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四章 破裂したザクロ


 気にたわわと実った果実は音を鳴らした。

 風が吹いてる訳でも無いのに、熟すのを待てないかのように形を変えて、音を鳴らした。

 奇妙な果実は、何も干渉しない場所でぶつりぶつりと音を立て始めていた。


 肉が蠢く、感覚としてはそれが最初だった。

 本質として生命の全てが急激な変化に対して弱さを見せる。

 その明確で一番わかりやすい変化の事を、人は痛みと言う。


 生命に伴う本能的な部分であり、これを回避する事が生命にとっては必要不可欠な代物だからだ。

 だがこれを有効活用できる存在が生命の中から現れた。

 それこそが人間と言う生物である。


 痛みとは人が誰であっても忌避するもの、自信の保護と言う観点から見ても必須の代物だ。

 だが有効に操る事が出来れば、痛みで人は操る事すら可能である。

 その一つの方法こそが拷問と言う手段であり、畏怖であり娯楽である代物だ。


 そのうえで想像して欲しい。

 体の内側から肉が盛り上がる様を、何の準備もできていなかった皮膚を無理やり広げる様を、皮膚を抓るや引っ張る行為の痛みを理解出来る人はいるだろう。

 それを無理矢理引き千切るように、内側から痛みが膨らんでくる。

 

 打撲などで体を脹れさせた事がある人は納得は出来るだろう、あれの十倍以上皮膚を押し上げるのだ。

 風船だってはじけるような代物である。

 内側から皮膚を破裂させながら盛り上がる肉の塊は、限界を超えた皮膚を引き千切るようにして、その乳房を形作っていった。


 痛みとは事象と認知の後に結果を吐き出す。

 それまでの間をアドレナリンが溢れると言ったりする事もあるが、生憎とこの事象に対してタイムラグなど一つもない。

 それは本質としては皮剥ぎではなく、凌遅と言う方が近いのだろう。


 長い苦痛を与えて、体が歪む様を見せつけられるのだ。

 最もそういう意味では、結合双生児が適切かもしれないが、どちらにせよ真っ当な精神で受け入れられる代物である筈がない。

 裂けた皮膚から肉が盛り上がり、痛みが治まる頃には、まるで乳牛の様に幾つもの乳房が体に生えてきた。


 真っ当な体をさせられない。

 あからさまに肉体を改造されて、人間の体ではなくなる。


 地獄と形容してもいいだろう。

 成長痛と言う言葉がある。それさえはっきりと言ってしまえば、緩やかな変化の一つではあるのだ。

 いくら痛みが伴うとしても、体が受けれる土壌を作りながらの代物だ。


 しかしそれは違う。急激に起こる変化であり、受け入れらえる余裕すらもない。

 神経を切り裂くような激痛は、悲鳴と言うよりはうめき声の様な声を伴っていた。

 強烈な痛みは悲鳴よりも耐える事を体に要求する。痛みを少しでも抑えようと、歯を食いしばって痛みを耐えようとする。

 だがそれでも抑えきれない痛みが、うめき声なって零れている。


 耐える事しか許されない痛みは、体をぐちゃぐちゃにされ、全てが終わってから解放を許される。

 そこか溢れ出すのは絶望であり、何もかもが終わらされた存在の悲鳴である。

 実った果実は品種を弄られながら、終わってしまった自分の体に、ただ声を上げる事しか許されなかった。


 鳥類の鳴き声にも似た音の後には、ただ絶望に呻く嘆きが響く。

 それは葉擦れの音だ。

 人の尊厳を地に落とした結果の音だ。


 しかし、しかし、それでもだ。

 ただ男女問わず、胸が膨れて乳房が増えただけでしかない。

 苦痛があって絶望があっても、まだそこまででしかないのだ。


「あ」


 と、誰かが言った。

 犬が唾液を垂らすように、どこか下品に弄られた体は母乳零す。

 それが水滴となって樹の下にいる者たちに降り注ぐ。

 

 雨の様だったと、彼と言う存在の所業の中に付けられた汚名の一つには、そんな感想があるがまさしくその通りだった。

 それが恵みの雨であったなど、当時の彼らには理解も出来ないだろうが、それがまともな所業の者でない事は理解は出来る。


 だからこそ降り注ぐその意味を理解して、恩恵を受ける者達は果実となった者たちに涙を流すしかなかった。


 しかしまだ音はやまない。

 山の騒々しさには程遠いが、それでも音だけは響くのだ。

 生きている者達が救いを求める様になるまで続く、嗚咽と悲鳴の響きは止まる事は無い。


 精神を壊して取り乱すものさえいるなか、言葉とも取れない音をは吐き出して、痛みに耐えた末路に絶望する果てに、まだそこは足りないと、底の底に居る者達に更なる品種改良が行使される。

