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十章 凌遅の果てに肉を食み


 愛を以て育てられた子供を殺される身内の悲鳴を聞いた事があるだろうか。

 一度でも聞けば耳に焼き付くような代物で、例えるなら臓腑に存在するあらゆる中身を吐き出すような恐慌染みた代物だ。

 逆に感情をそこに沈める類の人もいるが、それも受け入れられない事実に遮断するものと別れているだけだであり、前者ともなると人間と言う形を持った何かに変わっていく。

 最も人の底にいる様な人間は、この光景を打ち砕く様な笑うしかない有様を見せてはくれるが、それは例外と言う物だ。


 どちらにしろ真っ当な精神性でいられる事は極めて少ない。


 だがその男がしでかす事は生憎真っ当な物では断じてなかった。産まれたばかりの子供は首が座ってないなどと言うが、当たり前の話として人としては脆い。

 その脆弱さを自覚し必死に繋ぎ止めるのが、ある意味では最初の育児とも言えるだろう。


 だが容易くその腕は引き千切られた。

 その際に腕だけではなく肩回りの皮膚が千切れて、脆弱な心臓の鼓動でも体内から吐き出される血液が床に垂れている。

 成人男性の手のひらより少しばかり大きな腕を男は骨を砕き、三分割に千切っていく。


 目の前でそれを見せられる聖樹は吐き出される呼吸音ですら悲鳴に聞こえる有様だ。

 自分の子供を感情もなく分割する男の光景と、それを見せられながら必死に救おうと足掻く母の姿は、歌劇であればとても絵になる光景かもしれないが、生憎とそれは現実で起こったのなら惨劇である。


 だがもう呪いは始まっている。

 この呪いのは悪夢を作り上げる事に特化している。死を否定し、生を無理矢理に押し付ける行為、その愚劣さはこれまでに説明してきた事だ。

 真っ当に生きる事と、真っ当に死ねる幸せは、残念ながらこの呪いには存在しない。


 生き続ける苦難こそをこの呪いは体現する。

 人を生存の服従者に変える術であり、人と言う営みをどこまでも貶めて生存を強請る残骸の手法だ。

 この呪いの原型を作り上げた最初の人物は、自身の血縁をこの呪いに押し込み三百年と言う時代を生き抜いた王だったが、最終的には解体された挙句溶けた鉄を流し込まれた棺桶に封印された。 

 最も呪いの起点を潰されたので解体された時点で死んでいるのだが、それでも二度と蘇る事が出来ない様にと徹底的に殺された。


 本来は消費した寿命を贄にした血縁から受け取り生存し続けると言う呪いが原型であり、それをぐちゃぐちゃにしてさらに劣悪な物にしたのがこの呪いだ。


 関節ごとに解体される子供、まるで紙を千切るように鈍い音を立てながらそれは行われる。

 その光景を見せられるものは、まだ呼吸があり、泣く声の聞こえる子供に次を願い始めてしまう。

 それは地獄の様な願いだ。

 だがそれはある意味では当然の願いでもある。


 呪いと、簡単に言葉にしてしまえば容易い事だが、本質はどこまでも心を貶める手法であるのは間違いないのだ。

 それこそがある意味では求められる代価である。

 大切であり失いたくない物であり、どこまでも自分にとっては慈しみ愛する者。それを代価してでも成し遂げようとする末路こそが呪いだ。


 だからこそ、その呪物に選ばれた者には、地獄を与え続ける必要がある。

 どこまでの苦痛を与えられて、胸を藻掻き苦しみ抉り出すような衝動を抱え続けなければならない。

 その為ならばどこまでも、人としての下限の底を踏み抜くような行為を行って初めて、地獄の窯を開くことが出来る。

 呪いはそれを人に行う事こそが主眼である。


 四肢を十五に分割された娘、五臓六腑を丁寧に引き出され、生きている理由が分からないほど子供の解剖図としては最も優れた形になり果てる娘を見続けた母はどれほど心を破壊されるか想像も出来ない。

