突飛な助っ人・四
剣は、完全に失われてしまったのではない。喬徳という人物が持っているならば、そこを当たればよい。だからまずは、その喬徳が何者かを知らねばならない。
楊鷹は、月蓉に尋ねた。
「月蓉は喬徳殿のことを知っているか?」
「あまりよく知りません。ただ……」
月蓉は言い淀み、きゅっと眉根を寄せた。毛翠が腕の中から、彼女を見上げる。
「ただ、なんだというんだ?」
「何か言いづらいことがあるのか?」
毛翠に続いて楊鷹も言えば、月蓉はおもむろに口を開く。
「かなりの無頼漢のようで、悪い噂をいくつか聞きました」
「それはまた、厄介そうな相手だな……」
ぼやくように毛翠が言う。彼の言葉通り、すんなりと剣を返してもらえる相手ではなさそうであった。
ことはこじれる一方だ。これを上手い具合にほぐすとなれば、もっと喬徳なる人物について知見を得る必要がある。そのうえで、取り戻す算段を立てねばなるまい。
楊鷹は表情を引き締めると、超亮を――というかその見た目、兄である超慈を――見た。
ならず者といえば、眼前の茶色い髪の男もそのような荒くれ者ではなかったか。となれば、彼は喬徳について、何かしら知っているのではなかろうか。そして超慈が知っているならば、彼に憑いている超亮も知っている、はずである。
楊鷹は超亮に尋ねた。
「貴方は、喬徳という人物について何か知っていますか?」
「はい。知っています。特に、兄者が詳しいです。兄者は喬徳が仕切る賭場に、よく出入りしていますから、兄者から話を聞くのが良いかと思います」
超慈は喬徳と接点がある。これは有用な話が聞けそうだ。
しかし、期待を高まらせつつも、楊鷹は「ん?」と思わず声を漏らし、わずかに首をひねった。先ほどの超亮の口ぶりに、疑問を覚えた。
「……貴方は喬徳殿について、知らないのですか? 超慈殿が詳しいのであれば、超慈殿に憑いている貴方も、詳しいように思ったのですが」
「私も知っております。ですが、私は兄者以外の人間にはあまり興味がありませんので、喬徳の人となりについて細かいところまで覚えておりません。それに……」
超亮は自身の胸に手を当てて、そっと目を伏せた。
「ずっと私が出張っているのも、あまり良いことではないでしょうから」
超亮は、慈しむような優しい眼差しで自身の体を見下ろす。
「お兄様が大事なんですね」と、そんな言葉が出かかった楊鷹であったが、ぐっと堪えて飲み下す。おそらく、そう言ったところで彼は全力で否定するに違いない。そのくせ、ここで無理強いして「超亮」から話を引き出そうとしたら、彼は断固として拒むのだろう。
楊鷹は、大人しく偏屈な弟の意を汲んだ。
「分かりました。それでは超慈殿に話を聞かせていただけますか?」
「はい。ぜひそうしてください。なので、まずは一度私の家へ引き返しましょう」
快く了承した超亮に対して、毛翠は目をぱちくりとさせた。
「今ここで聞いてはならんのか?」
「兄者は私が体を借りている時のことは覚えておりません。ですので、今ここで私が引っ込んでは、混乱してしまいます。知らぬ間に北汀村にやって来ていることになってしまいますから」
「ああ、そうか。兄の方はそんな話であったな……」
納得した様子で毛翠はつぶやいた後、さらに訊いた。
「お前の兄は、そんな状態で大丈夫なのか?」
「お気遣いありがとうございます。今のところ、兄者の心身に大きな変調はありません。ただ、少し自分の調子が時々おかしいと、気づいているようですが」
「そりゃそうだろう」
「ええ。そういうわけで、家に戻っても多少は不思議に思うでしょう。ですので、上手くごまかしてください」
相変わらず超亮は淡々と、なんでもないことのように言ってのける。
楊鷹は、荒々しい無頼の漁師を思い返す。彼を上手くごまかせるだろうか。そもそも、まともに話を聞いてもらえるのか。
楊鷹が黙っていると、小さな赤子の手がぽんぽんと腕を叩いた。
「よし楊鷹、頑張れ」
毛翠は超慈の前でしゃべるわけにはいかないので、ごまかすのは楊鷹の仕事である。毛翠が何もできないのは仕方がない。だが、そのあっけらかんとした言い方はあまりにも無責任で、少々鼻につく。
楊鷹の口から、ついついため息がこぼれる。すると、月蓉が「兄さん」と楊鷹を呼んだ。
「私もご一緒して、頑張ってごまかします。ですから行きましょう」
そう言って、彼女はにっこりと笑う。
柔らかい春風のような温もりが、しおれかけた楊鷹の心を包みこむ。彼女がそう言うならば、やるしかなかった。
