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三章 本日は赤ん坊と母乳の雨が降るでしょう


 その呪いは萌芽、成長、開花の三段階を経て発動する代物である。

 開花までに常に絶望と命を燃料にしながら成長する食人植物と言われても、否定できる要素は何一つとしてないだろう。

 これから始まる二つの苦難は、成長の部分に該当し同時進行で進む代物だ。

 

 そりゃそうだろうと言われればそうだが、開花とは呪の完成を意味するのだか当然だ。

 しかしこの呪いの根幹は地母神の神話の曲解だ。生命の守護者である地母神の理屈を彼の都合のいいように捻じ曲げた最新の神話を、起点となる存在と命をもって発動させた。


 世界を支える大樹であったり、墜ちゆく世界を支える母の愛であり、汚れた大地から世界を救う神の手である。等と言った神話が当然の様に伝わり、全ての大陸で共通していた神話体系である。

 あまりにも神話が共通しすぎて統一国家時代は、かつての時代にそれに近い出来事があったのだろうと言う研究されていた事も有る。


 三廃主であろうとも変わりはしない。

 他の部族では一つの神に集約されていたりと、名前と形が変わりながら共通していた。


 その為統一国家以前は、教義による戦争が続いたとされる。

 最もその結果、統一国家が出来る要因であったなどいろいろな理由があるが、全ての神話において結末すらも共通であった事実だ。


 数多の試練を超えた後に、約束された大地、契約の土地、楽園、理想郷、そういった言葉の違いはあれど、かつての場所への回帰を持って語られる楽園追放では無く帰還の話である。

 彼らの部族での神話であるのなら、女神への回帰と言うが、やはり別のどこかへと向かう事をしさする言葉であり、もっと言うのであればどちらかと言えば帰還などの表現が使われるものであった。

 

 どちらにしろ、だがその回帰の為には資源が足りない。

 どこまで行っても魔王と言う存在は、千年と言う間に人類を殺戮しており、魔王と言う試練に対して彼の呪いでは、出力に圧倒的な差がある。

 簡単に言えば人類の命の総量が、あまりにも足りなさすぎるのだ。


 枯死太歳とはすなわち、人類を効率よく生産するシステムであり、効率よく人を屠殺する事によって魔王を殺すまでの出力を上げようとする代物である。

 だがそれだけでは意味がない所詮はこれは呪いである。


 生贄を魔王を殺すほどに人を殺し続けるだけでは足りない。

 どこまでも絶望し、生きる事を願わないほどに追い詰めながら、死ねないという本当の地獄を与える事こそが必要なのだ。

 命だけでは足りない。

 代償は生存であり、生産であるが、対価は人の尊厳そのものである。


 ゆえにこれは呪いなのだ。

 魔王を殺すほどに人類を底に貶める呪いであるのだ。


 もうこの年に溢れ返った手は大樹の様になり、子供と老人、それ以外で人類を選別していた。

 捕えられたもの達は、四肢を腐らされ動く事すら出来ないでいるが、さらに逃げられないようにと木に埋め込まれている。


 呪いは発動したがまだ成長の段階ですらない。

 まだゆっくりと大地に根を張りながら腐らせ続け、人類の唯一の生存圏はその内側から腐り果てていく。

 そもそも発動の段階で腐り果ててはいたのだが、根ごと絶やすように丹念に何度も何度も人類以外の生命の可能性を絶やしている。


 それは腐食から枯渇へ、人類以外の生存は無く、ありとあらゆる生存の意味を奪われた人類の楽園。

 外敵もなく、死もなく、生きていく事を許される生存圏。

 異臭すらも無くなり、大地は汚泥から砂へと変わっていく、月の大地を想起させるような生命の権限がない場所が視界に広がっている。


 そこは腐食していた大地は、砂漠の様相に変わっていく。

 世界に現れた樹は、その生命の全てを吸い取っているのだろう。


 その顛末は人類の生存のみが許された場所へ変貌していた。


 ただ事実だけの羅列を見るのならばここは人類絶対生存圏である。ここにいる人類は死を奪われた人の残骸だ。生命の全てが持つ特権が奪われる場所であり、ただ生きるだけの残酷さがここにはある。

