1話 覚悟
ふと、目が覚めた。
目覚まし時計が鳴っている。少年は気怠い身体を起こす。なんてことないある朝だった。…8月17日。夏休みだ。
「お兄ちゃーん!朝だよー!起きて起きて!ゼロさんと迅さんと遊びに行くんでしょー!?」
「…起きるから朝から大声を出さないでくれ。汀。」
彼女は五代 汀。俺の1歳下の妹。今亡き親父の旧友の娘で、彼女の両親が亡くなったことをきっかけに親父が引きとった義理の妹だ。俺や親父の不安とは裏腹に良い子に育ってくれた。
服を着替えて色々して居間に向かう。
「おはよう師匠。」
「おはよう。朝飯できてるぞ。明日の飯当番は貴様だぞ。忘れるな。」
「OK。」
3人で朝食を食べ、他愛もない会話をする。
「汀、お前いつから学校始まるんだ?俺は9月2日だけど。」
「私は3日から。宿題も終わってるから無問題!お兄ちゃん今年高校受験でしょ?大丈夫?」
「楽勝よ。近くのとこ行くから偏差値高い訳じゃないしな~…」
とか話していた。師匠は食事中静かな人だけど笑って話を聞いていた。
師匠は親父が仕事の時にまだ幼かった俺を鍛えてくれた人だった。その時の縁で面倒を見てもらっている。と言いたかったが料理以外はずぼらな人である。あと美人。
そして約束の駅前集合。10分前に着いたが既に二人は着ていた。
「こっちこっち!君にしていては遅いね。どうしたの?」
「いやお前らが速いだけだろ…。」
彼は亜立 零。学校での成績は中の上くらいの物腰柔らかなイケメンだ。名前の零にちなんで「ゼロ」と呼ばれている。そして…。
「そうだぞ。待ちくたびれたぞ。二人で猫カフェ行こうとか話してたからな。」
「いや迅も速すぎんだろ。ウサイン・ボルトか?」
彼は風矢 迅。成績は上位の優等生。クールで真面目そうだが俺たち1番の悪友。二人ともかけがえのない親友だ。
「そんでどこ行くんだゼロ?お前が集まれー、って言うから来たのに。」
「ふっふっふ…今日はね…実はねぇ……!」
「猫カフェ行かね?」
「賛成。」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーい!!!!!僕の知り合いのおじ様が!チケットをくれたので!トーキョーファニーランズ略してTFLに行きます!」
TFLは国内でも有数の規模の遊園地であり、来場者はどんなに調子が悪い日でも必ず3万は超える世界的に大人気のレジャー施設だ。
歓喜の舞であった。神はここにいたか…!
「お前マジか!ありがとうゼロ!これには歓喜の舞(二回目)だ!」
「あぁ!感謝するゼロ!オレも感謝の舞(二回目)を踊っとこう!」
「じゃあ行くよ!」「「おー!」」
電車に揺られ早30分、TFLに着いた。夏休みということもあってか客は多めだったが死ぬほど楽しかった。ジェットコースターにビビる迅とか、お化け屋敷で逆に驚かす側に回るゼロとか、こいつらと来たらいつでも楽しいだろうけどさ。
あとクレープの出来に点数つける君とかね。72点だっけ?
