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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
68/131

突飛な助っ人・一

「どうぞ、かけてください」


 さらなる超亮(ちょうりょう)の勧めに、楊鷹(ようおう)は淡々と従った。示された椅子に座り、毛翠(もうすい)を膝の上に乗せる。月蓉(げつよう)も、楊鷹の隣の席に腰を下ろした。


 二間続きの家は決して狭くはないが、殺伐としていた。かまどの周辺には鍋や食器が乱雑に重ねられ、壁や天井は煤で汚れて黒っぽい。かごの中には、しなびた大根の切れっ端が転がっている。

 奥の部屋は寝室だろうか。寝台からぐちゃぐちゃの寝具がこぼれているのが見える。憂いを感じさせる、うらぶれた生活の跡がそこかしこに散らばっていた。


 楊鷹たちと小さな卓を挟んだ反対側に、超亮が腰を下ろす。彼は音もなく座ると、じっと楊鷹を見つめた。


「やはり、驚かれないんですね」


 超亮の含みのある口ぶりに引っ掛かりを覚え、楊鷹は率直に尋ねた。


「やはり、とは?」

「いえ、貴方たちを助けたとき、普通の人間とはどことなく違うような気がしたのです。なんといいますか、私と同種と言いますか」


 言いながら、超亮は楊鷹と毛翠を見る。

 どうやら、気がついていたのは楊鷹たちだけではなかったらしい。


「ええ、確かに、同種のようなものです」


 楊鷹は答えた。言いながら、げんなりした。己が普通でないと知ってある程度経つが、普通でありたいと、未だに心のどこかで思ってしまっている。

 そんな楊鷹の心情など露知らず、超亮は問いを重ねる。


「失礼ですが、貴方たちはなんなのでしょうか? 私とは少し違うように思うのですが?」

「この子供は、神仙です。私も……まぁ似たようなものと言いますか」

「ははぁ、なるほど。そうですか」


 いたく感心した様子で超亮は頷き、改めて楊鷹に視線を注ぐ。彼は真顔のまま、瞬きすらせずに見つめる。

 そんなに感心されて、見つめられても困る。珍妙っぷりでは、お互い大して変わらないだろうに。なんだか妙に気恥ずかしくなってきて、楊鷹はかすかに目を伏せた。するとそのとき、毛翠がぱっと口を開いた。


「おまえはどうして……」


 とっさに楊鷹は毛翠の口を片手で塞ぎ、超亮に対してぎこちなく笑いかける。

 超亮は眉も目元も頬も、何一つぴくりとも動かさない。驚きも何もない、更地のような表情のまま彼は言った。


「大丈夫ですよ。こうして私が体を借りている間は、兄者は何も覚えていませんから。私はこんなですし、どうぞしゃべってください」


 超亮の言葉は、楊鷹の腹の底まですとんと落ちた。

 超慈(ちょうじ)が川での救出劇をまったく覚えていないということは、「超亮」であるときのことを兄は覚えていないということだ。そして、その超亮は()きものである。さらに、自分たちが神仙であることも伝えた。この期に及んで、赤子がしゃべることを気にするなんて馬鹿馬鹿しい。

 楊鷹はそっと赤子の口から手を離す。毛翠は、ぷはっと大きく息を吸うと口を開いた。


「おまえ、なんで兄弟の体に憑いてるんだ?」


 毛翠の問いかけは最もだ。楊鷹も少々気になっていた。

 憑きものならば、何か悪さをする存在であってもおかしくない。大概、物語に登場する憑きものは、害をなす存在である。

 しかし、超亮からはそのような荒ぶるものを感じない。なんとも無害そうであった。ならば、何故彼は憑きものになったのか。本当に悪いものではないのか。もう少し、彼の正体を知りたかった。

 超亮が、すっと毛翠を見据える。


「そのことですか」


 超亮の真面目な顔を真っすぐ見返しながら、赤子は再度問いかけた。


「聞いても良いか?」

「ええ構いません。少し長い話になりますが」


 そう答えると、超亮は淀みない口調で語りだした。


「今から一年半前のことです。私は熱病にかかりました。兄者が懸命に看病してくれましたが良くならず、結局そのまま私は命を落としました」

「それは不幸だったな」

「はい。私自身、死んでしまったことが口惜しくてたまりませんでした。なにせ、私と兄者の二人暮らしでしたから、兄者が一人になってしまうことが心配でたまりませんでした」

「父母はおらぬのか?」

「すでに亡くなっております。ですから、私は心配で心配でたまらなかったのです。兄者は粗野なところがあり喧嘩早く、揉め事になりそうなときはいつも私が止めに入っておりました。なので、私がいなくなったら、どうなってしまうのだろうと、それはもう心配だったのです」