 果実は本質として、種に対するアプローチであり、植物における生存戦略だ。


 だがこの木に実るのは人間だ。

 だったら同じ事が行われるだけの話。

 人が産み出せるのは人だけだ。


 これか何度でも行われる行為は、ただの凌辱でしかない。


 一つの段階が終わり、一度の静寂が訪れる。

 だがそれは別に安息ではなく、次への準備段階であり、変化の始まりを意味していただけある。

 なによりそれは恐怖で声が出なかっただけでしかなかった。


 一度起きた体への変化は、ただ心に明確な傷として刻まれる。

 痛みと共に、それが変化への始まりである事が、もう理解させられているからだ。


 最初の始まりは異物感だった。


 泡が弾けるような感覚と共に、何かが下腹部から何かが植え付けられた事だけは理解できた。

 その感覚はゆっくりと存在しない四肢にまで広がり、根を張るような感覚と共にまた体が弄られる。

 体を這いながらなにが体の中を這いながら、ある筈のないものに幻肢とも思える錯覚に身を捩るが、いびつな痛みが腹の中で沸いた。


 体の一部が沸騰した。


 そう頭が誤認するほどの熱は、痛みより先に不快感と溢れかえる異物感に、嘔吐を伴いながら水もないのに吐瀉物で溺れて呼吸が出来ずに悶えた。

 だがそれは所詮準備段階の代物だ。呼吸が停止した如きで彼らは死ねない、悲しい話だが彼らは誰一人死なずに生還する未来が確約されている。だが人の機能は全て存在している以上、痛みはあるしそれに伴う苦痛も当然のように存在する。


 死を超越した所で、人を超越した訳ではないのだ。


 体内の異物が体の中で膨らむと言えば理解できるだろう。

 その異物が内臓を傷つけ吐瀉物を吐き出しながら、その吐瀉物を真っ赤に染め血の泡を吐き出し始める。痛みと異物感が頂点を超え始めると、体が拒絶反応から痙攣し始める。


 膨れる腹とごきんと言う音と共に、股関節は外れ、骨盤は骨折した。

 女性は比較的ましであったが、それが救いになる事は断じてない。


 一つ拷問について語る必要がある。

 本質として痛みを緩やかに行う事こそが肝要である。ゆっくりとゆっくりと痛みを与えていけば苦痛は長く続き、心は壊れても体は長持ちする。

 だが人の体を容易く壊すには、ゆっくり等必要はない。

 ただ壊れる様に力を振りかざし、振り回してしまえばいい。


 五十センチ、三キロの異物を腹で育てるには、少なくとも十月十日をかける必要があるのだ。

 その中でゆっくりと大きなって行く存在を受け入れる手段と期間がそれなのである。


 それですら死を天秤にかけ、苦痛が伴う代物なのだ。


 それを一時間もかけずにボンと作り上げれば、どちらもが壊れるのは当然の話だ。

 その期間の全てが人を作り上げるのに必要な準備であり、それを怠れば簡単な話として腹に溢れるのは肉の塊でしかない。

 あとは一人の男の都合で生み出された臍の緒と繋がった人にもなれなかった存在を輩出するだけである。


 それに伴う内臓や骨や関節と言った部分は甚大な損傷を受け、現実を受け入れきれない者達は、口から血の泡を吐きながら、痙攣とも違う方法で身体を震わせていた。


 だが何度も言うが女性はまだましだった言うしかない。

 少なくとも産めるだけましだったという最低な言葉でくくるしかないだろう。


 男は残念ながらそんな機能は無い。

 尻からひり出すのか、そんな考えも浮かぶか生憎とそんな機能は存在しない。

 これが悪辣だったのは、ただ体内に無理矢理胎児を突っ込んで成長させているだけであった事であり、結果として、その機能は成長する肉の塊を腹に埋め込んだだけと言う代物だった。


 男ではない誰かが言った。この溝底でありながら、まだマシだと思う光景があった。

 比較的想像しやすいのであれば、住血吸虫により腹水で腹が膨らんだ様と言えばいいだろうか、だがそれを倍以上に変化させればいい。

 

 想像したことあるだろうが、膨らんだ皮膚が避ける音を、限界まで引き延ばした皮膚がバンと割れる音を、痛みでは無くただ自分が壊れていく光景を見て、容易く人の心は壊れる。