うわどっから出てきたお前。
…いつまでもこんな日々が続くといいな。
閉園時間になった。3人揃って電車に揺られ帰路に就く。
「このまま僕ん家でスモブラやらない?」
「おっ、いいじゃん。久々に地獄の99ストルールで徹夜しようぜ。」
「悪い。明日早いからもう帰る。」
「…そっか、じゃあ解散で!」
「迅君さぁ、最近付き合い悪くない?」
帰り道。迅は家が反対方向だからゼロと二人で歩いていた。
それは思った。最近迅は何かと予定が詰まっていたらしい。今日だってようやく3人の都合が合った久しぶりの日だった。
「それは思った。でも変に首を突っ込んだほうが逆に迷惑ってこともある。…原因があるなら里親か?」
「いや君迷惑って言ったそばから原因考えてるじゃん。」
「…そうだな。それじゃあ俺こっちだから。」
「うん、またね。」
ゼロと別れて帰路に就く。迅のことも心配だがあいつなら大丈夫だろう。2,3回しか会った事がないが、里親の玉さんも優しい方だった。
そんな考え事をしていたら、急に悪寒が走った。次の瞬間、爆音が聞こえた。港の方からだ。場所はここだと示すかのように煙が上がっている。
「なんだ…あれ…?」
…何故だろう。嫌な予感がする。あそこに向かえば間違いなく碌でもない目に合うと分かる。普通の事故ならば警察なりなんなりに任せればいいだけの話だ。何もないことを願いつつ現場に走った。
港に着いた。ここはコンテナ広場のようだ。塀に登れそうな場所を探して周りを探索する。
1分程歩いて現場に近づいていくことを感じる。1歩ずつ、1歩ずつ。“何か”に近づいていく度に体が拒絶していた。しかし向かわなければ後悔するような気もした。理由は当然知らない。
再び爆音が響いた。…いや、これは金属音だ。現代日本では本来聞くことのできないこの上ないほど物騒な協奏曲。即ち殺し合いの音。
…聞きたくなかった。嫌な予感程よく当たることを実感した。
刹那、塀が吹き飛んだ。否、もはや爆破したといっていい。そう思わせるほどの風圧と砂塵に腕を前に、反射的に組んで防御の姿勢を取った。その崩れ切った瓦礫の中から出てきたのは、明らかに時代錯誤な黒い鎧を纏った騎士。その手には漫画でしか見ないような大剣が握られていた。
「…何だ、アレは。」
理解が出来なかった。何故こんな人里に妖精がいる。普通に考えてこんな真似人間に出来るはずがない。あれは妖精だと断言できる。
妖精は地球のありとあらゆる概念を身に宿した自然の現身。地球から直接生み出された故に、あらゆる分野で人類を凌駕する。
しかし、人類との共存は望まず人里離れた場所で暮らしていると聞く。何故そんな存在がこんな場所に?
その鋭い眼光が身体を貫く。兜から除くその目は確実に自身以外の全てを滅ぼさんとする狂った眼だ。
「お前何者だ?答えろ!」
恐怖を打ち消し声をひねり出す。
「aaaa……AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!」
返ってきた答えは絶叫だった。それは闘いの火蓋を切るゴングを思わせた。
そのまま襲い掛かってくる黒い騎士は大剣を軽々しく振り上げ、少年に襲い掛かる。それを見て少年は横に回避し、どこからともなく剣を取り出した。
それは木刀のようだったが、最低限の装飾が施してあった。戦闘用とは思えない儀礼用の祭剣。それを構える。
たった1秒のにらみ合い。先に動いたのは少年。
一歩で間合いを詰め、全身に強化の魔術を掛ける。一瞬鈍い光が少年を包み込み消えた。そのまま少年が切り込んだ。
黒い騎士はすぐさま防御の体制を取った。少年にはお見通しだったようで初手でその防御を崩し、ガラ空きの胴体に一撃をたたき込んだ。
「…っつ!硬い!」
余りの鎧の硬さ、絶句するほどに。少年の腕は衝撃でしびれていた。
だが切断できなかったことが逆に功を奏した。黒い鎧の騎士はコンテナを3つ程巻き込みながら吹き飛んだ。
少年は相手を倒すことは考えていなかった。その必要がないからだ。一撃打ち込んで即離脱。しかし、相手はこちらを殺そうとしていることもわかっている。少年は横目で騎士がダウンしていることを確認し、そのままコンテナ広場の中へと逃げ込んだ。
「酷いな、これ。」
コンテナ広場は既に瓦礫の街と化していた。そのまま走っていると倒れている人影を見つけた。全身を白い鎧で固めた金髪の美少女だ。外見年齢は少年と同じくらいの少女。…いや、おそらく妖精。先程までの戦闘音は彼女がアレと闘っていた証拠だと推測した。
「おいアンタ!しっかりしろ!何があった!!」
