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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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突飛な助っ人・二

 突然の変貌ぶりに、一行は言葉を失う。すると、超亮(ちょうりょう)の方が口を開いた。


「想っているのではなく、心配なだけです。兄者は、本当に駄目なんです。怒りっぽくて、すぐにカッとなってしまうんです。本当は家族思いで優しいくせに。私はもちろん、鸕鷀(ろじ)をはじめとする動物や、女性と子供には絶対に手を上げません。それに、面倒見も良いのです。良いところがあるのに、喧嘩っ早いために台無しにしてしまってるんです」

「そ、そうなんですか」


 しどろもどろに月蓉(げつよう)が相槌を打つと、超亮は深々と頷き拳をぐっと握りしめた。


「そうなんです。だから、私がそばにいないと駄目なんです」


 月蓉は楊鷹(ようおう)を見た。楊鷹も月蓉を見返す。

 兄を語る超亮の語気は強い。だが、怒っているというよりは、熱っぽいといった方が正しい。兄を想っていることを否定した彼だが、この熱い語りっぷりからは到底そうは思えない。

 毛翠(もうすい)が眉をひそめながら問いただす。


「十分、兄のことを想っているじゃないか」

「いえ、違います。心配なだけです」

「嘘つけ。絶対超慈(ちょうじ)のこと、大好きだろう」

「そんなことはありません」


 どういう訳か、超亮は兄への気持ちを断固否定する。憑きものという点を差し引いても、少々不思議な男であった。照れ隠しなのだろうか、兄に対してはちょっと素直でないのかもしれない。

 毛翠はますます眉をひそめると、どういう訳か楊鷹を一瞥してから、ぼそりと言った。


「こんな奴ばかりだな……」


 赤子の言葉が、楊鷹の耳に引っかかる。不可解であったものの、呆れのこもった口調だった。ついつい眉間に力がこもる。

 しかし、ここで今度は毛翠の相手をし始めては、(らち)が明かない。超慈に憑いている憑きものの正体は、十分すぎるほどはっきりした。そして、おそらく彼は悪いものではない。ならば、本題に移らねば。

 楊鷹は小さく息を吐いて気を取り直すと、超亮に向かって言った。


「ところで、超亮殿。私たちを助けたときのことで、いくつかお聞きしたいことがあるのですが、伺ってもよいでしょうか?」

「それが、貴方たちの用件でしたね。ええ、どうぞ」


 そう答える超亮の表情はすでに和らぎ、真面目くさった無表情に戻っていた。


「確認となるのですが、私たちを助けてくれたのは……超亮殿、貴方だったのですね?」

「はい」


 淀みなく答えると、超亮は毛翠に視線を向けた。


「初めに子供の声に気付いたのは、兄者でした。ですが、私の方が泳ぎが得意なので、このように兄者の体を借りて助けました。あの日は、川の流れが速かったので」


 楊鷹は表情を引き締め、真っすぐ超亮を見つめる。そして、本題を切り出した。


「私はそのとき、剣を持っていましたか?」

「はい。腰に差しておりました」

「どのような剣でしたか?」

「確か、金色の飾り紐のようなものがついていました」


 超亮は滑らかな口ぶりで、剣の特徴までも言ってのけた。金色の飾り紐とは、長穂(ちょうすい)のことにちがいない。

 これは有力な話が聞けそうだ。毛翠もそう思ったのだろう。彼はぐっと卓の上まで身を乗り出した。


「その剣、どこにいったか知らないか?」

「どこ、とはどういうことですか?」


 超亮がわずかに首を傾げ、聞き返す。当然の反応だ。毛翠の質問は、一足飛びもいいところ。楊鷹は赤子を片手でそっと押さえて引き戻すと、おもむろに言った。


「実は、その私が持っていた剣なのですが、どこにもないのです。貴方が運び入れてくれた家の家主は、まったく見ていないと言っています。ですので、貴方が何かご存知ではないかと思ってお尋ねしました」

「なるほど」


 超亮は得心した様子で頷いた。

 楊鷹は改めて問う。


「私を川から引きあげた時点では、剣はあったのですね?」


「はい」と変わらない答えを返した後、超亮はわずかに眉根を寄せた。

 兄のことではないのに、無表情が少々崩れた。その些細な変化を、楊鷹は見逃さなかった。


「何か、心当たりがありますでしょうか?」


 再度の質問に対して、超亮は視線を脇に流した。思案している風である。

 楊鷹も毛翠も月蓉も、静かに彼を待つ。しばらくの沈黙の後、超亮は言った。


「剣を見ていないと言ったという家主の方は、体の大きい女性ですか? 確か、()というお名前の」

「そうです」


 楊鷹が答えると、超亮は視線を正面に戻した。夜水のようなひっそりとした黒い瞳は真摯な色を湛え、一直線に楊鷹を見つめる。


「彼女が剣を見ていない、というのはおかしいと思います。その李殿が、剣を持ちだすところを見ましたから」

「なんだって?」

「やっぱり……」

 

