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小仙奇譚  作者: 平井みね
第一章
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旅は続くよ、むしろこれから・二

 蒼香山(そうきょうざん)で一夜を過ごしたあくる日、楊鷹(ようおう)は朝早くに起き出して身支度を整えると、銭秀(せんしゅう)らへのあいさつもほどほどに(とりで)を発った。

 莫志隆(ばくしりゅう)は昨日の宴の最中に姿を消してしまい、それきりとなってしまった。楊鷹は彼の小屋まで行くことも考えたが、あそこまで行くには時間がかかる。後ろ髪を引かれる思いではあったが、先を急ぐことにしたのだった。

 急いではいるものの、本来の旅路へはまだ戻らない。楊鷹にはまだ、王嘉(おうか)を訪ねるという用事が残っていた。だからこそ、時間が惜しいのだ。

 目指すは藍耀海(らんようかい)ではなく、沁富県(しんふけん)菁雲村(せいうんそん)。王嘉は今そこに住んでいる。春蘭(しゅんらん)の伝言、王嘉の「渡したいもの」とは一体何なのか、楊鷹は気になった。

 

 人気のない山道は、静けさに満ちていた。まだ朝露の残る頃合い、木々の葉や蜘蛛の巣に滴る雫が、朝日を受けてきらきらと輝いている。しっとりと湿り気を帯びた光り輝く山景は、俗世から切り離された世界のようであった。そんな清閑(せいかん)な山道を、楊鷹は足早に下っていった。

 歩くことしばらく、ふいに毛翠(もうすい)が楊鷹の背中を軽く叩いた。


「のう、楊鷹」


 小さな声であったが、楊鷹は辺りに視線を配る。人影はない。

 楊鷹は儀礼的に答えた。


「なんだ」

「いや、その、昨日は崖から突き落とすような真似をして、すまなかったな」


 楊鷹の足が止まる。だが、それは一瞬、楊鷹はすぐにまた歩き始めた。


「過ぎたことだ。もういい。俺も言い過ぎた。悪かったな」


 大股でざくざくと土を踏みしめながら、楊鷹は淡々と言った。謝罪の言葉を口にしながらも、その心は無であった。

 しばしの無言の時。なんとも白けた空気が漂う。まるで夢から醒めるように、清らかな山の景色も色あせる。


「……まだ、怒っとるのか?」


 恐る恐るといった調子の控えめな声で、毛翠が尋ねる。

 楊鷹は毛翠を一瞥した。

 武官の頃、嫌いな人間に付き合わなければならない状況は度々あったわけであるが、こうして相手が寄り添おうとしてくるのは初めてだった。しかも、機敏にも心無い言葉だと勘付く。なんとも面倒くさい。

 楊鷹は小さく息を吐いた。


「怒ってない」


 わずかな俊巡の後、楊鷹は思い切って言葉を重ねた。


「一つ言っておく。藍耀海まで連れてはいくが、馴れ合うつもりはないからな」

「そ、そんな寂しいことを言わずとも、よいではないか。親子だろう」

「……父だとかそういうのは、関係ないんだよな?」


 楊鷹ははったりをかました。軽口のように「親子」と言う毛翠よりも、おそらく楊鷹の方が親子という関係に囚われている。

 しかし、そんなことは棚上げだ。楊鷹にとってこれは自衛だ。毛翠のことなど、ちゃんと見たくもないし、知りたくもないのだ。だから、感情を押し殺してやってゆく。そう決めたのだ。

 毛翠は、何も言い返さない。

 楊鷹はきゅっと唇を引き結ぶと、最早駆ける勢いで道を急いだ。


 そうして十刻(約二時間半)ほど過ぎた頃、昼になる前に楊鷹は菁雲村に到着した。道行きに出会った村人に道を尋ね、楊鷹は王嘉の住まう家へと辿り着く。

 その家は、村外れにあった。赤煉瓦の垣に囲まれた、こぢんまりとした家である。禁軍の師範だった人物が住んでいるとは思えない、随分と素朴な家だ。

 これまた小さな門を楊鷹は叩く。すると、すぐさま王嘉が現れた。彼は楊鷹を認めると、柔らかく目を細めた。


「よく来てくれたね」


 楊鷹は一礼すると、簡単に用件を告げる。


「春蘭殿から伝言を聞きました」


 王嘉おもむろに頷くと、家の中へ楊鷹を招き入れた。

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