法を使用して戦った。だがそれでも魔王はその全てを克服してここに存在する。


 その全てを克服して現れた魔物こそ、人類が最大の敵と呼ばれていた存在こそ四種の悪魔と言う。

 その悪魔は人類が宇宙を選び取る事が可能だった時代を奪い去った。

 魔王が復活するとともに生存領域が失い続けた人類は、二百年前は宇宙に飛び出すことは可能ではあったが、星間航行にまでは辿り着けないまま、空と言う領域を魔王に剝奪された。


 大陸間を誤差無く叩き込む狙撃も、それを発展させた衛星による攻撃も、大陸最大の山を衛星高度から叩き付ける質量攻撃も、六度の魔王殺害を行った禁忌の光速兵器すらもその悪魔は捻じ伏せてしまった。

 本来であるなら星に穴をあける事すら可能な光の柱すら、魔物たちは克服してそれ以上の怪物として存在している。


 たった百年で魔王発生時よりも五千年は後退し、歩兵戦と言う状況にまで追い込まれたのが、魔王征伐における後期の戦いであり、人類が最も大陸を失い続けた絶望の後退戦でもあった。

 肉体改造などを行いながら、怪物を作り上げても足りず、最後の最後には個人の才能に依存するような戦いになり、最も深刻な敵が現れながら大規模破壊兵器等を奪われた人類が、その全てを奪った存在に挑むという地獄が展開された。


 結果として百億を超える人類が存在したと言うのに、今となっては見る影すらもない。


 後に最後の絶滅戦と言われる戦いは、魔王の発見に十年をかけたがそのあとは敗北に敗北を重ね、必死に絞り出した最後の戦力である決死隊による魔王の討滅と言う自殺と変わらない作戦が柩樹による提案だった。

 ここで勝利を得なければ、絶滅するしかないという状況での起死回生一手。


 この作戦自体は最大戦力を魔王目掛けて中央突破しながら魔王を刈り取るだけだ。

 最短最速での中央突破、だがこれを簡単にできると言うのは無茶苦茶な所業である。魔王討滅経験者を並べて突撃と言うだけだ。

 その結果ははっきりと言えば、勝利と言えば勝利だが、致命的なレベルでの大損害を被る事になる。


 なにせこの勝利で男は、枯死太歳を発生させることを決意する事になるのだ。

 誰にとっても絶望が決まったのはこの戦いの後である。

 この戦いで決死隊の中心は実は彼ではなかったが、その突撃と共に最初に柩樹が死にただ魔王を殺す為に魔物を薙ぎ払う群狼が中央を突破しながら駆け出した。


 次々と魔物に殺されながらも、死を超越するために彼らは狂気の工程を貫く。

 そして第一陣は容易く全滅した。

 次いで第二陣も全滅。

 第五陣まで魔王まで三百キロ地点で全滅した。


 それでも地獄のような死への突貫だったが、彼を含めた第六陣まですべてが本命の梅雨払いであるが、魔王殺しの一人であったとしても、この後方に存在する聖樹と呼ばれた彼の妻が本命であった。

 しかしながらこの顛末に彼女の出番はない。


 この戦いは第六陣で結末を迎え、彼以外のメンバーは全滅する。

 まだ四十そこらの男は、鞘を投げ捨てて笑う。


「後ろぉ、鏑音の朽木が魔王の道を切り開く。十全を保て、腹の子を傷付けるような下手を打つなよ」


 後に供物として殺す子供と妻に笑いかける。

 すでに第一陣で死んだ長子の事実を知りながら止まらない涙をぬぐい、それでも彼らが繋いだ魔王までの道を切り開く為の声を上げる。


 鏑音の朽木、それが呪いを生み出し全人類を凌辱したと言ってもいい存在である。

 だがこれからの戦歴では無く、彼ははっきりとした英雄であった。

 魔王を一度乗り越えてはいるのだが、そもそも魔王征伐では砲撃関係の魔法こそが主力であり、彼の様な剣で戦う者は根本的に壁役と言ってもいい存在だ。


 その最終防衛ラインに配置されている時点で、彼の強さを証明してはいるのだが、その中においてすら彼は異質であった。


 手初めての一振りで、地平線に広がっていた魔物が切り裂かれる。


 一振りで数千万と言ったが、そこに四種の悪魔まで混じっていれば、彼が行った事がどれほど理解し難いか分かるだろう。

 衛星高度からの質量物という分かりやすい暴力すらも破壊し尽くし、光速兵器と言う文字から理解できるであろう一つの破壊の頂点すらも克服した悪魔を、ただの剣の一振りでまとめて薙ぎ払う光景の異質さだ。


 だが本来英雄と呼ばれるものが命を代価として殺すべき悪魔を、文字通り薙ぎ払った光景はこの時代に合ってすらも異様な光景ではあった。


 世界にすら空白と静寂が響く中で、英雄はただ魔王に向けての剣として走り出した。

 彼が産まれた蛇囃族と言う部族について少し語るとするのなら、呪いと言う魂を質量や資源として扱う技術を持った一族だ。

 とは言っても、本来は歌と踊りを根幹とした儀式によって使用するものだ。

 

