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森の井戸

作者: 葉月




これは子供の頃に体験した話だ。


小学生の頃は、夏休みになると俺は両親と一緒にお母さんの実家に帰省していた。お母さんの実家は地方の田舎で、田園風景が広がり、隣の家との距離は離れていて家各々の隣に広々とした畑がある。移動するには車が必須で買い物は車で40分かかるスーパーへ行かなければならない不便な村だ。


だが、都会暮らしの俺にはそんな田舎の風景が新鮮だった。年に一度しか訪れない土地に何をして遊ぼうか何時もワクワクしていた。夏休みという事もあり、近所の子供達も休みなので遊び相手に困る事も無い。皆、年に一度遊びに来る俺を歓迎してくれた。虫取りや川遊びなど、自然を満喫するには十分だがそんな田舎にも決まりはある。




それは『森へは入るな』だった。




お母さんの実家からは歩いて15分くらいの場所に森がある。森と言っても山に続くらしく、昔はその森を抜けて山を超えて、峠道を通り隣町へ行っていたらしいから、かなり広いのだろう。その山は別な方に登山道が整備されているらしく、森だけ立ち入りが制限されているらしい。広いから迷子になったら帰られない恐れがあるのか、とにかく村の大人達は森へ入るのを禁じる。子供達の中には入ろうとして親に見つかり殴られたと言っていた子もいた。俺も怒られるのは嫌なので、遊びに行く俺に「森へは行くなよ」と言うじいちゃん達の言いつけを守っていた。



ある年の夏休み。10歳くらいだったと思う。何時ものように泊まりに来て、近所の子達と遊んで過ごしていた。

ある日、両親は車で出掛け、じいちゃん達は畑仕事をしていた。俺は、近所の子Aと森まで遊びに行った。森には入らないように規制線(ロープで遮ってある)がある。そこから先へ入らなければいいので、入らないようにすれば大丈夫とAは言うので俺も安心してついて行った。ロープはだいぶ手前にあるらしく、森へ入れても5mくらいだ。



森の奥へ行かないように注意しながら俺達は虫取りをしていた。虫かごにはオニヤンマ等沢山入っている。すると、虫取りに夢中になっていたAはどんどん森の奥へ入ろうとしていた。

「おい、A!!それ以上行っちゃ……」

Aはどうやら気付かなかったようだ。何時もは掛かっているロープが切れていた。雨風にやられてボロボロになってしまったようだ。古くなったのを交換する前だったのか、そのまま放置されていた。



俺の制止する声が聞こえなかったのかAはどんどん中まで入って行く。慌てて俺もその後を追おうとするが、森の奥に入るのを躊躇った。だがAを1人にする訳にもいかないので、意を決して奥へ進む。転ばないように慎重に走るが、Aはお構い無しだ。虫を夢中で追っていたAは足元を見ていなかったのか剥き出しになっている歩行用らしい道からも逸れ、道無き道を進んで行く。


「見失った〜。…………あれ??ここ、何処だ??」

虫を見失ったAは周りをキョロキョロして、いつの間にか知らない場所に来てしまった事に気付いたようだ。

「だから……俺も止めたのに……」

急いでAを追った俺は、肩で息をしながらAを睨む。

「悪い悪い。……にしても、中に入ったけど特に危なそうなのも無いな」

つまらなそうにAは言うので、俺は呆れた。バレて怒られるのが嫌なのでAの腕を掴み来た道を戻る。

「戻るぞ。今なら入ったのもバレないから大人達に怒られない」

「まぁ待てよ。どうせ中まで入ったならもう少し探検しても遅くは無いだろ??」



イタズラ小僧のような笑みを浮かべ、俺の手を振り払いAはさらに奥へと進む。せっかく歩行用らしい道に戻ったのに、Aはお構い無しに道を逸れて進んで行く。

「おーい!!俺は戻るぞー!!お前も「ちょっと来てみろよー!!」………は??」

戻ると伝えたのに、Aは来いと言う。多分俺が行くまで戻る気は無さそうなので、渋々Aの声がする方へ歩いて行く。15mも歩かないくらいの場所にAは居た。Aが指差す方を見ると、古い井戸があった。周りは草木に覆われてその井戸を隠すように生えていた。何年も人が近付いていないような、ひっそりとした空気が辺りには立ち込めていた。