 命の賛歌とは文字通り生と死の間を言うのだ。その間がなければ、ただの生命とは無駄と浪費でしかない。


 呪いの勢力圏こそが人類の唯一の生存圏だが、この人類史が続く限り汚点として残される代物は、まだ汚点の部分にすら手が掛かってはいない。

 衣食住が足りて礼節を知ると言うが、その辛さを知らずして人は獣から人にはなりえない。


 少なくとも生きると言うのは生と死を両天秤にかけて、それを生に傾け続ける行為だ。決して首を括る行為ではない。

 だが人はその選択を自分で出来るからこその人だ。

 生と死を己の尊厳で決める事を許される傲慢こそが霊長たる人の特権である。


 その傲慢の全てを奪ったのがこの呪いだ。

 大樹と呼ばれた男が作り上げた尊厳と言う名の最後の領域、個人で括る人と言う形の本当の意味での最後の最後、生死の選択すらもの人類は奪い取られた。

 

 命のを吸い上げて作られるた大樹、それは近くで見るのならどこまでも入り組んだ手だ。

 だが彼の故郷の山から見れば、とても大きな手の様に見えただろう。

 大地から突き出されてまるで、力加減を間違えて岩盤を突き破る女神の手だ。


 だがそれが木にでも見えるように、捕らえた人を枝を生やし木の実の様に吊るしていく。

 身を隠すものもなく、ただ四肢をもぎ取られて吊るされていく。

 まさに奇妙な果実がぶら下がっているのだろう。


 その枝葉が分かれ、完成に近づく中で意識を取り戻した人々は声を上げる。

 目が覚めて、四肢を奪われ、木に吊るされれば当然の事であろう。

 それは余りにも悲惨な合唱であり、どこまでの共通した意識のもとに作り上げられた平等な悲鳴。


「八手支母は人を産み落とし子らへと続く契約を刻んだ」


 諸悪の根源が口を開く。

 それは人々をどこまでも侮辱する代物だ。そして彼らをここまで貶めた、呪いの根幹である。


「生存と繁栄を、その果ての再会を」


 神話であり、それを捻じ曲げた代物だ。

 彼は自分しか知らない神話を捻じ曲げて、歪めて、都合のいいように彩っている。


「いくつもの国が終わり、時代を経て、支えるその腕が必要なくなる時」


 最も別に話の内容が変わったわけではない。

 ただ捉え方を都合よく変えただけだ。


「人は契約を果たし、八手支母への回帰を果たす」


 本当にそれだけの話。女神との契約を果たして、いつか女神へと回帰する。

 ただそれだけの神話、ただそれだけのかつての約束の話。

 どこにでもある神話で、あまりにも共通したこの世界でのよくある話だ。


 両腕も目もない、歩く事すら本来ままならない敵は、悲鳴を聞きながら呪いの言葉を言祝ぐ。


「八手支母の契約を審神者は代弁する」


 そんな契約を人類がした事などない。

 だが彼らの部族は確かにその契約を続けてきた。そしてそれは生命にとっては余りに当然の事なのだ。

 その契約を果たし続ける事こそが、彼等の信仰であった。


 何よりもそれこそがこの呪いである。

 これより告げる事こそが、人類告げる呪いの本質である。


 本来はそんな理屈はない。本来はその神話にそんな意味はない。

 だが呪いは所詮呪いだ。何かを歪め続けた果てにある澱みのようなものでしかない。

 そしてその言葉の末路はまず最初に言葉を紡ぐその男より現れた。


「産めよ」


 音が響くまるで何かが排出されるような音だ。

 だがそれは呪いの具現ともいうべき木が鳴動した音でしかない。


 言葉と共に男の胸が膨れていく。

 女性の体に変わっていくように、呪いの言葉を紡ぐものは、これから起こる現象を如実に表している。

 彼の変化と共に木に繋がった全てのものは侵される。

 男女を問わず乳房を膨らませ、機能不全の様に母乳をたらし始めていく。


 それは滲むと言うよりも、文字通り流れるに近い。

 だがまだその意味を知るものはいない。

 知ろうとも、そうでなかろうとも意味がない。


 これから起こる現実に比べれば、その程度の変化を気にしてなどいられない。


「増やせよ」


 言葉と共に男は妊娠した。

 その変化を代償として、繋がった男女が同じように腹を膨らませる。

 だが女性はまだましだ。少なくとも子供を産める体ではあるのだから、だが男はそういう意味では地獄だっただろう。


 なにせそのような機能はあったとしても、退化してるからこその男と言うのだ。

 ただ単純に子供と言う異物が腹に現れれば、死ねないのならば痛みとして現れる。


 だがそれを妊娠と言うのなら、これから起こるのは地獄である。