身体を揺さぶり声を掛ける。今にも消え入りそうな声で少女は言った。
「…あそこの、建物に…女の子が一人……います。その子を連れて…逃げてください。」
「分かった。あそこだな。」
少女をおんぶの体制にして歩き出す。鎧を着ているので少々重かった。
「私のことはいいですって…!」
「そうはいかない。アンタ妖精だろ?死んだら消えてしまうはずだ。このまま見殺しにするのも胸糞わりぃし、アンタを見捨てるわけにはいかないな。」
「……ありがとうございます。あと、アンタじゃ…ないです。アーサー…って言います。」
「そっか。ごめんアーサー。俺は…。」
そこで泣き声を聴いて、会話を途切れさせてしまった。
そのまま事務所と思われる場所に入っていた。外側は大惨事だったものの建物内部は比較的無事なようだ。
そこで一人すすり泣いている女の子を見つけた。
「君、大丈夫か?」
「ぐすっ、…へ?あ、はい!あっ!おねえちゃん大丈夫!?血だらけだよ!」
その女の子は既に涙で顔がぐしゃぐしゃだった。ランドセルを背負っていることから小学生と分かる。そしてその手には厳重に施錠が施されたアタッシュケースを大事そうに持っていた。
アーサーは彼女を案ずるように死にかけの声で、されども慈愛を伴った声で言った。
「私は大丈夫。この人と一緒に逃げて。」
「でも…!」
瞬間、咆哮が響き渡る。間違いなくあの黒騎士のモノだ。
「っひい!!」
「あの野郎…!一発ぶちかましたのにタフな野郎だな!」
「…あなたも逃げてください…!あの黒いのはわたしをねらっているんです…!」
女の子は今にも消え入りそうな声を振り絞って少年に言った。
「必死になって逃げていたら!おねえちゃんが助けてくれて…!でもおねえちゃんはボロボロで…!うぅっ…。」
この時点で少年の答えはもう出ていた。行動原理はごく単純。だが、それは少年の根幹を形成するもの。
覚悟の仕方も。自分以上の敵との戦い方も。大切な人を失った悲しみも。そして、命の捨て方も。
少年は全てを経験していた。だからこそ、こんな小さい子供が恐怖で泣いている。そして理不尽にも命が奪われようとしている。その事実だけで少年を闘いに駆り立てるには十分だ。
たとえ、さっきまで他人だったとしても。どこかで会った気がするから。
「…君、名前は?」
落ち着いた声で女の子に尋ねた。あまりにも場違いな雰囲気だったのだろう。女の子は不思議がりながら答えた。
「…?杜若 美優です。」
「美優ちゃん。俺があいつを倒してくるよ。君はアーサーが死なないように隣にいておいてくれ。」
ぶっちゃけアーサーも油断を許さない状況だ。しかし、あの黒騎士を倒すという明確な目的を持った今、魔力を渋る必要がある。
この重傷を直すには俺のルーン文字の精度では、6割の魔力とそれなりの集中力が必要であることを“測る”。左目が少し痛む。
ならば優先順位はついた。あの黒騎士を速やかに排除し、アーサーを治療する。
この子が狙われる原因を探るのは後だ。…正直、何が善悪かは分からない。だが、奴は理性を失っている。このまま野放しにしていては多くの人が犠牲になるかもしれない。
それだけは、なんとしてでも防いでみせる!
「でも!でも…。」
「いいから。すぐに片づけてくるから。そこで待ってるんだ。」
そう告げて飛び出す。これ以上の言葉は必要とすら思わなかった。
黒騎士が目的地もなく歩いている。その足取りはどこか覚束ないが、少年の目には獲物を探す獣の足取りにも見えた。
少年は黒騎士を殺す方法を考える。初手はうまく受け流せたが、恵体から放たれる一撃はおそらくまともには受けきれないだろう。奴は防御力も尋常じゃない。ならば作戦は一撃必殺。完全な隙を作り、防御不能な一撃を叩き込み勝つ…!
作戦がある程度決まった少年は颯の如く動き出した。
瓦礫の陰から素早く表れる少年。黒騎士はその奇襲に対して知能的ではなく、動物的な反応を見せてすぐさま戦闘態勢に入った。その一瞬見せた構え、その気品は正しく騎士だ。
少年は愚策にもまっすぐ突っ込んだ。その突撃を見た黒騎士は、凄まじい威力の斬撃をもって少年を一刀両断して見せた。…ように見えた。切り伏せられた少年は残像であり、それを認識した黒騎士は二撃目に移行したが流石に少年の方が速い。しかし少年は攻撃をかわし、黒騎士の股下をスライディングで通り抜けていく。その間に少年は黒騎士にルーンを仕込んだ。
「Forchur.」
少年がルーンを起動させる。すると瓦礫の中からコンテナの破片や鉄柱らしき物体が黒騎士めがけて飛んでいく。