俺は何でか分からないけど、その井戸を見ていると背中がザワザワして足が震えてきた。暑い夏なのに寒気もしてきた。何の変哲も無い井戸なのに俺は恐怖を感じていた。そんな俺を気にせず、Aは井戸に近付いて行く。

「お、おい!!A、近付かない方がいい!!」

「平気だって〜。案外ビビりだな」

止める俺を笑いながらバカにするAに腹が立った。心配して言ってるのに、聞き入れないならもう知らないと思い、何も言わずにただ見ていた。


よく見ると井戸は木で簡易的に蓋がしてあった。井戸の高さはそんなに高くなく俺の肩くらいの高さだった。蓋の上には石が置いてあり、蓋がズレないようになっていたが、何故か蓋がズレていて少し開いていた。地震か何かでズレたのか、もしくは獣が動かしたのか。でも、獣道のようなものは見当たらない。不思議に思っていると、Aがズレていた蓋を思いっ切り持ち上げ、乗っていた石ごと地面に落とした。

「あっ」

思わず声を上げるがAは気にしてなかった。

「なー、この中何入ってんのかな??」

「涸れ井戸じゃねーの??落ちんなよ!!」

もし井戸に落ちても深さ次第では俺では引き上げられない。Aが俺の心配なんて気にせず、井戸に手をかけ少し背伸びして井戸の中を覗いた。



すると、覗いたままの状態で固まった。何も言わないAに俺は声を掛ける。

「おい、A!!何かあったのか??」

だが俺の声には反応せず、井戸に手をかけたままその場に座り込んでしまった。

「お、おい!!どうしたんだよ!!」

呼び掛けても返事もせず、Aはただ井戸の前で座っている。おかしいと思った俺はAの側へ行こうと思い走り出したが、俺の足音とは違う変な音が聞こえた。立ち止まり何の音か正体を掴もうと耳を澄ませる。すると、音は井戸から聞こえた。ゆっくり近付くと、井戸からズル…ズル…と何かが這い出て来るような音がした。



俺は直感的に「ヤバい!!」と思い、何とかAを井戸から離そうと、Aの隣に立ち肩を揺するがAは井戸を見つめたままだった。その目は生気が無いように見えた。何とか立たせてその場から離そうとするがAは微動だにしない。

音はどんどん大きくなり、井戸の底から近付いてくる。震えながらAの腕を掴み後ずらせると、ゆっくり井戸から細くて白い腕が伸びてきた。俺は今すぐ逃げたかったがAを1人には出来ない。叩いたりしても何も反応しないAが怖くなってきた。そのうちに井戸からは腕だけでなく黒い頭も見え始めた。


それを見た瞬間、俺の中で恐怖心が爆発しその場を離れ来た道を全速力で走って戻る。15分くらいだろうか。見覚えのある道路が見えて、森を抜けた安心感からかその場に座り込む。誰か追って来ていないか後ろを振り向くと誰もいなかった。一瞬だけホッとし、Aをどうしようと悩み空を見上げる。すると、さっきまで晴れていたのに、急に曇ってきて今にも雨が降り出しそうだった。



不思議に思っていると「おーい」と呼ばれた。声のする方を見ると近所のおじさんが軽トラで近寄って来ていた。慌てておじさんの元へ駆け寄った俺は何から話せばよいか分からず「えっと…」と固まる。

