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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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囚われの身・四

 赤子の表情が、険しくなった。


「あいつらが、なんだ?」

「正直、王嘉(おうか)殿の助けがあったとしても、簡単に倒せる相手ではないと思う。だから、彼らがどんな奴らなのか、何か知っているなら話してほしい」

「どんなやつらか……?」

「例えば、弱みがあるなら教えてほしい。弱みが分からないなら、とりあえず性格だとか得意なこととか、彼らに関することならなんでもいい」


 囚われの身となれども、手持ちぶさたで過ごすわけにはいかない。できることは限られる。が、何もできないわけではないのだ。ひとまず、神仙たちとの戦いに向けて、策を考えることはできる。方策を立てるためには、敵について知ることが肝要。そして、その敵について今一番よく知っているのは、毛翠(もうすい)なのであった。


「うーん、弱点か……うむむむ」


 しかし、楊鷹(ようおう)の思いとは反対に、毛翠の口は重たい。彼は難しい表情のまま、顔を傾けて唸っている。

 もしや、言えないのか。言いたくないのか。彼は、自身の事情を言いたがらないところがあった。楊鷹は眉間に力をこめ、毛翠をにらむ。言いたくない事でも、今は言ってもらわないと困る。


「だんまりか?」

「いやいや、そんなことはない。弱点があったか、考えているのだ」


 毛翠は、ぶんぶんと小さな手を振った。それならば、と楊鷹は毛翠をにらみ続け、無言の圧をかけた。

 静寂が続くことしばらく、毛翠は姿勢を正すと、ぽんと手を打った。


荘炎魏(そうえんぎ)ではないが、烈熾狼(れっしろう)の弱点なら心当たりがある。おそらく、あいつらは水に弱い」

「水に弱い、とは、水をかけたら消えるとか、そいういうことか?」


 楊鷹が尋ねれば、毛翠は頷いた。

 彼らの毛皮は炎のようであるから、水に弱いというのは理に適っている。


「そうだ。昔、桃李虚(とうりきょ)で大きな烈熾狼と取っ組みあいになって、一緒に池に落ちたことがあってな。そのとき、烈熾狼の方は消えてしまったんだ」


 軽々しく口にした毛翠だが、なんとも妙な物言いである。あの烈熾狼と取っ組みあいになった挙句、共に池に落ちる、とは一体全体どんな状況だ。というか、桃李虚にいた頃にも、烈熾狼、ひいては荘炎魏に襲われたことがあるのか。

 胡乱(うろん)な気持ちで、楊鷹は毛翠を見つめた。


「なんだ、その目は? わし、変なこと言ったか?」

「……いや、なんでもない」


 楊鷹はふいと視線を逸らす。毛翠の過去には触れないと、決めているのだ。気にするな、と自身に言い聞かせると、改めて口を開く。


「それで、池に落ちて烈熾狼が消えた後は、どうなったんだ?」

「そのまま池の中に潜んでいたら、手出しができなかったようでな。荘炎魏は池のほとりで、わしが出てくるのをひたすら待っていたんだ。だが、しばらくしたら別の神仙が来て、争いはやめろと荘炎魏のことを説得してくれた」


 毛翠の話しぶりでは、烈熾狼だけでなく荘炎魏も、あまり水を得意としていないように思える。楊鷹は、荘炎魏に追いかけられて、川へ飛び下りたときのことを思い出す。偶々とはいえ、川に飛びこむという手段は最善だったようだ。あのとき逃げ切れたのは、水中へ逃げたから、だったのかもしれない。

 荘炎魏は水を苦手としている、というのは、間違いなさそうだ。ならば、水を用いれば、その力を削げるのではなかろうか。


(水……水か)


 楊鷹は考える。幸いにして、今いる場所は水辺だ。媚水(びすい)の流れが、頭の中に浮かんでくる。

 敵の命を奪う必要はない。否、命を狙うことが、そもそも無意味。神仙は不老不死ゆえ、殺そうとしても殺せない。だから狙うのは、相手の力を()ぎに()いで、戦えないようにする、ということだ。例えば、黎颫(りふ)と戦ったときのように。黎颫と戦ったときは、彼女の身体を真っ二つにして動きを封じた。正確には、身体が二つに分かれても彼女は動いていたのだが、少なくとも戦える状態ではなかった。

 と、()きの良すぎる黎颫の様子を思い出したところで、楊鷹は疑問を覚えた。


「なぁ、荘炎魏は、体を真っ二つにされても術が使える……ということはないよな?」

 思ったことを素直に口にしてみれば、毛翠(もうすい)の表情が固まった。彼は、ぎこちなく頭を動かすと、丸々とした瞳で楊鷹(ようおう)を見つめる。


「……奴なら、それもできそうだ、な?」

「俺に聞くな」


 言葉の先ではそう言いつつも、楊鷹は「そうだな」と頷いた。


「確かに荘炎魏(そうえんぎ)であれば、そんな無茶な真似もできそうだ」


 荘炎魏と直接刃を交えたのは、一度限り。けれども、楊鷹はその時のことを、まざまざと覚えている。彼の剣筋の鋭さ、速さ。威武にあふれた佇まい。そして、殺意でぎらついた瞳。神仙としての力も殺意も、黎颫(りふ)よりもずっと強い。手足を失ったところで、荘炎魏にとってはかすり傷。五体がばらばらになった状態で、列熾狼(れっしろう)を生み出すなどの術を使えたとしても、不思議ではない。

