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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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凶炎の一夜・九

 人との間に子を設ける、という罪を犯した翠に対し、玄素元君(げんそげんくん)黯獄(あんごく)という真っ暗な牢獄に監禁するという罰を与えた。監禁の期間は、人界で二百年が経過するまで――すなわち、翠の家族が死ぬまで――とされた。

 荘炎魏はそのやり方に反対した。人間と交わり子まで成した不浄な者など滅殺せよ、と主張したのだ。しかし、その反対意見に、物言いをつけた神仙がいた。それが慧牙だ。彼は玄素元君と同じく、黯獄あんごくに監禁するのが良いと言った。むしろ、ただ殺してしまうよりもそうして閉じ込めておくほうが、翠にとっては過酷だろうと言うのだ。結果、玄素元君は自身のやり方を翻すことはなく、翠は生きながらえた。

 深遠なる闇の中で、永遠に愛する者に会えない苦痛を味わう。そのような罰だというが、荘炎魏にはさっぱりであった。そんなこと、果たして苦痛になるのか、未だに疑わしく思う。


 荘炎魏は隣を見やる。

 慧牙は、いつも通りの微笑みを浮かべながら、燃える街を眺めていた。月の光を受けた白い肌が、うっすらと輝いている。微光をまといながら、彼はおもむろに口を開いた。


「それでは、今から追いかけるのですか?」

「いいや。見失った」

「まぁ、なんと!」


 慧牙は柳眉を跳ねあげると、わざとらしく荘炎魏をねめつけた。このような振る舞いも鼻につく。


「それならば、(じか)()りに行けばよかったのに」

「烈熾狼を操っている間は、動けない。知っているだろう」

「ですから、最初から烈熾狼ではなく、自ら出向けば良かったのでは?」

「お前の占術では『失せものは盧湖(ろこ)の南』という、漠然としたことしか分からなかったではないか」

「なるほど。そこから探すのも手間だったから、無数の烈熾狼を放って街ごと滅ぼしてしまうのが手っ取り早いと、そうお考えになったと」

「そうだ」


 荘炎魏は手短に返事をした。口ぶりに迷いはない。この度の襲撃は、《《あくまでも》》獲物を狩るための策なのである。戯れであるとか、わざとであるとか、そのように思われては不愉快だ。


「ははぁ。そうですか、そうですか」


 感心するような声をしらじらしく響かせながら、慧牙は頷いた。

 荘炎魏はじろりと隣をにらみつけた。


「何か不満でもあるのか? 」

「いえいえ、本当にそんなやり方で、貴方自身が満足なさるのかと思いまして」

「何?」


 荘炎魏が眉をひそめると、反対に慧牙はにっこりと微笑み、指を差す。

 白魚のような指が示したのは、荘炎魏が腰から下げる剣であった。


「いえ、そんな宝剣まで持ち出して、彼らを殺す気満々なのに。(じか)に手を下さないのは変だと思ったんです」


 荘炎魏(そうえんぎ)の愛剣は、白陽剣(はくようけん)と呼ばれる宝剣であった。不老不死の神仙であっても、この剣で胸を貫かれれば滅してしまう。

 慧牙(けいが)は指差した手を上に向けると、くるくると回す。


(すい)もその息子も、今度こそ()るおつもりなのでしょう? 翠は完全に滅ぼして、息子の方は……半分人間ですから、どうなるんでしょうね。まぁ、おそらくひどいことになるでしょうけれど。輪廻を外れて、どこかを彷徨(さまよ)い続ける亡霊にでもなりますかねぇ」


 指だけでなく、口もよく回る。荘炎魏はいら立ちを募らせる。しかし、そんな荘炎魏の心持ちなど慧牙は知る由もない。彼は時に笑いを交えながら、しゃべり続ける。


「自らの手で斬る。完全に滅殺する。そうするつもりではなかったのですか? 烈熾狼(れっしろう)で、など生ぬるい。第一、烈熾狼は仙器を持つ息子には敵わないと、分かっていたのでは? 前に逃げられた時も、あっさり斬られてしまったわけですし……」