「どうした??Aと遊びに行くって聞いてたが、Aはいないのか??」

俺は怒られるのは覚悟して森の奥にAと入ってしまった事、井戸を見た事などを伝えるとおじさんは険しい顔つきになった。

「………井戸から出てきたのか??」

「う、うん…。白い腕が見えたよ」

「バカ野郎!!何で奥に入った!!」

「ご、ごめんなさい!!」

俺は泣きそうになるのを堪えながら謝る。おじさんは助手席側のドアを開けると「乗れ!!」って言い、じいちゃんの家まで乗せてくれた。一緒に車から降りて畑にいたじいちゃん達に事情も説明してくれた。おじさんはAの家に行くと言って帰って行った。



おじさんがいなくなると、じいちゃんに思いっ切り殴られた。殴られた反動で俺は地面に転がる。

「どうして止めなかった!!」

「俺は止めた!!……でも、Aが聞かなかったんだ」

「それでも無理やりAを連れ戻さなきゃならなかったんだ!!……急に曇ったからおかしいと思ったんだが…」

頭を抱えて大きな溜息をつくと「……お前が無事で良かった。取り敢えず入れ」と言って俺を立たせる。


念の為に、と家に入る前にばあちゃんに全身に塩を撒かれ、御神酒も掛けられた。そのままじいちゃんがお経みたいなのを唱え続け、終わると風呂に入らされた。風呂から上がって居間に戻るとじいちゃんが待っていた。外はいつの間にか雨が降っていた。じいちゃんに「座れ」と言われたので、大人しく座布団に座った。そして、じいちゃんの口からあの森にある井戸の話が始まった。



「昔、この土地は雨が中々降らなかった。作物も育たないので、皆困り果てていたそうだ。そこで、雨乞いをして雨を降らせようとしたんだ。神主に頼み、必要な物を指示される。その中には『人』も用意せねばならんとあった。若い人の方がいいと言われ当時は両親がいない子供や、身体が弱かった子供で10歳以下の子供が選ばれた。そして森の中に作られた井戸に入れられ神に捧げられた。雨を降らせる為の『にえ』としてな。あの井戸は『贄』が入る為だけのものだ。


毎年その儀式を続けていると、『贄』を捧げなくても雨が降るようになったので儀式はしなくなった。もちろん、井戸も使わなくなった。そして、時が経つと共に人々からその記憶は失われつつあった。だが、ある奇妙な事が起き始める。


子供がいなくなったと言う報せが村中に広まったんだ。村中の大人が散り散りになり探した。すると、森の中を探していた捜索隊が井戸の近くにいなくなった子供の草履が落ちているのを見つけた。だが、井戸を覗いても誰もいなかった。獣に襲われたのであればその跡が残るが、そんなものは無かったそうだ。そんな事が何件も続いた。いなくなるのは『贄』にされた子供と同い年の子だった。皆、森の中に入ると消えてしまったんだ。


どうにかせねばと、ある日集会所に集まって対策を練っていた。そこに子供が駆け込んで来た。顔は青白く、大量の涙を流しながら一緒に森に行った子がいなくなり、井戸から変なものが出てきたと涙ながらに訴えた。

大人達は森の井戸に急いで向かったが、とうとう子供も変なものも見付けられなかった。

贄を捧げる儀式を執り行っていた神主の家系に、何とかしてくれと頼み込んだそうだ。神主は井戸の周りを調べた後、とんでもない事を言った。


『今まで『贄』として捧げた子供の怨念が、その恨みから魂だけの存在から変貌して化け物へと姿を変えておる。井戸から離れられずに彷徨い、自分と違い楽しそうに過ごす子供を、仲間にしようと引きずり込んでおるようだ。井戸には決して子供を近寄らせてはならん。化け物が出て来ぬよう封もする。森にも人は入らせてはならん。その化け物を見た者はこの土地におっては連れていかれるぞ』


神主の言葉に恐怖した大人達は、神主が封を施した井戸に近付けぬよう、森の入口に規制線を張った。子供には森に行く事を強く禁じた。そして、井戸から出て来たものを見た子供は家族共々引越しをしたそうだ。



ここまでの話で分かるだろうが、森の中にある井戸は化け物を封じているものだ。だから決して森には入らないように、その習わしがずっと続いている。年に一度、お盆に入る前に封が弱くなるので神主がまた封をしにくるのだが、数日前に地震があり、それで蓋がズレたのだろう」