 そうだとしたら、徹底的にやるしかない。それこそ、いつしか黎颫(りふ)が叫んでいたように「ひき肉にする」だとか。しかし果たして、荘炎魏を悠長に切り刻むことなどできようか。そして、ひき肉になっても術法が使えたとしたら、どうすればよい。細切れ肉の塊がぼんやりと光り、炎をまとった獣を生み出す絵面を想像してみる。不気味すぎて、かえって白々しい気分になった。


 楊鷹は慌てて頭を横に振って、奇怪極まる想像を追い払う。

 

慧牙(けいが)は、戦いは得意としていない。腕っぷしも大して強くない」


 毛翠が言った。

 楊鷹は赤子へと振り返る。同時に、思考をもう一人の神仙に切り替えた。


「ならば、慧牙は直接襲いかかってくることはない、と?」

「ああ。あいつは、そういう玉じゃあないはずだ」


 確かに、慧牙は(はかりごと)をめぐらせてばかりだ。酒売りに化けていたときも、毒を忍ばせた酒を飲ませようとしてきた。今回の村人を巻き込むやり方も、そうだ。どちらかといえば、彼は軍師のような立ち回りをするのだろう。慧牙において気をつけるべきは、武ではなく知だ。


「他には、何かないか?」

「占いが得意だ」

「仙術は使えないのか? 慧牙は初め会ったとき、酒売りに化けていたよな? あれは仙術とやらじゃないのか?」

「あの変身っぷりは、仙術だと思う。思うが、うーむ、むむむ……」


 毛翠の答えは、歯切れが悪い。


「なんだ、その曖昧な言い方は?」


 聞き質す楊鷹の声が、険しくなる。

 すると、毛翠はあくせくと両手を振った。


「いや、だって、分からんのだ! 慧牙はよく分からん! 変化の仙術を使えることも、わしは今まで知らなかった。仙術のことだけでない。あいつ、にこにこしてるくせに、やることはえげつないだろう? あいつは、腹の内がまったく読めん。そのうえ、手の内だって明かさない。だから正直、どんな奴なのか、何をしでかしてくるのか、分からない」

「あー……」


 楊鷹の頭の中に、慧牙の姿がよぎる。

 士大夫(したいふ)を思わせる、雅やかな青年。常に微笑を浮かべている優男だが、佇まいに隙はなく、その柔らかな表情の裏はまったく読めない。敵に回したら、(はなは)だ厄介な相手である。


「だから、弱点や苦手としているものも、よく分からん。すまぬ」

「そうか……」


 力ない毛翠の謝罪を、楊鷹はすんなり受け入れた。受け入れるしかなかった。慧牙があけすけと自身を明かす輩でないのは、楊鷹とて分かる。


 楊鷹は、がらんどうの祭壇を見つめた。そこには、闇がわだかまっていた。眼窩が湛える闇に似た暗がりを、じっと見据える。その暗闇の先に、光を見出すように。楊鷹はこれまでの慧牙の様子を、思い返す。表情、口調、言葉の数々。


(手の内を明かさないどころか、偽っているとしたら厄介だが……。いや、そんな風に考え出したら、結局何も分からないままだ)


 ひとまずは、慧牙のすべてを真に受けるしかない。そうしなければ、延々と闇の中をさまようばかりだ。

 そうして思い返すこと、しばし。暗中にぱちりと小さな火花が散るように、ふと楊鷹は気がついた。


(そういえばあいつ、ちらちら荘炎魏の名を出していたな……)


 楊鷹に対しても、村人に対しても、慧牙は荘炎魏や烈熾狼の存在をちらつかせて脅してきた。毛翠の言うとおり、腕っぷしに関しては荘炎魏より劣るのは間違いなさそうだ。だからこそ、彼は自身の手で刃を突きつけることはしなかった。その代わりに、荘炎魏を突きつけた。つまり、慧牙にとって荘炎魏は強力な(ほこ)のような存在。強靭な矛があるからこそ、悠然と立ち回ることができるのではなかろうか。それならば。その矛を、へし折ってしまったならば。


(やはり、荘炎魏の方を徹底的に叩くべきなのか……)


 結局のところ、そこに戻ってくる。


「そういえば、慧牙は何がそんなに面白いのか、分からんことでも笑う奴だな。いっそ、笑い殺せそう……」


 考えこむ楊鷹のかたわらで、毛翠がぶつくさとつぶやく。

 そのとき、にわかに外が騒がしくなった。毛翠が、ぱっと口を閉ざす。楊鷹は耳をそばだてた。

 扉の向こうから、言い争うような声が聞こえる。楊鷹は毛翠に目配せすると、わずかに腰を浮かせた。


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