 だがこの世界はそもそもが狂っている。

 魔王と言う存在に対して、存在するすべての方法で討伐を考え続けた。その中には当然の様に人体に関する実験すらも当たり前のように行われている。

 彼と言う存在が行った呪いすら、生温いような尊厳その物を侮辱するような行為すら当たり前に行われていたのだ。


 そもそも光の柱は、その実験により衛星を破壊して当たり前の様に、この星の自然環境を変えてすらいる。

 山を切り取り星を破壊する。そんな暴挙を行いながら魔王と戦っていたのが、この世界の千年という絶滅戦争の歴史である。


 こんな歴史を重ねた中で彼らの部族が行ったのは呪いを使った命の資源化である。

 器と呼ばれる存在を一人作り、部族だけでなく周囲の命を累積させ魔王殺せる人材を歴史を重ね作り上げる方法とった。

 彼の部族を周りは魂食いと罵られたが、言っておくが他の民族も例にもれず同じような事は行っている。


 真っ当に生きれる平穏などこの世界にはない。

 生き残りの全てがその器の子供であり、魔王を殺せと願われた死の累積者たちである。


 彼に与えられた命の累積はすでに億を超え、質量とは別の破壊を切断の呪いとして波及させ敵を切り裂いたのだ。

 器に蓄積された命は資源として扱われるが、消耗では無く累積であり、死を重ねれば重ねるほどに、その呪いは強さを増していく。

 その累積の結果が、彼と言う人間が行う呪いの暴虐であった。

 

 彼の名前である鏑音とは走り抜ける戦士を、朽木とは墓標である。

 その二つを合わせて彼の名前とは不死の行進、そして戦死者の代弁を意味する。

 部族の中でも戦士長の一族に与えられる鏑音と器の称号を合わせた名前であり、魔王を殺す為に願われた戦場の呪いを受けた存在としての呪縛でもある。


 そうやって呪いを重ね続けた部族が産み出した死の累積者は、ある意味ではここで一つの完成をみた。

 切断の呪いを操る男は、どれほど対刃の性能を上げたとしても意味は無く、魔王が作り出す魔物達は容易く切り殺されていった。


 その男は自身の力と言う物を本質的には理解していなかった。

 彼ら部族が積み重ねた命の累積による出力だが、この絶滅戦を続けた結果今まで重ねた死を容易く乗り越えてしまった。結果として男は自分の呪いの凄まじさに気付かず周りの仲間を置き去りにして、一人で突出して魔物を薙ぎ払いながら魔王までの行進を開始してしまう。


 彼とて必死だったのだ。

 目の前に溢れかえる怪物たちは、文字通りの壁といて存在する。その壁を必死に薙ぎ払いながら、中央を突破していく状況に余裕などは無い。

 魔物に体を抉られればそれだけで、命など容易く吹き飛ばされる状況で暴れまわる剣の英雄の姿は、魔物の波に呑まれて最初は死んでしまったとすら思うような代物だ。


 彼はあまりにも前に突き進み過ぎた結果孤立する。

 どれほど魔物を薙ぎ払ったとて、数の暴力は彼と仲間の距離を魔物で埋めた。


 その頭のおかしい進撃は、結果として彼が魔王を殺す事によって終了するが、単身による魔王討滅そして再殺者の称号を得る事が問題ではなかった。

 この時個人で魔王を殺す事によって彼はある事を知ってしまった。


 それこそが枯死太歳と呼ばれる、人類史における屈辱と言われた魔王呪殺劇の根幹だ。


 王大母(中央大陸)廃都世界樹(旧中央行政区)付近の支大平原(サティヤユガ)より発生した魔王は彼によって破壊された。

 全てが終わった時、樹を与えられる墓標は泣きながら笑っていた。

 それを誰もが喜びだと思っただろう。だがこの時こそが枯死太歳の儀式を行う決意をした男の有様であった。


 誰も彼の声を聴く事は出来なかった。

 誰も彼の絶望を知る事は出来なかった。

 

 だがこの日から根を張る事になる屍の実る樹は、十数年の歳月を経て最悪の形で発言することになる。


 その最初の被害者は娘であり妻であった。

 そして故郷の友人であり、彼の部族を知る者全てである。

 命を資源とする部族が積み上げた秘蹟の全てを使って魔王を殺す事になる。それだけは断言できるが、彼の幸せなど存在もしない。

 妻も、子供も、孫も、ありとあらゆる人類を資源として扱う最悪の呪いは、単身で魔王を殺した男にある事実を伝えたからこそだ。


 だがそれでも彼はどこまでも人だった。


 決断してもなお、彼が行動を起こすのはまだ足りない。

 変えようもない事実と、行うだけの覚悟と意思が存在していない。


 簡単に友を殺せるような人では無い。


 愛した人を殺せる男ではない。


 子供を殺せるような人間でもない。


 無関係な人間を呪って喜ぶような人間などでは断じてない。


 自分が行うべき行動は理解していたが、魔王の言葉を聞いて理解するしかなかったが、理解した事実から目を背ける事も出来ないからこそ、本来得意でもなった策を練って行動を行う。

 魔王の事実と、これからの行動、その結果こそが純正魔王枯渇呪 枯死太歳と呼ばれる魔王呪殺劇の始まりなのだ。


 彼は拳を宙に掲げる。

 勝利の徒花だけ作られた虚飾であるが、それでも彼は決断した。

 これから全てを偽り続けなくてならない。そして全てを裏切り続けなくてはならない。


 勝利を掲げ、偉業を作り上げ、大英雄と言う偽りを覚悟する。


 どうせ彼が行う事なんて言うのは、既に語って終わった顛末。

 それでも彼はこれから無様な言葉を使い、卑怯者の愚劣さは誰にも伝わらないのに本人だけがその事実に表情を歪める。

 その表情が泣いてるようで、笑っている様で、その実ただの後悔と絶望だけに染まった表情で、ひきつって涙を流す男は妻にだけその歪みを知られながらも、言いたくもない嘘だけで作られた残骸の反吐を吐き出す。


「俺達の勝利だ」


 それこそが七百六十次魔王征伐における人類史上最悪の宣言であった。

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