 同時に冷静な部分がこうも思わせる。

 なぜ娘は生きているのだと、人の死を見続けた人間が分かりやすくその臓腑をバラバラに切り取られ、輸血もせずに解体されて生きていける人間は中々稀有である。


 その子供の体は簡単に言えば標本、ただし首から下は解剖後と言うしかないだろう。

 骨と肉と内臓を切り分けられて、泣く事すら許されないバラバラ死体が完成している。


 だからこそ彼女は願ってしまった。

 人間でなくなっていく娘が、生きている事実を受け入れながらも、目の前の怪物が行う地獄の所業を理解して、後の呪いを受けた者達と同じ事を考えずにはいられなくなる。


 生きていける事だって、死ぬ事だって、同じぐらいには必要な事だ。

 どうしようもなくなった最後と言う物は、与えられてしかるべき内容の筈だった。

 それすら奪われる事がどれほど耐え難いものかを、残念ながら与えられ者達には分かりはしない。


 あえて、喋る事が許されなくなった彼女の言葉を伝えてみよう。


 殺して、あの子を殺して、こんな事をするならお願いだからあの子を殺して


 だがその言葉の願いはかなえられる事は無い。

 それを叶えてしまえば呪いは成就しないからだ。

 最初は彼への罵声だった。だが解体される娘の姿を見て、その言葉が変わっていくのは当然の事だろう。

 母親が娘に願う事が殺して変わる中で、これだけ絶望的な優しさがあるだろうか。


 人の形すら許されなくなった子供に、何より生きている事実を突きつけられて、死を願う事が優しさになる。

 だが彼女が感じる地獄はここに至って、まだそこではなかった事実に絶望する。


 そもそもなぜ彼がここまで娘を解体し続けたのか。

 肉片にして二百六十程度の分割された体と臓腑の意味だ。


 解体されても娘が生きている理由すらも理解の外だろう。


 眼前の光景に彼女が願うのは、早く娘を殺してほしいと言う切なる願いだけだ。

 その地獄の有様を見て、それ以外の事に理解をさけるほどの余裕がある筈もない。

 それでも彼女はこの状況で、それ以外を考えなかった事は、ある意味では救いですらあった。


 この愁嘆場にあって、これでさえ救いであったのだ。


 さあ、彼が作り上げた呪いがどのような代物だったのか。

 後の世の人々に与えた呪いがどんな代物だったのか。

 その根幹たる地獄はどのような物かだったのか。


 今更思い出す必要もないだろう。

 つまりはそう言う事だ。

 そんな顛末だ。


「————ッ、ああ、あえあ」


 解体される娘の最後の部分は眼球だった。

 スプーンで刳り貫く様に丁寧に取られた眼球は、一つずつ彼女の口に放り込まれた。

 枯れた喉を潤すような水分と少しの塩味と赤錆の味が口に広がる。

 開かれた顎は物理的な限界は、残念ながら母の愛を超越した。


 体をビクンと震わせて、のたうち回る姿には必死な抵抗はあっても何の意味もなかった。

 初めて味わう人の味は、よりにもよって娘の味だった。

 吐き出そうと必死に足掻くが、砕かれてだらしなく広がる口は、拒絶を許さずに飲み込ませた。


 当然の様に思考に行きわたる拒絶の心は、異物を吐き出そうと脳に指示を与えるが、和の夫がそれを許さなかった。

 吐き気として現れる衝動を許さず無理矢理に鼻と口を塞ぐ。

 当然の反応としての拒絶により、溢れる胃酸の香りと舌で味わう娘の眼球の形と味に、首を必死に振りながら暴れようとするが、生物として与えられる機能が最終的には彼女に絶望を与える。


 これは別に彼女に悪い場所の欠点もないのに、最も絶望と公開をするのは彼女だ。


「娘を吐き出す必要はないだろう」


 最低の言葉だ。


「もう一度体に入れるだけなんだ」


 最悪の言葉だ。


 そういいながら二つ目の眼球が口から喉に伝う。

 響く悲鳴は、体力の続く限り行われるが、そもそも彼女の心が耐え切れなくなる。

 こんな行為に耐えきれる人間は中々いない。

 狂っていても堪え切れる人間は少ない。

 こうなってしまえば人が願うのは、死以外の選択を望む事自体が不可能になる。


「まだ、娘は死んじゃいないんだ」


 だと言うのに、彼女の心を無理にでも蘇生させる言葉に希望を見出そうとする。

 この男の言葉にもはや悪意以外は無い。心も死んでもらっては困るのだ。

 これから呪いの成就まで絶望し続けてもらわなくてはならない。


 生きる事から簡単に逃げられるような事を男は許さない。


「ほら心臓が動いてるだろう。ここまでされても彼女は死ぬ事は無い、胎にでも入れて悪意から守ってあげるといい。最も胃酸に溶かされながら、君の体に存在し続ける事なるが」