 毛翠の高い声が響いた後、月蓉の寂しげな声がぽつりと零れ落ちた。

 ちらりと隣を一瞥してから、楊鷹は超亮に尋ねた。


「詳しく聞かせてもらっても、良いでしょうか?」



 そうして、超亮(ちょうりょう)から事の仔細を聞いたところ、次のような話であった。

 楊鷹(ようおう)毛翠(もうすい)を川から引きあげた後、超亮は人を呼びに行った。そしてやって来た月蓉(げつよう)と共に、楊鷹たちを李白蓮(りはくれん)の家まで運んだ。納屋に運び入れ、楊鷹を寝床に寝かせたのは超亮であり、寝かせる際に帯に挟まっていた包みや剣を取ったのも彼だという。剣は包みと一緒に、寝床のすぐそばに置いたとのこと。


 その後、超亮は月蓉を手伝って、楊鷹や毛翠の手当てをした。そうしてひと通りの処置が終わって落ち着いた頃には、日がすっかり傾いていた。

 日が暮れる前に、帰らねば。それに何より、長い時間「超亮」でいるのはあまり良くない。

 そう思った超亮は、急いで納屋を後にした。ちょうどそのとき、入れ違いで李白蓮がやって来たので彼女に軽く挨拶をして別れると、今度は主屋に向かい夕食の用意をしていた月蓉にも挨拶をした。

 そうして、いよいよ盧西村(ろせいそん)へと戻ろうと歩き出して数歩、ふと物音が聞こえた。音は主屋の裏の方から聞こえたので、主屋の影から裏手をのぞき見てみると、納屋の前に剣を持った李白蓮の姿があった。少々不思議に思いつつも、何か訳があって荷物を別の場所に移動させるのだろうと考えて、超亮はそのまま家路を急いだ、とのことだった。


「見間違いではないんですね?」

「はい。李殿が大事そうに剣を抱えていた姿を、はっきり覚えています」


 楊鷹が念を押しても、超亮の答えは変わらず、淀みない。


 超亮のこの証言は決定的だった。

 というわけで、楊鷹一行は超亮と共に李白蓮の家へと急いで引き返した。赤子ではない、大の大人――憑きものであることはこの際秘密である――の言葉であれば、彼女もしらを切りとおすことはできまい。


 川縁の道を、足早に進む。毛翠をおぶった楊鷹は、ちらりと後方を見た。

 月蓉の歩みが、少し遅れている。彼女の表情は強張っていた。眉間には薄らとしわが寄り、ぎゅっと唇を引き結んでいる。声を発する気配はなく、相変わらず静かだ。だがそれは、憑きものという異常を目の当たりにしたことが尾を引いている、というわけではないだろう。

 李白蓮が盗んだと彼女自ら言いだしたものの、それが事実となったら、驚きもするし不安にだってなる。

 楊鷹はそっと歩調を落として、月蓉の隣に並んだ。


「月蓉、大丈夫か?」


 月蓉は、おずおずと楊鷹を見上げた。寄る辺を見失ったような、おどおどとした視線を受けて、楊鷹は目元を和ませる。


「李白蓮殿のことはあまり気に病むな……と言っても、気になるよな」


 月蓉はうつむき、唇を舐めた。それから、口を開く。


「楊兄さん、本当にごめんなさい……」


 覇気のない声に対して、楊鷹は柔らかく応じる。


「月蓉は何も悪くないだろう」

「でも、李おばさんが盗んでもおかしくない状況だと分っていたのに、それなのに私は荷物のことをすっかり忘れてしまっていました。本当にごめんなさい。私が剣のことを気に掛けていれば……」

「本当に気にしないでくれ」

「そうだ。それを言ったらわしだって同罪だ」


 楊鷹に続いて、毛翠も言う。

 それでも、月蓉はうつむいていた。

 楊鷹は、胸が苦しくなるのを感じた。彼女がこうも落ち込んでいるのは、己を気遣ってくれているからこそ。だからこそ、心苦しくなる。こんな冬枯れではなく、草花ほころぶ朗らかな春野の方が、彼女には似合う。

 硬い蕾がほどけるよう、楊鷹は「月蓉」とやおら名前を呼んだ。

 月蓉が、しずしずと顔を上げる。


「他のことが見えなくなるくらい、月蓉は俺の手当てに力を注いでくれた。だから、助かったんだ。俺は、月蓉を責める言葉は持たないよ。本当にありがとう」


 楊鷹は、そう言って微笑みかける。すると、月蓉はぱっと弾かれたように顔を背けて、はたまたうつむいてしまった。


「い、いえ……。いえ、はい。あの、ええと、その、と、とんでもないです」


 そう言う声も、もごもごと口ごもっており、やけに小さい。

 励ましたつもりだったが、逆効果だったのだろうか。

 楊鷹が不思議に思っていると、前方から声が飛んできた。


「少し急ぎませんか?」


 超亮である。彼は十歩ほど先に行っていた。いつの間にか、結構差が開いてしまっている。


「ご、ごめんなさい! 今行きます!」


 月蓉はやけに大きな声で答えると、彼女はそそくさと小走りで行ってしまった。

 楊鷹はますます不思議に思いつつも、足を早めて月蓉を追いかける。背中の方から盛大なため息が聞こえたが、それは無視しておいた。

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