少年が仕掛けたルーンは磁化のルーン。電のルーンをアレンジして組み込んだ、たった一度だけのオーダーメイド品。鎧を鉄心、ルーンをコイルと見立てて電流を流して出来る電磁石。出力は魔力でいくらでも盛れる。大きな鉄すらも巻き込む電磁誘導を起こしている。それだけの出力が出ていることは間違いない。
そうして黒騎士は鉄の塊となった。少年は攻撃がこないことを確信して叫ぶ。
「Playing run!!!」
どこかで聞いたことのある歌の題名。少年の父が好きだった歌。奇しくも親子で趣味が似通ったようだ。
少年の持つ祭剣が蒼い炎のようなオーラに包まれる。
進化魔術。
この世でたった数例しか発見されていない希少極まりない魔術。現代の使い手は少年しか残っていない。対象を概念ごと強化するエンチャントの完全上位互換。その強化倍率はただの鉄剣を聖剣へと進化させるほどだ。
地面と平行に放たれる極太の斬撃。少年の視界を完全にクリアにするほどの破壊力。最早勝負はついた…はずだった。
土煙が晴れた。そこに立っていたのは黒騎士だった。ただしその鎧は今にも朽ちようとしていた。そしてその鎧が独りでに砕ける。その中から出てきたのは……鎧だった。先程までの武装よりかなりスリムになったが、基本的な意匠は変わっていない。
少年は理解してしまった。あの上に着ていた黒い鎧は自らを律する物なんだと。それと同時に左目が痛む。
アレハ ケンシノヨウセイ ダ
鎧はただの飾り。先入観が先を急ぎすぎてしまったが故のミス。少年は認識を改めた。
剣士の騎士が少年に斬りかかる。応戦する少年は強化の魔術を掛ける暇すらなかったが、剣の技量自体は上だった。だがその差を埋めるように、基本のスペックだけで剣士の騎士が少年を追い込む。一秒経つごとに動きが洗練されていく。一発一発が即死の少年にとってこれほどの綱渡りはない。しかしその綱は長くもたなかった。
少年の視覚外の一撃。防御は間に合ったが吹き飛ばされる。
吹き飛ばされる寸前、兜から覗くその目は。やはり、狂っていた。
吹き飛ばされた少年を追う剣士の妖精。最早敵を殺すことしか考えていない。
少年を見つけた剣士の騎士は一歩ずつ彼に近づいた。
「…俺は、もう誰かが傷つくのを見たくないんだ。」
一歩、また一歩。
「この思いは確かに偽善だ。それは間違いない。」
一歩。
「だが!そんな理屈を抜きにしても!俺は誰かの涙を見たくない!」
一歩。あと一歩で。
「…だから、ここでお前を倒す!!」
一歩。必死の間合い。
「Playing run!!」
少年の剣が蒼く燃える。相対する剣士の騎士はそれを見ずとも少年に斬りかかろうとした。
少年は択を散らさず一本道にし、読み勝った。
相手の剣を伏せた状態にし、腕に一撃をいれた。中身までは届かなかったが、鎧を使えなくなるほどの損傷だった。
そのまま流れるように。剣を持っていない左の拳を握った。
「The One!!!!!!!」
少年の拳に蒼い炎が灯り、虹色に輝いた。
それは五代家の奥義。進化魔術の最果て。全てを超え、全てを壊す七色の閃光。
一撃で兜をいとも簡単に壊し、左頬をそのままの勢いで殴った。騎士は殴り飛ばされながらも、すぐに起き上がり、少年を睨んだ。
少年の拳は骨こそ折れてはいないが血まみれだ。剣士の騎士の素顔が明かされる。英国風の初老人だ。しかしその顔は整っており、俳優と言っても通用するレベルだ。あの目以外は。
だがそれよりも、少年の目に映った物は。
瓦解した片栗粉のコンテナ。そして闘いの衝撃で付いた火だ。
少年は剣士の騎士が暫くの間動けないことを祈って走り出した。結果は少年の読み通りだった。
急いであの二人の元へ走る。そのまま全力を尽くしてこの場から脱出する。少年はこの二つしか頭になかった。
事務所らしき建物に着く。美優とアーサーがいた。
「あっ!おかえ…きゃあ!」
「話は後!!今は逃げるぞ!」
二人を抱えてコンテナ広場を出る。その後聞こえた大爆音。からの大爆発。俗に言う粉塵爆発だろう。なんとか爆発の余波が来ない所まで逃げ切れたようだ。
激しい息切れと痛み。剣士の騎士から受けた傷はタダではなかった。それでもアーサーの方が重症だ。
闘いでかなりの時間が経っていたようだ。もう日が出ようとしている。
アーサーの治療を始めようとしたが、美優が後ろから話しかけた。
「あのっ!あなたの名前はなんていうんですか…?」
少年が登りゆく朝日を背に、右手で親指を上に立てて言った。
「焔…。五代 焔だ。」
長い…長くない?切りどころを探していたらここまで書いちゃったよ…。