 男女の絶望的な差がここに現れる。産むことの出来ない男は、子供をどうすればいいのかだ。


 最もそのような思考ができる前に、痛みと言う阻害が思考を阻み、その状況を判断させない。


「地に満ちよ」


 それは呪いの慈悲なのかもしれないし、地母神であるが故の妥当性だったのかもしれない。

 まるで排出されるように、子供が生まれた。

 それは男女ともにあまりにも差があり過ぎた。


 審神者の姿を見ればいい、基本はそれが反映されるだけだ。

 自分の腹を無理やり裂いて、赤子を引きずり出したのだ。

 だがそうやって生まれた子供を見て彼は、臍の緒を切り落として地面に投げ捨てた。


「ああ、流石に速さを求めると欠陥が出る。これでは女神との契約を履き違える事になる」


 ただ受精させて、無理矢理成長させる。

 これではただ無理矢理腹に肉の塊を詰めただけに過ぎなかった。

 カエルの様に腹を開いたままの男達は、正しい思考もできないままに繋がった臍の緒と人の形すらしていない赤子をぶら下げたまま経験することもない痛みに泡を吹きながら気絶していた。


 そんな奇形だらけの子供を臍の緒を切り落として処分すると、地面に叩きつけられる音と共に大樹は笑う。


「なるほど、なるほど、資源としては形は関係ないか。

 人と言う意味さえあれば問題はないとは、なによりこれは繋がっている間は生きているのは、とても都合がいい。

 と言う事は男女で役割を変えて使えばいいだけの話か」


 生まれ堕ちた人と言う存在。それだけで意味があると分かれば、使える資源はさらに増える。

 どこまでも数字で人を数える所業だが、ここまでの事を起こす人間が情などと言うものでぶれる訳もない。

 最善が分からず、事前を選んだ時点でこうなる事を理解していた。


 なにを言われても今更だ。全ては今更の話であり、その結果は既に決まっている。


 後に語られる堕胎の獄、それは簡単に言えば人を生み出しながら殺す命を回収する循環システムだ。

 この大樹は人類生産工場であり、人類屠殺場である。

 そして命などと言う形も見えない代物を資源にして、魔王殺しを成し遂げる代物だ。


 こんなもので人類が救われたと言って喜ぶ事が出来るものはない。

 これからの十数年、死ぬのは生まれる子供だけだ。ほかの誰も死ぬ事など許されてもいない。


 つまりだ魔王殺しの始まりから終わりまで、その被害者が歴史を紡いだのだ。

 誰一人納得するものなどいない。無理矢理子供を腹にねじ込まれて、腹を裂かれて出される様なことを納得できるものがいる訳がない。


 だがどんな言葉を連ねても被害を受けた側が、簡単に加害者を許す事など起こりえない。

 恨みとは沈殿していくものであり、溜まることはあっても無くなる事などない。

 これから先に彼らは何度も何度も心が折れる。何度も何度も精神が壊れる。何度も何度もだ、繰り返されたところで何の意味もないほどに、尊厳などここにはないのだから。


 容易く絶望が彼らの心を埋め尽くし、溜まった澱みは千年を超えても残り続ける。


 誰にも望まれない子供が生まれ、ただ死ぬだけの子供が生まれ、だがそれでもまだ足りぬと呪いは彼らを歪めていく。

 だが仕方がない。

 望まぬ子ども、死ぬだけの子供も、よくある話でしかないのだ。


 それはこの世界が広がる前から、どこにでも散見される事実であるのだろう。

 それでもこうなる謂れはない。それでもこんな扱いを受ける必要はない。


 しかし理由がそれを埋め尽くし、呪いとなって、生命の誕生を穢し続ける。

 これより始まる絶望の連続を、永久に続くとすら思えたその地獄を、その事実をもって後の世に語り継がれたのだ。


 堕胎の獄


 これより呪いの完成まで続く彼らすべての苦痛全てを伝える言葉である。

 しかしそれでもなおまだ足りない。

 もう一つあるのだ。もう一つ、あえて逃がされた子供と老人の意味がまだ足りない。


 苦しむしかないのだ。

 絶望するしかないのだ。


 死にたいと願ってすらも許されない場所で、彼らは魔王を殺す為の生贄となったのだ。

 産み続ける苦痛か、生き続ける苦痛なのか、死ねないと言う意味の残酷さを人類はこれを味わい続ける。

 その罪業の塊は、彼ら程度の絶望では足りないと、蕾もつけずに人だけの世界にポツンと立っている。


 そこに響く悲鳴も救いも聞こえないように、まだ続くと、何も始まっていないと、人だけの世界に君臨していた。



 

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