長い話にじいちゃんは、お茶を1口飲んで渇いた喉を潤す。

「ろ、ロープが切れていたのは??封が弱くなっていたのも関係するの??」

「いや、偶然だろう。ロープの点検は各家で週ごとに交代でしていてな。今週はお前を送ってくれた人の当番だったんだ。ロープが切れていたのも、気付いて張り直しに行くところだったんだろう」


「じ、じゃあ……俺が見た白い腕が化け物……??」

俺の質問に、じいちゃんは静かに頷く。

「子供にしか見えないから、大人は化け物がどんな姿をしているのか分からん。が、見た子供が口々に言うのは『白い腕』『長い黒髪の少女』だ。恨んでいるであろう大人を狙わないのは、単純に井戸に引きずり込むのに抵抗されるからだろうと神主は言っとったな」

「井戸の中はどうなってるの??」

「分からん。大人には見えんのだ。蓋を開けても見えるのは井戸のそこにある土と内壁だけだ。子供が覗けばもしかしたら化け物が見上げているかもしれんな…」


「………Aはどうなるの…??」

恐る恐る訊くと、じいちゃんは首を横に振った。

「井戸を覗いてしまったAは二度と姿を現さないだろう。恐らく、化け物へ連れて行かれてしまったからな。今頃、Aの親と近隣の大人達で探していると思うが……」

俺はその場で泣き崩れた。俺がもっと早く止めていればAは無事だったのに。

雨が地面を叩き付ける音で俺の泣き叫ぶ声を掻き消す。泣き続ける俺の頭をじいちゃんは、俺が泣き止むまでずっと撫でてくれていた。



翌日、雨はすっかり上がり、朝からAの両親が「Aは見付からなかった」と伝えに来た。俺の顔なんて見たくないはずなのに、Aの両親は俺を呼んだ。

「………ごめんなさい」

俺は俯きながら謝る事しか出来なかった。そんな俺に2人は悲しそうな声で言う。

「止めてくれたんでしょ??聞かなかったあの子も悪いの。……けど、ごめんなさい。君の事は赦せそうにない」

俺はまた泣きそうになるが、本当に泣きたいのはAの両親だと思い堪えた。

「………今までAと遊んでくれてありがとう」

その言葉にハッとして顔を上げると、2人はもう俺に背を向けて玄関の外に出てしまった。


そして、俺は帰り支度を始める。本当はあと1週間近くいる予定だったが、ダメだと言われた。腕を見てしまった俺は、大人になるまでもうここに来てはダメなんだそうだ。子供のうちにまた来ると連れて行かれるかもしれないという事だった。しばらくじいちゃん達に会えないのは悲しいが、決まりを破った罰だと思い、泣く泣く荷造りをした。


俺が不思議に思っていた天気の変化は、化け物が仲間というか新たな『贄』を手にしたという事で雨を降らせるらしい。もうその必要は無いのに、魂の奥底でまだ使命感が残っているのかもしれないと、家を出る時にじいちゃんが教えてくれた。帰りながらお母さんに、じいちゃんが何故昔の事に詳しいのか訊くと、今の神主さんと子供頃からの友達らしく、昔からその話を聞かされていたかららしい。




あれから15年経った。

未だにお母さんの実家には行っていないが、おばあちゃんが亡くなったと言われたので久し振りに行く事になった。変わらぬ風景に安堵しつつも、あの日の恐怖が脳裏をよぎる。

じいちゃんは相変わらず元気だった。大きくなった俺を見て「元気そうだな」と笑顔で言った。あれからAの家族はこの村を出て行ったらしい。俺は申し訳なくなり、俯いてしまった。

「………長旅で疲れたろう。中で休め」

そう言うじいちゃんの言葉に甘え、俺達は家の中に入った。


外は曇り空に変わり、今にも雨が降り出しそうだった。








ホラーにしましたが、緩めの内容になりました〜




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