「なるほど。それで?」

「その心配に思う気持ちが未練となったのでしょう。私は上手く世を去ることが出来なかったようで、幽霊と言いますか、魂だけの存在になってしまいました」

「初めは取り()いてなかったのか?」

「はい。初めは違いました。ですので、そばで兄者を見守っておりました。すると案の条、兄者の生活は荒んだものになっていきました。兄者は鸕鷀(ろじ)漁師なのですが、漁に出る時間は少なくなり、その代わり酒や博打に興じる時間が増えました」

「その割には、外の鸕鷀(ろじ)は元気そうだったぞ」

「鸕鷀の世話はしております。むしろ以前よりも溺愛しております。ですが、彼らと漁に行っても魚をあまり獲らないのです。ただ鸕鷀(ろじ)たちを遊ばせ、その光景をぼんやりと眺めているという有り様のことも多いのです。それどころか、一人で川や湖にふらりと出かけて、まるで入水(じゅすい)でもするように水に入ることもあります」

「それはまた……。お前の死がだいぶ堪えとるんだな」

「……ええ、おそらくは。それで、さらに心配が募ってしまったせいでしょうか、数か月前、気がついたら兄者に憑いておりました」

「そういうわけだったか」


 なんだか茶飲み話をしているかのような気安さでしゃべっているから、楊鷹(ようおう)はそれを当たり前のこととして二人を見守っていたのだが、いい加減限界に達した。

 遠い目をしながら思う。


(なんだこの光景は)


 と。

 憑きものと赤子が、会話をしている。こんな浮世離れした光景、ほとほと意味が分からない。しかも、話している内容も内容だ。憑きものの身の上話など、そんな話ついぞ聞いたことがない。ついでに、さっきまで怒っていた厳つい髭面が、丁寧な口調で淡々と話す有り様も、奇怪であった。


 (ちょう)兄弟の身の上はなかなかに痛ましかったが、この奇々怪々な状況のせいだろうか、今一つ悲愴感に欠けた。加えて、超亮(ちょうりょう)の真水のようなさらりとした話ぶりが、悲壮感のなさに拍車をかけた。何もかもが、ちぐはぐだ。

 楊鷹は、突然茫莫な雪原にほっぽり出されたような心持ちになった。どうすればいいのかまるっきり分からず、立ち尽くすばかり。ただただ、寒々しい風が吹いている。


 そして、楊鷹の他にもほっぽり出された人間が一人。

 楊鷹は、つと隣を見た。

 超慈(ちょうじ)が超亮となってから、月蓉(げつよう)はすっかり静かになっていた。姿勢よく座っているが、目を丸くしてぽかんとした表情を浮かべている。

 憑きものと赤子は、未だ話し続けていた。


「憑きものはあれか? 神仙で言うところの仙術のように、神通力とか使えるのか?」

「神通力かは分かりませんが、私がこうして出ているときは、水中に潜ってもまったく苦しくなりません」

「永遠に苦しくならないのか?」

「はっきり試したことはないのですが、感覚としては一日中ずっと潜っていられそうです」

「へぇ……」


 毛翠(もうすい)が嘆息したところで、彼らの会話は途切れた。その隙に、楊鷹は小声で隣に尋ねる。


「ついて来れているか? 月蓉?」


 月蓉の肩がぴくりと跳ねる。それから、我に返った様子の彼女は、ぱっと超亮に視線を向けた。


「あの、ええと……。吃驚(びっくり)しましたが、お話はだいたい分かりました。大変なご不幸にあわれたこと、心中お察しします」


 そう言うと、月蓉は膝の上に手を揃えて、ぺこりと頭を下げた。ここでそう言って頭を下げることのできる素直さは、間違いなく彼女の美徳だろう。

 楊鷹もはっとする。心の雪原から抜け出ると、月蓉に(なら)って目礼した。


「お話くださり、ありがとうございます。ご兄弟で、大変ご苦労されているのですね」


 楊鷹が言うと、超亮は礼を返す。


「お心遣い、ありがとうございます。しかし、霊となってしまいましたが、こうして兄者のそばにいられることは幸いなのかもしれません」


 月蓉が、柔らかく笑う。


「超慈さん……お兄様のことを心から想っていらっしゃるんですね」

「いいえ、そうではありません」


 超亮が、わずかにまなじりを吊り上げた。否定する声も、それまでの淡々とした調子とは異なり少々鋭い。

 面食らった様子で、月蓉はまじまじと超亮を見つめる。楊鷹も、そして毛翠も然り。

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