 荘炎魏は白陽剣を抜いた。白い光が閃いて、闇を切り裂く。


「黙れ」


 慧牙に白く燃える刃を突きつけながら、荘炎魏は唸るように言った。


「また貴様は、この俺に食ってかかるのか?」


 慧牙がそっと片手をあげる。だが、刃を前にしても、その(おもて)は相変わらず笑みを湛えていた。


「滅相もありません。ただ……」


 そう言うと、慧牙は一層目を細めた。


「楽しく遊んでらっしゃるようですので、つい羨ましくなってしまったのです」


 荘炎魏は慧牙をじっと見つめた。

 年若い男の笑顔。しかし、人好きする笑みの裏には、狡猾(こうかつ)さが潜んでいるようだった。おそらく、彼は荘炎魏の言葉が建前であることに、気づいている。彼もまた、同族。同じ穴の(むじな)か。

 そういえば、と荘炎魏は思い出す。この眼前の神仙は、大昔に人界で好き勝手やっていたと聞いたことがある。群雄割拠の戦乱の時代、とある人間に味方するような形で、戦に介入していたとか。時に相当悪辣な策を用いて、数多の命を蹴散らしたらしい。

 この男、神仙(みうち)には温情をかけながらも、そうでない存在には案外冷たいのかもしれない。

 そっと剣を収め、荘炎魏はほくそ笑む。


「ああ、楽しんでいるさ」


 人間が、(いや)しい存在が、さらに卑しく泣き叫ぶのが愉快だ。それから、彼らの血の味が、においが、ぬくもりが、とてつもなく心地よい。久々の人界、それらを楽しまんとしてなんとする。


「相変わらず、人がお嫌いであらせられる。いや、むしろお好きなのでしょうか?」

「人間など嫌いに決まっておろう」

「そうですか、そうですか」


 慧牙が、くすくすと声を立てて笑った。

 そのとき、轟音が響き渡り、猛る炎の音をかき消した。開心林(かいしんりん)にそびえていた、酒楼が崩れはじめた。典雅なつくりの楼閣が瓦礫へと果てゆく光景を、二人の神仙はしばし悠然と眺めていた。

 酒楼の屋根がすっかり地に伏すと、慧牙は口を開いた。


「……しかし、人の命を刈ることはいまや禁則です。あまりやり過ぎては、いくら貴方でも罰は免れませんし、私もごまかせませんから、そろそろお止めになっていただけると助かります」


 荘炎魏は鼻を鳴らした。慧牙の言っていることなど、些末事に思えた。


「貴様、やはり食ってかかるのか?」

「いえいえ、そのつもりはございません。ただ、一つ提案があります」

「提案?」

「人間というのは本当に愚かなものです。あのように」


 慧牙の白い指が、燃える街を指し示す。


「少し手を出せば、勝手に恐れおののいて自滅してゆくのです。ですから、何も我々が直に手を下す必要などありません。ちょっと声をかければ勝手に(いさか)い、争い、血を流します」


 そう言うと、慧牙はにんまりと笑った。


「直に手を下さなければ、いくらでもごまかせましょう」


 荘炎魏は笑い声をもらした。この神仙、やはり悪辣だ。笑顔の裏に潜むものが、彼の本質なのだろう。


「貴様は、そういうやり方が趣味なのか?」

「はい。私はそのようにして、愚かに惑う人間の様を眺めるのが好きなんです」


 荘炎魏は、もう一度笑ってから尋ねた。


「なるほど。それで貴様は、一体何をすると言うんだ?」

「逃げた獲物を探すついでに、ちょっと他の人間にちょっかいを出すんです」


 慧牙が、ぱちんと両手を打ち鳴らす。


「それでもって、翠とその子どもにも、いやーな思いをしてもらいましょう。ええ、ええ、そうしましょう」


 にこやかな笑みを崩すことなく、慧牙は拍をつけながら、歌うような調子で言った。

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