そうして楊鷹一行は、再び超慈の家へと引き返す。
超兄弟の家が遠くに見えてきた時、ふいに超亮が足を止めた。じっと地面を見つめている。彼の視線の先には、大きな黒い風切り羽が一枚、落ちていた。
「超亮殿?」
楊鷹が尋ねたとたん、突然超亮は走り出した。楊鷹たちも慌てて彼の背中を追いかけて、門をくぐった。
超亮が鸕鷀小屋の前に突っ立っていた。そこまで来て、楊鷹も異変に気がついた。小屋の扉が壊れている。中を覗けば、黒い羽根が散らばっていた。肝心の鸕鷀の姿はない。壁には、荒ぶる文字で何事かが書きつけられていた。
「すみません。ごまかす以前に、だいぶ荒れるかもしれません」
小屋をじっと見つめながら、つぶやくように超亮が言った。
表情を引き締めて、楊鷹はおもむろに頷く。
「分かりました」
それから、月蓉と視線を交わし毛翠を彼女に託す。
超亮は鸕鷀小屋から家の扉の前へ移動すると、そこに座り込んだ。真水のような無表情が、ほんのりと強張っている。
「戻ります」
静かな声が響いた直後、茶色い頭ががくりと垂れる。
静寂が満ちる。茶色い髪の男は項垂れたまま、微動だにしない。しばらくしても、男は指先一つ動かさない。呼吸の音すら聞こえない。
「超慈殿」
「超慈さん……?」
楊鷹と月蓉が揃って呼びかける。それでも、男は動かない。楊鷹は一歩近づいた。とたん、男ががばりと顔を上げた。その獣のようなに俊敏な動きに、楊鷹は思わずのけぞった。
男はやはり獣のような鋭い瞳で、楊鷹たちをにらんだ。
「あー……ああ? お前ら、まだいたのか……」
言いかけて、男――これは間違いなく超慈の方だろう――が、口をつぐんだ。何かに勘付いたらしい。素早く横を見て、そのまま鸕鷀小屋に駆け寄る。獣の視線が、空っぽの小屋に釘付けになった。
「おい、どういうことだ! 尖と泰はどこに行った!」
超慈が吠える。尖と泰、というのは鸕鷀の名前だろうか。
荒々しい足取りで、超慈は鸕鷀小屋に踏み入った。小屋の中を隅々まで見て回る。しかし、鸕鷀は見つからない。超慈は呆然と立ちすくみ、やがてのろのろと壁へ視線をやった。
壁にのたくる文言。それは、不遜な声明文であった。汚ならしい罵詈雑言も混じっていたが、主旨は『不正の代償として、鸕鷀は貰ってゆく』ということである。末尾には、『喬徳』という二文字が書き添えられていた。
先程超慈は、博打でいかさまをしただの、していないだのという話でもめていた。恐らくその一件が原因で、鸕鷀を奪われたのだろう。しかも、その強奪者が喬徳ときた。
突然、超慈が壁を殴りつける。そして壁に拳を突き立てた姿勢のまま固まる。彼の肩は、震えていた。
楊鷹は超慈にそっと近づいて、声をかけた。
「超慈殿。実は私も……」
「てめぇらがやったのか!!」
怒声を飛ばしながら、超慈が振り返る。怒りの炎をたたえ、先ほどよりも獰猛になった視線が、楊鷹を射る。
超慈はさらにまくし立てた。
「てめぇら、もしかして、喬徳とグルか? てめぇらがやったのか? 尖と泰はどこだ? どこにやったんだ!」
「落ち着いてください。私たちがやったのではありません」
楊鷹に続いて、小屋の入口に立っていた月蓉も言う。
「一度出直そうと思って引き返したのですが、やっぱり超慈さんにお話を聞きたくて、またこちらに戻ってきたんです。そうしたら、この有様でした。決して私たちがやったのではありません」
超慈が月蓉を見る。その瞬間、獰猛な色がわずかに和らいだ。
すかさず、楊鷹は言った。
「私も、貴方と同じなのです。喬徳に大切な剣を取られてしまいました」
「だからなんだよ」
「喬徳について詳しいのであれば教えてください。剣と、それから貴方の鸕鷀と、取り返してきます」
「うるせぇ! 人の助けは借りねぇって言っただろうが!」
声を荒らげた超慈であったが、彼ははたと口をつぐむと、楊鷹にぐいと顔を寄せた。爛々と燃える瞳が迫る。
楊鷹は思わず身じろぎ、右頬を隠すようにかすかに顔を傾けた。
「顔に何かついていますか?」
「いいや」
そう言って超慈は体を離すと、腕を組んだ。それから、今度は楊鷹の頭の天辺から足のつま先までを、舐めるように眺める。まるで、何かを検分しているようだった。その検分が終わるのを、楊鷹はじっと待った。
「……お前、結構腕っぷしが強かったな?」
「ええ、多少は自信があります」
問いかけに対して、楊鷹はしかと頷く。
超慈の中で何か結論が出たのか、彼は再び楊鷹の目を見つめ、そして言った。
「それなら一緒に来い。喬徳のところに殴り込みだ」




