自分と向き合うまで
小学生の俺は昼休みに支援学級の先生に呼び出されて、支援教室にいた。
机に座って待っていると、国語、算数と書かれた紙を持って先生が戻ってきた。
「この紙に書いてある教科をこの教室で受けるけど、大丈夫?」
当時の俺は何も考えずに了承した。それが自分の障害に気づくきっかけだとは知らずに。
ー数日後ー
今日は小学校を早退してある病院にやってきた。
名前を呼ばれ、診察室に入ると母さんと主治医が先に話し始める。しばらく話をした後、主治医は俺の方を見て一言。
「君は発達障害だよ。」
頭が真っ白になった。それもそのはず、当時は障害をもつことは欠陥だと思っていたからだ。
その晩から眠れずに泣いて、現実を受け止められない状態が続く。
登校しても、俺は障害者、俺は障害者とぶつくさ言う日々。
中には面白がって、バカにしてきた同級生もいた。我慢の限界をむかえて、キレると全ての責任が俺にきた。
障害者という理由だけで、先生を含めた大人は信じてくれない。バカにされたからと言っても、「嘘をつくな!」と怒られる。
しまいには、バカにしてきた同級生に謝りに行くという、おかしなことが起きる。
この頃から徐々(じょじょ)に人を信じられないようになったかもしれない。
年月が経ち、小学校最後の文化祭の時期がきた。
クラスの出し物がお化け屋敷になり、お化けの役をしていた。しかし、突然誰かが腹を殴ってきた。お面を被り視界が制限されているなか、殴られた。唯一わかったのは、笑い声が聞こえたことだ。結果、またしてもキレてしまう。あまりにもムカついたが、キレたことでまた俺が悪くなった。
これ以降、自分から名乗り出ることをやめた。
そして春、俺は小学校を卒業して中学校に入学した。
今思い返すと中学三年の前半まで、ろくな思い出がないことに気づく。
中学三年の後半、後の恩師になる人、校長先生と出会う。
当時の相談相手は校長先生しかいない。けれども、話し相手がまともにいない俺には嬉しかった。
先生は、落ち込まないことが大事だと教えてくれたり、キレないための考え方を教えてくれる。
そして、現在。俺は自分の障害を長所だと言えるほど、理解を深めることが出来た。
向き合う相手は必ずしも他人だけではない、自分自身とも向き合うことも大事なのだ。




