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小仙奇譚  作者: 平井みね
第二章
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まさかの再開・三

 王嘉(おうか)のとき以上に驚きの再会ではあったものの、月蓉(げつよう)と巡り会えた奇跡は、傷付いた楊鷹(ようおう)にとってまさしく天の恵み。干からびた大地に注ぐ慈雨のような、大いなる助けであった。

 月蓉はかつての彼女と同様に、楊鷹を甲斐甲斐しく介抱した。体を拭いたり、傷に薬を塗ったり、楊鷹が「のどが渇いた」と言えばすかさず水や白湯を用意したり。それから、毛翠(もうすい)の面倒まで見て――その赤子が己の親であることを思うと、楊鷹はいたたまれなくてたまらなかったが――、それはもう至れり尽くせりであった。


 月蓉の厚い手当てと、自身の強靭な体のおかげで、楊鷹は再会から五日過ぎた頃にはだいぶ回復した。傷の痛みはほとんどなくなり、体を起こしていても辛くない。

 食事だってとれるようになった。今朝も月蓉が持って来てくれた粥を、しっかりと平らげた。

 空になった椀を見て、月蓉が微笑む。


「一時はどうなるかと思いましたが、だいぶ良くなったようでほっとしました」

「すっかり世話になってしまって、すまない」

「気になさらないでください。お椀、いただきますね」


 そう言いながら、月蓉は手を差し出す。楊鷹は彼女に空になった椀を渡した。こんな何気ないやり取りも、楊鷹の心を和ませる。もう二度と、彼女と同じ屋根の下で暮らすようなことはないと思っていただけに、何もかもが感慨深い。


 毛翠は寝床のすみで寝転がっていた。楊鷹が食事をしている最中、月蓉に粥を食べさせてもらっていた彼は、満腹になって眠たくなった、というていで寝たふりをしている。ここ数日、そばに月蓉がいるためか、彼は赤子らしく振る舞うのに忙しいのだ。顔の横に手を投げ出し、軽く拳を握りしめて静かに寝息を立てる様は、真に迫っている。もしかしたら、本当に寝ているのかもしれない。このところ、毛翠はやたらと夜中に起きていた。

 そのように、毛翠の昼の時間を奪うほど、月蓉は楊鷹のそばでまめまめしく世話を焼く。今もまた食事だけでは終わらずに、彼女は茶を淹れはじめた。


 明かりとりの細い窓から差し込んでくる陽光は淡く、(もや)のように広がっていた。その朧気な光の(とばり)が、しとやかに茶を注ぐ手元を優しく照らす。


「どうぞ。あまり良い茶葉ではないのですが……」


 月蓉が茶碗を差し出す。爽やかな香りが、楊鷹の鼻をくすぐった。

 これまた懐かしくなってしまう。都で暮らしていた頃、こうして月蓉は毎日茶を淹れてくれた。彼女の淹れるお茶はおいしい。

「ありがとう」と楊鷹は茶碗を受け取り、茶を一口飲む。やはりおいしい。自然と頬が緩む。


 しかし、その表情とは裏腹に、楊鷹の胸には切なさがくすぶっていた。ちらりと、寝息を立てている赤子を見やる。

 本当にこんな状況でなければ、どれだけ良かったことだろう。このままのんびり茶を飲みながら、他愛ない話でもできれば。

 だが、そのような思いは虚しく散る。月蓉にいろいろと聞かねばならないことはあるのものの、とりとめのない話に興じている暇はない。体が回復してきたならば、さっさと先に進むことを考えねばならない。

 楊鷹は、もう一口だけ茶を飲んでから言った。


「月蓉、詳しい話を聞きたいのだが、いいだろうか?」


 楊鷹が真剣な口調で尋ねれば、月蓉はさっと姿勢を正した。


「大丈夫です。なんでもお聞きください」

「ここは一体どこなんだ?」

「はい。ここは湍幽県(たんゆうけん)の北端にあります、北汀村(ほくていそん)というところです」

「湍幽県……ということは、今君はここで暮らしているのか?」


 楊鷹は、以前王嘉を訪ねたときのことを思い出す。「月蓉は湍幽県にいる親戚のもとへ向かった」と、王嘉は話していた。

 月蓉がにこやかに頷く。


「そうです。ここは伯母の家なんです。十日ほど前にこちらに到着しまして、ひとまずこの伯母の家に落ち着くことになりました」

「たまにこの小屋にやって来る、あの大柄の女性が伯母さんなのか?」

「そうです。李おばさん……姓が()、名を白蓮(はくれん)とおっしゃいます」


 思ったとおり、ここが月蓉の目指していた親戚の家だった。

 楊鷹はさらに尋ねる。


「そうして伯母の家で暮らし始めたら、そこにたまたま俺が流れ着いたということか」

「はい。本当に驚きました。けが人がいると聞いて行ってみれば、楊兄さんだったので……」

「そうだな……」


 楊鷹はしみじみと頷いた。無我夢中で川に飛び込んだので、どこへ行きつくかなどまるで考えていなかった。そうして辿り着いた先に月蓉がいて、こうして助けてもらえるとは、とんでもない偶然である。もはや、運命めいたものすら感じる。

 月蓉との再開は、この上ない僥倖(ぎょうこう)だ。彼女の世話がなければ、死んでいたかもしれない。川から引き上げてくれた人物はもちろん、彼女だって恩人だ。

 楊鷹は月蓉に微笑みかけた。


「月蓉、俺たちのことを助けてくれて、ありがとう」

「そ、そんな、当然のことをしたまでです。こちらこそ、家が狭くてこんな場所でしか手当てができず、申し訳ありません」

「そんなことはない。わざわざ寝床を作って、手当てをしてくれたんだ。本当にありがとう」


 楊鷹がそう言うと、月蓉ははにかみながら少しうつむき、自身の前髪を撫でつけた。その仕草は、照れたときの彼女の癖だ。昔から、礼を言ったり仕事ぶりを褒めたりしたとき、月蓉は恥ずかしそうにしながら自身の髪の毛をさわる。

 一層強い郷愁が、楊鷹の胸中に迫る。思わず口を開きかけるも、すぐさまつぐむ。

 今は懐かしさに浸っている場合ではない。気持ちが引きずられそうになるのをぐっとこらえ、楊鷹は冷静に思考を巡らせた。

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