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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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追いつめられたその先で・五

 楊鷹(ようおう)の話が終わると、超慈(ちょうじ)は腕組みをして唸った。


「ただ事じゃねぇとは思っていたが、想像以上だな……」


 そう言うと、無精髭(ぶしょうひげ)の生えた(あご)を何度もさする。その動作には戸惑いが見てとれた。

 まったくもって真っ当な反応だ。神仙だのなんだのは、絵物語や伝承で語られる存在である。そんなものが急に目の前に迫ってきて、すんなり受け入れられるわけがない。彼は弟の超亮(ちょうりょう)とは異なり、一応普通の人間なのだから仕方がない。

 超慈がちらりと月蓉(げつよう)に視線を投げる。正確には、彼女の膝の上にちょこんと乗っかっている赤子を見た。その戸惑いを浮かべた視線に気づいた毛翠(もうすい)は、ひらひらと手を振って口を開いた。


「信じられんかもしれんが、楊鷹の話は全部本当のことだ」


 なんとも気安い口調の赤子を前に、超慈は一瞬目を丸くした後、盛大に吹き出した。


「こりゃ、どうやら夢物語じゃねぇな」


 肩を震わせながらひとしきり笑うと、超慈は深々と息を吐いた。それから彼は楊鷹に視線を戻す。その目には、再度怒りが灯っていた。

 楊鷹はどきりとする。すべてを告白した今、その怒りは己に向いているように思えた。


「で? てめぇはその神仙たちを、始末しようとしているわけだな?」

「ああ。正直、貴方ではどうにかできる相手ではないと思う。俺一人でも、おそらく無理だ」

「だから、沁富県(しんふけん)まで助っ人を呼びに行くと。それで、そのために俺に船を出してほしいってことだな?」

「ああ、そうだ」


 鼓動が早まるのを感じながらも、楊鷹は超慈の目を見つめながら答えた。

 果たして、超慈の返答は如何なるものか。

 楊鷹も半仙半人、いわばあちら側の人間だ。気味悪がられても文句は言えない。そして、神仙たちをこの地に呼び寄せたのは楊鷹である。神仙が来なければ、超慈の鸕鷀(ろじ)たちは死ななかった。その事実が重石(おもし)となって、じわじわと胸の内にのしかかってくる。超慈に拒まれる理由が、ありすぎる。

 しかし、そんな楊鷹の心配をよそに、超慈はすんなりと頷いた。


「分かった。船を出してやる」

「協力してくれるのか?」


 思わず、楊鷹は問いかけてしまった。あんなにも弱り切っていた、家族思いの超慈である。責められたっておかしくないのに、随分とからりとした気持ちの良い返事をくれたのが意外だった。

 超慈が眉をひそめて、怪訝そうに楊鷹をにらむ。


「ああ、するぜ? 協力しろって言ったのは、そっちだろうが」

「いや、そうだが……」

「そうだが、なんだよ?」


 眼光鋭く、超慈が問い詰める。逡巡しつつも、楊鷹は答えた。


「ええと、その、言ってみれば俺も人間じゃない。貴方が恨む神仙たちに近い存在だ。それに、(たい)たちが殺された元凶は、俺のようなものだろう」

「あーあ、ああ。そういうことか」


 そう言ってがしがしと頭をかくと、超慈は鼻からふんと息を吐いた。


「てめぇは、危険を(かえり)みずに泰を連れ帰ってくれたじゃねぇか。その後、墓を一緒に作って、(おが)んでくれた。それに」


 超慈が楊鷹をじっと見つめる。厳つい男の瞳から、ふっと怒りの色が消えた。凪いだ瞳は静かな海原のように、優しく澄み渡っていた。


「てめぇは鸕鷀と同じ目の色をしているからな。悪い奴じゃねぇだろ」


 声までも優しく響かせて、超慈は言った。


 楊鷹(ようおう)は、ぱちぱちと目を瞬かせた。

 鸕鷀(ろじ)と同じ目の色をしている。ゆえに良い人間。

 そんな理由で「良い」と判断してしまうのか、とそんな呆れもあったけれども、それ以上に意外だったのは、緑の目を信頼の拠り所としてくれたことだった。(りん)国ではまず見ない緑色の瞳は、異端の象徴。それを理由に、蔑まれることも少なくない。護送役人からは、髪や目の色ことで散々罵られた。武官として宮中に務めていたときだって、多くの官吏(かんり)は、視線を合わそうとしなかった。

 楊鷹が呆けていると、超慈(ちょうじ)は再び眉をひそめ、唇を曲げた。先ほど、あんなにも優しい声を発した人物だとは思えないほど、不機嫌そうな面構えである。


「あ? その間抜け面は、一体なんだよ?」

「ああ、いや……」


 曖昧に返事をして、楊鷹は口元を手で抑えた。上手く言葉が出てこない。言い淀んでいると、代わりとばかりに毛翠(もうすい)が言った。


「なんだ、その理由は。楊鷹は鸕鷀と一緒なのか」

「おうよ、鸕鷀と一緒で綺麗な目じゃねぇか。ちっとも濁ってねぇ」


 そう返す超慈の声は、相変わらず清々しい。

 楊鷹の心が、ふっと軽くなる。思わず吹き出してしまった。


「ああん? なにがおかしいんだ、てめぇ」

「いや、すまない」


 超慈に凄まれ、謝ったものの、楊鷹の笑いは止まらない。こみ上げてくるままに、笑い続ける。

 可笑(おか)しな話だ。鸕鷀(ろじ)と一緒だから良い奴だなんて、まるで理に適っていない。しかしながら、超慈にとってはそんな可笑しなことが、信に値するのである。理屈ではなく。否、理屈よりもそんなことの方を、彼は信じてくれたのだ。彼の弟が言っていた通り、超慈は情に厚い男なのである。

 ようやっと笑いを収めたとき、楊鷹は晴れ晴れとした心持ちになっていた。(うらら)かな陽だまりのような、ぬくもりを感じる。

 一つ咳払いをした後、楊鷹はその緑の瞳でまっすぐ超慈を見つめた。

 

「協力、感謝する。ありがとう、超慈」


 楊鷹の口から出てきたのは、万感がこもった深い声であった。

 しかし、超慈はさっと視線を逸らし、ふんと鼻を鳴らした。


「礼には早いだろうが。まだ事は始まってもいねぇだろ」


 そう言って、とんとんと卓を指先で叩く。


「で、沁富県(しんふけん)まではてめぇが行くのか? つうか、村から出たら逃げたと思われるんじゃねぇか?」


 超慈の指摘に、楊鷹ははっとする。


(確かに、俺がいなくなるのは得策ではないな……)


 今、北汀村(ほくていそん)から姿を消したら、村人たちに逃げられたと思われるのは必至。そうなったら、村人たちの間に動揺が広がる。無事に期日までに戻ってきたとしても、さらに不信を抱かせてしまうだろう。また、そうあってほしくはないものの、期日に間に合わない可能性だってある。万が一帰って来られなければ、村人たちが罪人となってしまう。もっと深読みをすれば、神仙たちが約束を反故(ほご)にして、期日を待たずして村人たちに手を出す、なんていう危険だって考えられる。


 楊鷹が北汀村を離れることは、間違いなく隙となろう。さらに不利な状況に追い込まれる危険を、大いにはらんでいる。

 ならば、どうするか。楊鷹は考える。


(超慈一人で行ってもらうか? しかし彼は道も知らないしだろうし、王嘉(おうか)殿と会ったこともない……)


 じっと思案していると、隣から「楊兄さん」と呼ばれた。楊鷹はすぐさま振り返る。

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