 それは例えるならカエルを無邪気に殺した子供の様、好奇心でカエルに行った非道を自分たちが行われている。


 風船のように膨らませたカエルが壊れていく様は、今目の前で人類の半数に向けられた害悪だ。

 その中に一人逃れる様にそれを回避した者がいた。

 それこそが自ら腹を裂いたこの根本の元凶であるが、それを彼らに平等に行う必要もない。

 内臓を潰しながら膨らむ胎児と言う肉塊は、ただ人間として壊れ果てる人体に恐怖を与える代物でしかない。


 だが元凶の光景を見て、必死に身を捩ろうとする彼らは、生憎と四肢は存在しないのだ。

 弾け飛ぶ自らの体なんて見たい人間はいない。どこかにぶつけでも、どうにか腹を裂こうと必死に抵抗する様は、ミノムシが足掻いているだけの哀れな姿ではあった。


 嫌だと必死になって身を捩り、それでも何もできない姿に何人の安堵があっただろう。

 これよりはマシ、それが救いになる事など一つたりとも無いと言うのに、それでもこうなりたい等と誰も思いはしない。


 それは視覚的な恐怖だろう。

 破裂する体なんて誰も見たくはない。

 最も見たくない物を見せるのが、この呪いの本質だ。

 だから呼吸するほど当然であり、日が沈むように自然な理屈でそれは起きる。


 鈍い音が響く。


 音の先にあった光景の目撃者は、石榴が破裂したようだったと語った。


 真っ赤に染まった腹の中は、赤黒い塊を外に溢れさせながら宙にぶら下げて、母乳では無く多量の血を溢れさせた。

 広がった赤い密林と、臍の緒に繋がった肉の塊が木に垂れ下がる。

 カラスに啄まれる死体は無い。ただ醜く広げられた腹の皮が垂れ下がり、股から臍の緒をぶら下げて肉塊の重みで引き千切れて地面にべちゃりと落下した。


 世界は生命から赤を塗りたくられた。


 視界すら赤に染まった彼らは、ここで初めてその男の声を聴く。


「ああ、流石に速さを求めると欠陥が出る。これでは女神との契約を履き違える事になる」


 人を人とも思わない言葉。

 ただ単位としてしか、自分達を見ず極限まで命以外の価値観を認めない存在は、どこまでも彼らを見てもいなかった。


 ふざけるなと、必死になって声を張ろうとした者達は、自分達がもがき苦しんでいた事実さえ忘れて、血まみれになった喉の痛みをここでようやく思い出す。

 声が出なかったから、必死に出そうとした声は空洞の音だった。

 意志と言う証明すら出来ず、最後に許された抵抗すらも彼は奪っている。


 再殺者と呼ばれた魔王殺しの英雄。

 聖剣樹と呼ばれた輝かしき剣の象徴。


 だが認める事など出来ない。こんな事をされる理由に納得が出来ない。

 納得した所で肯定できるはずなどありはしない。

 その中で自分が産んだ子供を唯一都合のいい道具として認識して笑った存在は、ようやく彼らの結果に意味を向けた。


「なるほど、なるほど、資源としては形は関係ないか」


 本当に道具として、もっと言うなら資源として扱われた言葉は、自分たちが産み出した存在とそれに伴う苦痛に対する罵倒でしかなかった。

 奇形のままに作られた子供、それは最初から生命を宿していない筈だった。


 だが違う。


「人と言う意味さえあれば問題はないとは、なによりこれは繋がっている間は生きているのは都合がいい。ならば男女で役割を変えて使えばいいだけの話か」


 それでも腹に生まれた声明は生きていた。

 少なくとも自分の子供ではあったのだ。

 その事実にこそ彼らは恐怖する。


 ただの肉の塊では無く。それは生れ落ちて必死に生きようとした子供である。

 生み出し殺して捨てる。

 その為だけに生まれた子供がいた。


 都合のいい資源としての子供が確かに生まれたのだ。

 その怒りに何度彼を殺そうと考えただろう。だが意味は無い、彼らは彼を殺す事など許されもしない。

 抵抗など一切合切許されない。そうすれば状況をひっくり返されることは理解していたから。


 元凶は油断も驕りもなく、一手で彼らを詰ませた。

 思考に意味は無く、慈愛に価値は無く、これから起きる苦痛にすら本質的な意義は無い。

 なぜなら彼らに抵抗させない事こそが、二回目の魔王征伐より企まれた彼の策である。

 それほどまでに彼は魔王では無く人類こそを警戒し尽くしてた。


 だから機能を奪い心を砕く必要があった。

 何もできない様にして、受け入れる事が出来なくなるまで心を砕く方法と、魔王に対する呪いの成立を両立できたのがこの策だった。


 真っ当な心があるから彼らは壊れる。

 優しさがあるから彼らは壊れる。

 

 そうなるように男は考えて、生命が産まれてくる最大の奇跡を誰よりも尊んで足蹴にしたのだ。

 孫なかで彼らは生まれてくる子供に名前を付け続けた。

 忘れないように必死にそれだけの心を砕いた。


 その名前だけが彼らにとって自己を保つための手段であり、それだけが生きる意味を持たせる唯一の救いだったのだ。

 だがそれでも彼らは願い続けていた。

 生産されるように死んでいく我が子に、お願いだから生まれてくれるなと、死ぬために生まれないでくれと必死に願い続けてた。


 最もその願いが報われる事など一度もなく、産まれる命は個数としての価値しか求めらずに、ただ殺されていく。

 それだけは何一つ変わらない現実として存在していた。

 

予約投稿するの忘れてた申し訳ない。

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