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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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消えた仙器・二

「毛翠はともかく、俺が()殿と話をしてみても難しいだろうか?」


 改めて楊鷹(ようおう)が尋ねると、月蓉(げつよう)は眉をひそめて難しい顔つきになった。


「話はできると思います。ですが、結局『そんなものは見ていない』と言って、まともに取り合ってくれないと思います」

「俺自身が、この小屋に剣があったことを覚えているていで話してみても駄目だろうか?」


 そう楊鷹が提案しても、月蓉の表情は渋いままだ。それどころか、毛翠(もうすい)までも眉間にしわを寄せた。


「それも、少し無理な話かと思います」

「お前、一見死んでいるようだったからな。あれで意識がはっきりしていたというのは……」


 毛翠と月蓉の反応は冴えない。


「嘘だと思われるか?」

「そう、ですね。嘘だと思われると思います」

「思われるだろうな。それで、あっちからあれこれ追求されて、ぼろが出るんじゃないか?」


 二人は口を揃える。楊鷹は言葉を詰まらせた。

 楊鷹もまた、しゃべる神仙の赤子と同じくらい、嘘臭いということだ。それほど、この納屋に運び込まれた当初は、ぼろぼろの酷い状態だったというわけである。


 李白蓮(りはくれん)の言葉には、非常に怪しいところがあるのは確かだ。しかし、楊鷹も毛翠も月蓉も、彼女に詰め寄るには難がある。はてさてどうするか。

 楊鷹は腕を組んで思案する。


 (目を盗んで家捜しでもしてみるか……?)


 だが、それはあまりにも非礼すぎる。李白蓮の言い分に不自然な点はあれ、剣を盗んだという確固たる証拠があるわけではないのだ。本当に彼女が盗んだにしても、家のどこにあるのか、そもそも家に隠しているのかも分からない。それに、万が一にも彼女に見つかったら、結局怒られて追い出されそうである。あまり上手いやり方ではないだろう。手掛かりが少ない状態で、確信に切りこむような真似はいささか性急だ。

 ならば、今やるべきことは、その手掛かりを集めることだ。李白蓮が本当に盗んだのかどうか、というところも含めて調べるのだ。

 楊鷹は月蓉に向かって尋ねた。


「この辺りに俺の手配書は届いているのか?」

「いえ、まだ届いておりません」

「役人が来ることもなかったか?」

「はい。ありませんでした。この辺りは、県城や大きな街とは離れていますので、おそらくなかなか来ないと思います」


 李白蓮のみならず他の人々も、楊鷹が罪人であることは知らないようだ。

 楊鷹は右頬の膏薬(こうやく)をさする。頬の刺青(いれずみ)さえ隠していれば、多少自由に動き回っても問題はないか。あまり人と接するのは宜しくない身分だが、黙って待っていても剣は戻ってこないだろう。


「それなら、明日この村の人たちに剣について聞いて回ってみよう。何か知っている人間がいるかもしれない」


 楊鷹が提案すれば、すかさず「そうだ」と毛翠が後に続いた。


「お前を川から助けた男に、話を聞きに行けばいいんじゃないか? あいつも、たぶん剣を見ているはずだ」

「そうですね。そうしましょう」


 月蓉が、ぱちん、と手を打つ。小気味よい音を鳴らした彼女に対して、楊鷹は問いかける。


「俺を助けたその男とは、知り合いなのか?」

「いえ、私は楊兄さんを助けたときに少しお話しただけで、知り合いというほどではありません。ですが、李おばさんはご存じで、盧湖(ろこ)という湖の近くの盧西村(ろせいそん)に暮らしている漁師の方だと、教えてもらいました。超慈(ちょうじ)さんと仰る方だそうです」


 そこまで言うと、月蓉は困ったように眉尻を下げ、声を潜めた。


「李おばさん曰く、この辺りではちょっと有名な荒くれ者らしいです。私は丁寧な方のように感じたのですが、どうやらそうではないようで……」

「口調は丁寧だったが、風貌は確かに荒くれ者のようだったな。髭面で目付きが鋭い強面だった」


 月蓉の言葉を引き受けるようにして毛翠は言うと、自身のまなじりを指で引っ張りあげた。

 楊鷹を救った男は、なかなかの曲者(くせもの)のようである。だが、仙器の剣を見ているというならば、曲者だろうがなんだろうがためらってはいられない。


「月蓉、その超慈という男が住んでいるところは知っているのか?」

「はい、李おばさんから聞きました」

「ならば、明日訪ねてみたい。案内してもらえるか?」


 「もちろんです」と快く頷いた月蓉であったが、彼女はすぐに「ですが」と言葉を続けた。


「楊兄さん、お身体は大丈夫ですか?」

「ああ。平気だ。こんなことになったら、おちおち寝ている場合じゃあない」


 楊鷹はきっぱりと答えた。

 さっき動いたときに痛みがぶり返したが、傷自体は塞がっている。また今日一晩眠れば、さらに回復するだろう。問題はない。回復してきたならば、さっさと動かねば。人から追われる罪人であり、神仙からも狙われる身である。のんびりしている暇はない。

 楊鷹は燭台の炎を見つめた。烈熾狼(れっしろう)の炎のような長い毛を思い出す。それから、その獣の使い手も。あの殺意に満ちた炎に追いつかれてしまったら、今度こそ命はないかもしれない。

 ぐっと片手を握りしめ、楊鷹は言った。


「それに、なるべく早く出立しなければならないからな。そのためにも、早く剣を見つけなければならない」

「そう、ですよね」


 わずかに、本当にわずかに、月蓉の口調がぎこちない。その変化を悟った楊鷹は、さっと月蓉を見つめた。


「月蓉、どうかしたか?」

「いえ、なんでもありません。明日のこともありますから、もうお休みになってください」


 そう言いながら、月蓉は微笑む。和やかな笑みだが、どこか寂しげな笑顔だ。

 一体、どうしたのだろうか。楊鷹がぱちくりと目を瞬かせたその間に、彼女は「おやすみなさい」と一言告げると、空になった食器と明かりを持って、そそくさと立ち上がる。そしてそのまま、納屋から出て行ってしまった。

 去りゆく後姿を、楊鷹は不思議に思いながら見送った。そのかたわらで、毛翠も月蓉の影を追うように、古ぼけた扉をじっと見つめていた。

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