聖装のヴァルキュリア外伝「レム・カノンは焦らない」
その日、レム家の次女カノンが教室で読書に耽っていると親友であるミズキが話しかけて来た。
ミズキは名門ミアガラッハ元辺境伯家の次女でカノンとは小さい頃からの友人である。
「ねぇ、カノン。何を読んでいるのですか?」
カノンはミズキの方に視線も移さず答える。
「見て分からないかな?本だよ」
「それは見れば分かります! 何の本を読んでいるか聞いたんです!」
「ああ、なるほど。物質の名称でなく書物のタイトルについて聞いたのか。これは失礼。私が読んでいたのは『ふたりはゴリキュア』という児童文学さ」
「ああ、そう言えばそんなの小さい頃に読みましたね。好きだったんですか?」
「いや、特に。教科書を読み漁るのも飽きていたらふと図書室で見つけてね」
図書室には色々なものがあるのだとミズキは感心した。
カノンはその日の気分で色々な本を読む。
先日は確か『クラーケンの恋日和』とかいう謎の恋愛小説を読んでいた。
「カノン、知ってますか?女子の体操服がまた盗まれたそうですよ。隣のクラスの子が被害に遭ったんだって」
「ふーん」
物凄く興味なさげだ。というか、そもそもこの話題は彼女の好みじゃないんだろう。
しかし、付き合いの長いミズキは気分を害することなく話を続ける。
「先月から時々あったみたいで先生たちも警戒して見回りとかをしていたんです。でもそんな中で今回の事件ですから……何か嫌だと思いません?」
「何が?」
「だって、犯人は恐らく男子ですよ」
「何故?男子の体操服と女子の体操服は規格が違う。男子が盗んで何か得なのかい?」
「そ、それは……その……そうですね。例えば匂いをかいだりとか着てみたりとか或いは……ううぅ、言ってて気分が悪くなってきました」
「なるほど」
カノンは立ち上がると始業のベルが鳴っているにも関わらず教室を出て行く。
すれ違った女教師の制止などお構いなしに彼女は歩いていく。
教師が呆れる中、ミズキは『すいません』と謝りながらカノンを追いかける。
「いや、お前は授業を受けろ!!!」
教師のツッコミが飛ぶがその頃にはミズキは居なくなっていた。
つかつかと歩いていったカノンは上級生の教室に入ると一人の男子生徒の首根っこを掴むと豪快に開いている窓から外へ放り出した。
「ああ、失礼。彼に話があるのでね」
言いながらカノンは男子生徒を追いかけ3階の窓からダイブ。
追ってきたミズキは『ああもうっ!!』と言いながら教室を出て階段を駆け下りていく。
「まあ、いつもの事か……」
この教室の教師や生徒はそう呟くと授業を再開していた。
□
「見下げ果てたね、お兄、体操服盗難事件の犯人は君だろう?妹として情けないよ」
「何の話だ!!?」
カノンの異母兄であるホクトは、目を白黒させながら叫ぶ。
「とぼけても無駄だよ。体操服の匂いをかぐなんて変態行為、お兄以外に考えられない」
「お前の中で俺はどんなイメージなんだよ」
「エロの権化」
ばっさり切り捨てる妹に兄は頭を抱えた。
そこへ息を切らせながら走っきたミズキはホクトを見て首を傾げる。
「カノン、何でホクトを……」
「体操服盗難事件の犯人だよ」
「だ、だから違うっ!!」
「最低ね、ホクト。本気で見損なったわ」
汚物を見る様な目でカノンはホクトを睨みつける。
「本当に違う!」
ホクトは必死に弁解をする。カノンはそれをしばらく聞き、答えた。
「ふむ。どうやらお兄が犯人ではないようだ」
「だから言ってるだろ!人の教室に入ってきたと思ったらいきなり窓の外へ投げやがって!謝れ!!」
「となれば誰が犯人なのだろうね」
「聞けよ!」
「犯人が分からないなら仕方ない。この話はここまでにしよう」
「俺の話を聞けー!!!」
そんな兄を無視して妹はすたすたと歩いていくのだった。
□□
それから数日後。
とある空き教室でカバンから女子の体操服を出す人物がいた。
その人物は興奮した様子、女子の体操服を顔に近づけて匂いを嗅いだりしていた。
「はぁ~、この匂いがたまらないんだよねぇ」
恍惚な表情をしながらそう呟く人物は、体操服に顔を押し付けながら深呼吸をした。
「すぅー、はぁー、はぁ~」
そしてまた、深呼吸する。
「あぁ、癒されるぅ……」
そんな中、教室の扉が開かれる。
「なるほど、あなたが犯人だったわけか」
それはこの学校の女性教師であった。
「レ、レムさん!?何であなた!!?」
「犯行のペースが段々と狭まってきているのでね。そろそろあると思ってたんだ。そこで全女子の体操服に追跡用の繊維を少しずつ編み込んでおいただけさ。後は誰かの体操服が盗まれたらそれを追跡するだけの簡単なお仕事」
とんでもない事を言うカノンに教師は驚愕する。
「いや、全女子って……そんな事出来るわけ」
「出来たのだからこうやってここに居るのだけど?」
さて、とカノンは教師を見る。
「教えてくれ。生徒の体操服を盗んであなたは何をするのかな?その目的は?」
「え?あ……私は若い子の匂いが好きで」
なるほど、とカノンは近づくと女性教師が持つ体操服の匂いを嗅ぎ始める。
「つまりこの匂いがあなたの性的興奮を高めるわけだね」
「わ、私、匂いフェチで……」
「なるほど。匂いに快感を覚えるのか。もう少し捻るにある動機だと嬉しかったけどね」
「あ、あなた。私を捕まえて破滅させる気ね?」
だがカノンは興味なさげに答える。
「いや、私は単に犯人が体操服をどう使うか知りたかっただけさ。まあ、あまり面白味は無かったけどね」
「う、嘘をつけ!破滅させられたまるか!あんたみたいな生まれついての勝ち組に!!!」
女教師は懐からダガーを取り出すカノンを睨みつける。
「止めた方が良いよ。無駄な事だから」
「これでも元アサシンさ。あんたみたいな小娘に遅れは取らないんだよ!!」
女教師は床を蹴りカノンに飛びかかるが攻撃は宙を空振るのみ。
「は?」
「やれやれ『悪い習慣』……だよ」
呟くと女教師はバランスを崩して座り込んでしまう。
「な、何で……」
「既に『攻撃』はしておいたから。私の『音』であなたの三半規管を狂わせていたんだ。知っているかい?耳の中にある平衡感覚を司る器官だよ」
床で無様にのたうち回る女教師を眺め、カノンは呟いた。
「ほらね、無駄な事だったろ?」
□□□
「ほらな、俺が犯人じゃなかっただろ?」
後日、教室で読書をするカノンの所に兄が抗議に来た。
「何の事だい?」
「体操服盗難事件だよ。人の事を犯人扱いしやがって」
「昨日庭でリン姉さんの下着を握り締めていてママ達に吊された男が何を言うかと思えば」
「ち、違う!あれは風で飛んだのを拾っただけで……」
慌てる兄、ミズキがまたもや汚物をみるような目で見ている。
「最低ね」
「ご、誤解だぁ!」
その後、彼は無実を訴え続けたが、信じてもらえたかどうかは定かではない。
ただ、カノンは既に校庭で円盤投げをしていた生徒が目を回す様子に心を奪われていた。
「実に面白い」