 希望とは絶望の前段階だ。

 落差こそが落ちる時の痛みに繋がる。だから男は平気でそんな言葉を彼女に語り掛ける。

 こんな事を耐えきる為に生きているわけではない。

 こんな事をされる為に生きている訳ではないのに、男はお前らはそういう為に生まれて来たと突きつける。


 眼球の次は脳だった。

 きれいに切開されて、明るい色をした肉の塊を四分割にして、飲み込みやすいようにと放り込む。

 その度に感じる不快感と肉の触感と喉越しに溢れる吐き気を止める事も出来ないが、娘を吐き出すのかいと彼は言う。


 死にたい。

 死んでほしい。


 それと同時に浮き上がるのは彼への殺意だ。

 感情すら消えた表情に、人間性がどこに残っているのかも理解できない姿は、シリアルキラーの自己満足とも違う。

 行動の正否だけを問えば、それは間違いなく正しい行為だ。

 ここまでの愚劣極まる所業があったとしても、人類は残念ながら魔王を終わらせる事は出来ないだろう。

 彼以外の手段で残念ながら人類は、魔王を殺す事は出来はしない。

 結果の末路も絶滅と言う方向以外有りはしなかった。


 だから正しいのだ。間違いなく人類にとっては正しい行為だ。

 行為の可否ではなく結果の可否としては、彼は人類の救世主と言っても過言ではない。


 ここまでの行為を行っても、彼が正しいのは間違いは無いのだ。

 人はそれを納得できるわけがない。こんなものを納得して生きたくはない。

 最低限の大義名分すらも凌辱した男の行為は、認められる事だけは絶対にない。


 魔王よりも魔王らしい行為を彼は行う。

 憎悪にまみれた目を見て、彼はこれでいいと優しく笑いながら、娘の下あごを砕いて彼女の口の無理矢理ねじ込んだ。

 砕かれた下顎はそれでも彼女の食道には、大きかった様で喉を詰まらせ、その場で酸素を求めてのたうつ。


 だが始まり出した呪いは、彼女の死を許さない。

 ただ無理矢理にねじ込まれ酸素を求める本能が主張している間だけは、その絶望の全てを忘れる事が出来て、それが救いとなってしまう事が哀れではあった。

 仮にも妻がどうなろうと気にせず、状況を確認しながら無理矢理に娘を妻の口にねじ込んでいく。


 ——くちゅり


 酸欠によりこのまま死ねるんじゃないかと喜ぶ彼女の希望は折られるが、それでも本能的な衝動が彼女の心が壊れるのを救ったのは事実で、自身すらも死ねない事実に気付く頃には、娘の内臓までは体の中に入れられた段階だった。


 ——くちゅり


 あれだけ解体された娘の肉塊は既に足だけになり、自分が人一人を食べた事実は衝撃的だが、人がなくなっていく姿を見れるのは、何でと声を吐き出したくなる理由にはなるだろう。

 いま彼女の心を支えているのは、彼に対する殺意と娘に対する絶望である。


 ——くちゅり


 しかしその彼女の有様さえも呪いである。

 こんな有様を以てして作り上げるのが呪いなのだ。


 ——くちゅり


 さて最後になるが、彼女と娘こそが呪いの起点である。

 だがここまでの事をして彼女をどうやって隠したか、赤子を食わせて子を産むと言う根幹の部分、だがその呪いの発動段階から彼女は存在はしなかった。


 もうここまで言えば、音の意味は理解できるだろう。

 まだ、まだ、絶望は重ねれば重ねるほど呪いにとっては価値がある。

 彼女が喋る事が出来るのであれば何をしていると言っただろう。


 音は切り落とした彼女の足を貪っていた。

 死なない彼女たちを喰らって、男はその内部に呪いの起点を作り出したのだ。

 ならば、もうこれから起きる事の顛末は分かり切っているだろう。


 何度も言うようだが希望とは絶望の前段階だ。落差の次は底はいくつか用意しておくべきだ。

 なぜなら痛みは一度なら耐える事が出来ても、何度も堪え切れるような代物ではない。


 ——ばきん


 ここが底の底だ。末路も末路の残骸の果てだ。

 目の前の男の正気は、残念ながら万人の狂気に勝ってしまう。

 最初は恐怖を、次は憎悪を、その次は殺意を、そして最後はまた恐怖を、その理解し難い音の末路の有様に、女は今までの全てを忘れて恐怖の悲鳴を上げた。


 これこそが枯死太歳の始まりである。


 人類を供物にし、これによって救われたことが屈辱と言わしめた男の行い。

 魔王を殺す為だけに冷静に作り上げられた正気の結晶にして狂気の末路、全てを魔王を殺す事に費やした男が、残す惨劇の始まりである。

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